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シフォンの長い告白  作者: 動物園ひかる
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1.プロローグ

「私さ。……君の国と、戦争してたんだよ」


恐らくは平然を装って話す彼女は、自分のことをシフォンと名乗った。

その日は多分、生きてきた中で一番に静かな夜。

古い木の椅子に行儀よく座る彼女の顔半分を、小窓から漏れた月明かりが照らしていた。


「ガトゥはさ、知らなかったでしょ?知ってたら、連れ帰ったり、ましてや治療なんて、出来るわけないもんね」

もう半年ほど前のこと。

村の外れで、何かから逃げ隠れるように倒れていたシフォンを見つけた俺は、自分の家まで連れ帰ることにした。

家は、なんてことはない片田舎の小さな村の外れにある。村というより集落みたいなもので、海岸沿いにぽつぽつと小さな小屋が建っているだけの場所だった。

魔装義手を作る(神経回路の調整がメインなのだが、ハンドメイドで一から作ったりもする)仕事をしていた俺は、彼女に自作の義手の一本を貸し与え、この半年間、シフォンと共に生活をした。

小さな村に似合った、雑な作りの丸太小屋。そこにはおそらく不釣り合いなのだろう、作りかけの義手がいくつも、干し柿のように吊るしてある。

ある日、治療中のシフォンがその義手を見ながら突然「バラバラ死体みたい」と言ったので、ちょっと失礼だと思った俺は、「むしろバラバラになった人たちを助けるためのものだ」と返したのだ。

…その後、シフォンは親に怒られた子供みたいに泣きじゃくって、俺は正しいことしか言っていないはずなのに、なんとなく後悔してしまった。


「バラバラにしたのは、私なんだよね」

……俺は何故か、彼女のその言葉が自責なのか、あるいは他責なのか、分からず何も言えなくなる。

あの日、彼女が泣いた理由もよくわからなくなってしまった。

後悔の涙?

それとも、怒り?

「……それにしても、この義手、すごいよね。まるで普通の腕みたいに動かせる。ガトゥが作ってるの?どういう仕組み?」

やがて、取り繕うようなシフォンの質問。バツが悪い。

「あ、えっと。……あ、魔物、から剥ぎ取った神経を、義手の中に繋いでるんだ。人間の神経と自然に癒着すると、そうやって動かせるようになるんだけど」

「そっか。すごいね。片腕のままだと、やっぱり不便だから、すごく助けられたな」

「……ありがとう、ガトゥ。本当は、もっと早くお礼を言わなきゃいけなかったのにね」

実は、こうして普通に喋ってくれるようになったのは、つい先程のことだ。

「バラバラ死体みたい」が彼女の初めての言葉。それがだいたい、二ヶ月前のことで。

出会ったのは、半年前。

初めての言葉は、二ヶ月前。

そして、それから今日まで、彼女は沈黙を貫いていて。

どういう風の吹き回しか、今日はこうして普通にお喋りをしている。

……何故?


今の彼女は、なんだか、悲しんでいるのか喜んでいるのかよくわからない、はっきりしない苦笑いだ。

ついうっかり、魔物の神経だなんて正直に言ってしまったものだから、さぞ気味悪がるだろうと思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。

……よくわからない。彼女のことが。

「そういえばさ、この国の軍人さんから"ワンハンド・ワンショット・デモン"なんて呼ばれてるの知った時はさ、笑っちゃったよ」「皮肉にしても、趣味悪いよね」

ワンハンド・ワンショット・デモン。

隻腕の射殺す悪魔。それが、彼女の異名らしかった。

聞き覚えはある。戦争で両脚を失った将校に義足を届けに行った際のことだ。

だけど、その異名と、それが示す意味と……彼女の姿が、どうにも結びつかない。

……シンプルに、似合わなすぎる。それらしいのは隻腕ってところだけ。

ワンショット?彼女の細腕で、どうやって?


ボロボロの袈裟一枚、裸同然で倒れていた少女は、半年の治療を通してようやく主だった傷が治り、自力でまともに服を着られるようになった。

彼女は、可憐だ。キラキラと輝く銅色の長髪に、ガラスのような肌。

あるいは不健康にさえ感じるそれは、少女のようなうら若い体つきも相まって、多分「儚い」と例えられるタイプの美しさだろう。

こんな田舎に似つかわしくない彼女が、もっと似つかわしくない黒鉄の右腕を撫でる姿には、一人の技術者として、ある種の悦びを感じずにはいられない、のだが。

……そんな彼女が、悪魔?

戦争で、この国の軍人を散々殺した?

