プロローグ
私の名前はエリー。
サンマリ王国の中にある小さな村で生まれ、ただ平凡に生きていくんだろうなと考えていたのに、6歳のとき教会で勇者となり魔王を倒せと神託を授かった。
15歳になった私は王都へ呼ばれ、王様から『支度金』という名の端金を貰って旅に出た。
………でも、次の村で捕まりました。
「なんでえぇぇぇぇ!?」
私は村の広場で檻に入れられ、四方からは私を貶す罵詈雑言。老若男女すべての人が殺気立ち、まるで親の仇を取ると言わんばかりの怒りの表情。
「私が何したって言うのよぉぉぉ!!」
「うるせぇクソガキがぁ!!いますぐぶっ殺してもいいんだぞ!!」
「ひぃぃっ!?」
何を言っても聞いてくれず、村人達は木の棒で檻を叩き始めました。
罵る大声、ガンゴンと不快な打音で私は孤立無援の四面楚歌。そろそろストレスとパニックで気が遠くなりそうです。
ああ、私の人生はここで終わるんだ…。お父さん、神託を授かってから剣技と言う名の鎌技を教えてくれてありがとう。麦の収穫で役に立ったよ…。お母さん、へそくりが無くなったってお父さん刺そうとしてたけど、犯人は私です。へそくりはお菓子になりました…。王様、貰った50ゴールドは馬車運賃で無くなったから、次の勇者にはもう少し多めにあげてね…。
「おいでなさったぞぉ!」
その言葉を聞いた村人達は檻への攻撃を止めて、一つの方向を見据えて、そして跪いた。
視界が開けた私は村人達の向いている方向を見た。まだ遠くてよくわからなかったが、こちらに向かってくる二人の姿が見て取れた。
そこにいたのは屈強な肉体にツノの生えた頭部。後ろにはコウモリに似た羽が見え、手には大人何人で持ち上げるん?と言いたいほど重量感たっぷりの大きなメイス。『私が悪魔ですよ』と全身でアピールしてますね。
そしてもう一人、真っ黒なローブに色白の整った顔。瞳は真っ赤なルビーのようでこちらも人間に近い魔族らしい特徴が見て取れます。
「魔王様、儂らのためにご足労ありがとうございます」
頭を下げたままの村人の一言で分かってしまいました。
魔王。世界中の人々が恐れる存在。魔族を統括し、やがては人間を滅ぼし魔族の世界を作ろうとしている存在。
教会でそう教えられたのに、なぜ人の村に魔王がいて、村人は魔王に頭を下げているのか?分からないコトだらけで頭が混乱しそうだし、だんだん呼吸も荒くなってきました。
魔王が近づいてくるにつれ、村人達が左右に分かれて檻までの一本道が出来上がった。前面に誰も居なくなった事を確認してゆっくりと歩いてきて、やがて檻の前で止まった。
私は震えながら魔王の顔を見た。向こうはこちらを害虫か何かを見るような冷たい目で見下してます。
「……ふむ、確かに勇者だな」
その一言を聞いた村人は一斉にざわついた。ついに魔王と勇者の一騎打ちが…とか聞こえるけど、そちらは絶望の権化たる魔族最強の魔王。こちらはこの間山奥の小さな村から放り出された田舎娘にございます。
ネコとネズミ、いやいやドラゴンと微生物ほど実力が違います。
「い、いやいや!こんな小娘が勇者なんてコトあるわけないじゃないですか!」
ガタガタ震えながら両手と首を左右にブンブン振りながら否定した。
(ていうか、なんでわかるの!?)
なんのオーラも無い私が勇者だとなぜ分かるのか理解できないけど、勇者っぽくないところをアピールして人違い感を出せば「やっぱ違った」って思って開放してくれるかもしれない。
「魔王様、その人うちの宿に入るなり『私は勇者で魔王を倒す旅をしています。なので少し安くしてください』って言ってましたよ」
宿屋の小さな看板娘の一言で私の希望は潰えました。「余計な事言うなよぉぉ!」と全力で叫びたい私と、「私いいことした!」みたいなドヤ顔の女の子。
はい確かに言いましたとも。『そう言ったら王国内なら少し安く出来るようにしておくから』ってサムズアップした王様に言われたんだもん。
「私、勇者なんだけど?王様とはダチみたいな対等な関係だけど?その辺わかってるよね?」みたいな上から目線でドヤりたいし、勇者だけの特別プライスとやらでスウィートルームとか泊まりたいじゃん?
ていうか、馬車で2、3時間揺れて着いた村がすでに王国飛び出してるとか思わないじゃん?普通に王国内の村と思うでしょう?で、王様の言う通りにした結果がこれですよ。
言った瞬間、カウンター越しにいた女の子の姿が消えたと思ったら鈍い衝撃が腹部から全身に駆け巡り、気づいたときには宿屋の扉をぶち壊して村の往来のど真ん中に寝転がってました。
訳が分からないし体が痛いしで混乱してるとさっきの女の子がニコニコ近づいてきて私の顔の横にしゃがんで一言、
「魔王様ナメんなよコラ」
それからはあれよあれよと村人達が持ってきた檻に放り投げられ、魔王直々の裁判を受けることになったのです。もう本当に意味わかんない。
「……そうか。ならば世界の理に従い、貴様と一騎打ちの殺し合いをしなければならぬか……」
魔王の言葉に村人達が歓声を上げた。「運命の時が来た!」とか「勇者なんか捻り潰してくだせぇ!」とか「魔王さまカッコいい!」とか、人間の村なのに何故かみなさん魔王寄りで完全アウェーです。
「ここでは要らぬ被害も出よう。場所を移し、人間の希望である貴様を捻り潰してやる」
魔王が手を掲げると、地面に魔王を中心とした魔法陣が現れた。そしてその魔法陣から眩い光が溢れ出しエリーは咄嗟に目を閉じた。
数秒して光が収まったのを感じて目を開けた。先程までいた村人や家は無く、だだっ広い空間だった。光源が無いのにほのかな明かりがあり、何も見えないということはない。ただ何も無い空間に檻に入れられたままのエリーと魔王の二人がいるだけだ。
(……こんな何もないところで私は死ぬのか……)
うなだれたエリーの頭の中で短い人生の様々な記憶が浮かぶ。
死を感じたとき、走馬灯が過るって本当だったんだ。
エリーはゆっくりと頭を上げて目の前の死の化身を見た。魔王は鋭く尖った犬歯が剥き出しになるほどの怒りの表情でこちらを睨みつけ、やがて
「なんでだよおぉぉぉもおぉぉぉ!?なんで色々すっ飛ばして来ちゃうかなああああ!?」
魔王は頭を抱えた。