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掌編置場

空の表情

作者: 須藤鵜鷺

 快晴の空の写真って、撮ったことある?

 空の写真を撮る人って多いと思う。趣味で撮ってる人もいるだろうし、それこそ気象とかの仕事の関係で撮ってたりとか。デザイナーの人が商材にするために撮ってるって場合もあるかな。でも、例えば最初に言った趣味で撮ってるような場合だとして、真っ青に晴れ渡った快晴の空を、遠景も何も入れずに撮る人って、あまりいないんじゃないかなって思う。だって、撮ったところでただ真っ青なんだから。人が空にカメラを向けたくなる理由って、ずぅっと同じではなくて、刻々と変化していく表情に魅力を感じて、あるいは惜しむような気持になって、その瞬間を切り取っておきたいって思うからなんじゃないかな。じゃあ、空の表情って何かっていうと、私はズバリ、雲だと思う。空に雲が浮かんでいるから、その流れ行く先を思う。この瞬間を自分だけのものとして留めたいと思う。惜しいからこそ、綺麗だと思う。だから、快晴で、雲ひとつなくて、移り変わってもいかない快晴の空には、少なくとも私は惹かれないんだよなぁ。

「御託はいいからさっさと撮りなよ。危ないんだから」

 あれ?心の中で語ってたつもりが口に出てたかな。隣の運転席からヤジが飛んできた。

「ごめんて。あーでもやっぱこの橋まで来て正解だった。めっちゃ綺麗」

 今日の空があまりにも綺麗で、隣に住んでるこの子を叩き起こして、この橋まで飛ばしてもらった。この橋、自動車専用になってて歩道と自転車道は下を走る構造になってる。だからこの上から撮ろうと思ったら車で来るしかない。でも自分で運転してちゃ撮れないから隣に乗っけてもらってる。全開にした窓から身を乗り出して何枚か撮って、助手席におさまる。ふぅ、満足。でも隣からはまだ私への文句が聞こえてる。「はいはい」って受け流しながらさっき撮った写真をチェックする。

 私たちはそのまま海方面に行く。文句垂れ流しながらも車を出してくれたこの子へのお礼は、海の見えるカフェで何でも好きなものを奢ること。それで手を打ったのだからそろそろ文句は引っこめようか?

 駐車場に完璧な動作で車を停める。この子のドライビングテクニックは半端じゃない。もちろんいつも超絶丁寧な安全運転。車から出るともう何を食べようかと迷い始めてる。ウキウキとカフェのドアに向かう後ろ姿をファインダから覗いて構図で遊んでたら振り返りざまにぎろりと睨まれた。そんなことしてないで早く来いって?はいはい。

「そりゃ二つ返事でOKした私も悪いけどさぁ。まさかあんな危ないことすると思わないじゃん。捕まったら切符切られんの私なんだよ?」

「うん、そうだね、ごめん」

「ほんとにわかってんの~?」

「わかってるわかってる」

 注文を済ませると手持無沙汰になったせいかまたお小言が降ってくる。不機嫌そうに頬を膨らませてはいるけど、それが半分ポーズであることも知ってる。だってこの子の心はすでにさっき注文したメニューに向かってる。はしゃいだ気持ちを隠すためというのもあるんだろ。でもそこをつつくと本格的にへそを曲げちゃうから言わない。

 気持ちのいい天気だけど、平日だからかテラス席には私たち以外の客はいなかった。海へと抜ける景色は鮮やかな青。目に眩しいその情景もカメラに収めておく。私がそちらに気をとられているうちに店員が注文したものを運んできた。いろんなものが盛りに盛られたパンケーキ。これはこれで好きな人は写真を撮りまくりそう。映えとか言って。しかしこの子は写真には一切興味ないから、何の躊躇もなくフォークを入れる。一口頬張ると顔がとろけそうに緩む。私はパンケーキよりもそんな彼女をこそずっと見ていたい気持ちになる。

「甘いものに夢中な女の子って眼福だね」

 見つめながら言ったら若干引かれた。

「え、何?やめてよ。私そっちの趣味はないよ」

「やだなぁそんなのわたしもないよ」

「棒読みやめろ」

「あははははは」

「乾いた笑いもやめろっ」

 楽しく冗談を言いつつ、その甘そうな物体が彼女の口の中へ消えていくのを見ていた。もう諦めたという風に、彼女はパンケーキを味わうことに集中することにしたようだ。

 すべてを腹に収めると、カメラをいじっていた私に言う。

「あんたって、本当に好きだよね、写真。仕事にすればいいのに」

「好きだからこそ、その厳しさもよく知ってるつもりだよ」

 今は趣味でデジタル一眼レフを持っている女子も多いから、目立つようなこともない。それでも彼女は彼女なりに私を心配してくれてるのだと思う。

 再び海のほうに目をやれば、どこかから流されてきた雲がまた空の表情を変えていた。

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