軍人は、俺にとって主な商売相手だ。彼らは戦争によって腕や足を欠損し、それでもうっかり生き残ってしまった以上は国の補助金を貰うために再び戦うしかなく、その補助金で義手を買う。

だとすれば俺は、彼女が壊したであろう軍人たちに、代わりの腕や脚を提供していた、ということになる。

そんな俺と彼女が、今こうして、微笑さえ交えながら会話をしているというなら、全く笑えない冗談だ。


……わからない。何も。


「わからないんだよ、シフォン。……君は、どうしてあんなところにいたんだ?」

「俺の村のほど近く、ロランヌって地方があった。そこは隣国――ラーライト民国からの侵攻を受けて壊滅した。君が言うところによれば、壊滅させた張本人は半年前の君になるんだけどさ」

「君は、ロランヌの郊外、この村との境界付近に倒れていた」

ところで『侵攻を受けて壊滅』という言葉は、なんというか……それ以外に言いようもないのだが、少し遠慮した表現だったかもしれない。

実際には、ロランヌという名前の地方(町や村ではなく、地方!)は、ぽっかりとした大きなクレーターになっていた。

それなりに大きな街もあったのだ。商業施設が立ち並び、巨大な駅があり、立派な時計台も。歴史のある街だから観光にも力を入れていて、俺だって何度か行ったことがある。良い街だと思う。

魚と香草を混ぜこんだ料理が有名な店があって、現地でたまたま知り合った女性(そんなに美人でもない。でも笑顔はとても素敵な人だった)と一緒に舌鼓を打ったことを思い出す。

諸外国からの観光客も含め、街には物凄くたくさんの―――人間がいた。


それがある日、目が覚めたら何もかも、冗談みたいに消え失せたことを知らされたのだ。

これの、何をわかれというのだろうか?あまりの現実感のなさに、半年たった今でも感情が追いつかない。怒れば良いのか、悲しめば良いのか、よく分からないでいる。

俺が毎日汗水垂らして野山の魔物を仕留め、泥のような血肉を剥いで神経を抜き取り、何ヶ月もかけて義手を作って、腕や足を失った数人ぽっちを助ける……そんな行為が、生活が、馬鹿らしくなるような話だ。

緊張で、両手を組んだ指は強張り、力の矛先を失って震えている。

もしかしたら、彼女が美しい少女でさえなければ、殴りかかってここから追い出していたのかも知れない。

整理のつかない感情は、怒りの矛先を見つけることが出来たのかも知れない。

……俺が彼女にそれを感じられない理由。

はっきり自覚出来るものではないものの……下心と無関係に思えるほど清廉潔白でもない、わけだが。

……話がそれた。かぶりをふる。

「後から聞いた話じゃ、うちの軍隊は殆ど壊滅して、内側から瓦解しかかっていたらしい」

「君たちラーライトの勝利は目前だったはずなんだ。そうだよな?」

「それが何故か、戦争は突然勝者不在のまま止まってる」「ラーライトがその後どうなったのか、俺たちの国も今は内部がめちゃくちゃで、正確な情報がこんな田舎まで入って来るような状況じゃない。ワイヤードの情報なんて、陰謀論だらけで信用できるもんじゃないし」

「……戦争は、本当に終わったのか?」

「ラーライトに、俺の国に、そして君……シフォンに、一体何があったんだ?」


沈黙。

本当に、本当に長い沈黙だった。

彼女は、ただ真っ直ぐに、なにか救いを求めるように俺を見つめ、俺もまた、彼女をただ見つめ返した。

やがて。観念したように、彼女は目をそらしながら言う。


「……ガトゥが聞いても、なんにもならないよ。長くて、苦しくて、なんの救いもないってことが、分かるだけ」

「解決しようなんて思ってない。でも、君は加害者で、そして俺は……、渦中にいたとは言い難いものの、被害者と言っていいわけだろ?」

「俺は、知りたいんだ……そして決めなくちゃいけない」

「君を、これからどうするのか」

彼女がきょとんと目を見開く。なんだか緊張感が無い。いや、無いのは現実感の方だろうか?

「君に貸してるその義手、実は、自裁プログラムが走ってて……平たく言うと、義手と連結してる君の神経を、俺の命令1つでズタズタに引き裂くことも出来るんだよ。……俺は命のやり取りなんてしたことはないから、机上の話になるんだけど」

「……ともあれ、君の生命は、俺が握ってると言って良い」

「実のところ俺は、君に復讐すべきか、憐れむべきか、決めかねているんだ」

「話してくれシフォン。……これは、お願いじゃないよ」

しばし沈黙。

やがてシフォンは、長くて苦しくて何の救いもない物語を語る決心がついたのだろうか、静かに微笑む。

――まるで、救われたみたいに笑うな、と思った。


「あ」

そこで、俺はふと、もう一つ聞かなければならないことを思い出した。

それは、これから彼女がする話とは全く関係ないであろう内容で、このタイミングでこんな質問を思いついてしまう自分はどうにも格好がつかないなと思う。

でも、気になってしまったものは仕方がない。彼女も笑っていることだし、なに、許してくれることだろう。

何気なく、彼女に聞いた。


「――ところで、ガトゥって誰?」


俺はヒイチ。

ガトゥなんて名前じゃないよ。

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