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Alice in crazy world    作者: さきたまご
1/1

白い少女と特別な森

初作品となります、よろしくお願いします。


 一人の少女が、バラの迷路を走り、くぐり抜ける。

ここは、「特別な森」の中。不思議の国の統治下にあり、その城に直通している、鬱蒼とした花の森だ。

彼女はその中でも今、バラの生息地を通っていた。

一つ一つのバラは少女の体よりもずっと大きく、さもすれば飲み込まれそうな程の迫力がある。

時折少女を誘うようにぐらりと揺れるが、彼女はそれを鬱陶しげに叩き落とす。


 棘を持つバラを押し退けているにも関わらず、少女はそれをものともせずに、颯爽たる速さで地を駆けていた。白い肌には、傷のひとつさえもない。

長く煌めくプラチナの髪をたなびかせる彼女の様子は、遠目から見れば、それはそれは絵になるものだった。

水色と白を基調としたエプロンワンピースの裾が、ひらひらと揺れている。

胸元にかけた金色の懐中時計は、表面できらりと光を反射させ、毎秒ごとに時を刻んでいた。


「ああ、なんて面倒なの。女王様ったら、私にばかり無理難題を押し付けてくるんだから、困っちゃうわ。私は雑用係なんかじゃないのに」


 人とは到底思えない、例えるならばチーターのような獰猛なスピードを出しているのに、少女の息は乱れない。彼女はひたすらに城を目指していた。

少女の頭には大げさな程の大きさのリボンカチューシャがあるので、こうして走っていると、野を駆けるウサギを連想させてくる。大きな赤い目も、その原因たるものの一つかもしれない。

美貌の少女なのに、無茶な走りをしているせいで、可愛らしいエプロンドレスは泥や小枝や何かやらで薄汚れてしまっていた。なんとも勿体ない。


「よう、白いお嬢ちゃん。そんなに急いでどこに行くんだい?」


 突然、少女の上から声がする。そう、『上』からだ。左からでも右からでも、はたまた斜めからでもなく、真上。普通では有り得ないことだ。しかし、少女は冷静に目線を真っ直ぐに上げる。

しかも心なしか、いやあからさまに、嫌悪の視線で。


「······どうも、クソ猫さん。調子はどう?良くても悪くても、どうでもいいのだけどね」

「あれれ、辛辣だなぁ。気のせいじゃなければおれっち、睨まれてない?」


 オーバーな身振り手振りで、バラに腰かけた青年が嘆いた。

そんな素振りを見せながらも、彼の楽しそうに上がった口元を見る限り、本気で傷ついている訳ではなさそうだ。むしろ、このやり取りを喜んでいるような表情である。


 彼の名前は『名無し(ノーネーム)』。ふざけた名前からも分かる通り、ふざけた性格をしている。

普段から特別な森に住み着いており、時たまに現れては人をからかっていく、なんとも迷惑な行為を趣味としている。何の仕事に着いているかも分からない。

ただ知られているのは、彼が化け猫であり、かなりの長寿であるということのみである。

彼はなんと、不思議の国が出来た頃には、もうここに定住していた。


「つまりは、住所不定無職の老人猫の可能性があるってことなのよね······」

「なんて?」


 人の形をした猫は、首を傾げて少女を見る。

ピンクの髪に金のメッシュを入れた派手な髪が、さらりと揺れた。同じく金色のくっきりした猫目が、すっと細くなる。彼の目には国中を鎮める程の力が宿っているという噂があるくらいに綺麗な瞳だが、本人はあっけらかんとそれを否定していた。


 彼は見た目こそかなり整っているが、いかんせん変人なもので、あまり人には好かれない。

たまに見た目に釣られた女性が声をかけてくることはあるが、大抵数分後には、後悔したように去っていく。

それほどに(本人さえも認めているレベルで)、彼は奇人だ。

その癖して、彼自身は綺麗な女性が大好きな、好色猫である。


「なんでそんなところにいるのよ。巨大バラの上で待ってたって、可愛い女の子は来てくれないわよ」

「いや、一人だけ来てくれたよ。君っていう、可愛らしい女性がね」


面白半分にキザな言い方をする猫だが、少女はそんな彼を、ウジ虫でも観察するような目で見た。

それに慌てた猫は大袈裟に手を振り回し、「冗談!」と叫ぶ。


「ここにいたのは、森に住んでる羽の生えた生物を数えるため。おれっちの数倍くらい大きい蝶が躍り狂いながら飛んでたり、おれっちの小指より小さいフラミンゴが行進してたりして、面白かったよ」


突っ込みどころ満載に思えるが、ここは『特別な森』。

おかしなことばかりが起こるこの場所では、常識など通じないのである。


「貴方、今日はずっとそんなことをしていたの?一日中?」

「うん。というか、一週間」

「······とんでもなくお暇なようで、何よりだわ」


これを趣味でやっているのだから、とんだ酔狂人である。

少女は呆れて物も言えず、適当な方向に話題を転換した。


「······そういえば、どこに行くのかを聞かれてたっけ?私は今、お城へ向かっているところよ。女王様の、えーっと、お使いをこなして帰ってきたの」

「ああ、なるほどねぇ。また良いようにこきつかわれてるって訳か」

「他人に言われると、ちょっとムカつくなー」


 少女は眉をひそめる。


「そういうことで私、急いでるのよね。もう貴方とのくだらない話は切り上げて、お城に行きたいんだけど」

「ちょっとちょっと、待ってってば。大事な話があるから、もう少し留まって欲しいのに。もう、君はせっかちだなぁ。」

「······」

「そんなんじゃ、素敵な王子さまだって逃げていっちゃうよ?もっとおしとやかにしてないと、モテないって。ただでさえ君凶暴なんだから······って、痛あああっっ!?」


 猫は、膝を抱えて蹲る。もちろんのこと、少女に強かに蹴りあげられたのだ。

容赦のない一撃に、思わず彼も涙目になる。戯れのような軽い蹴りではなく、少女はわりと本気で膝を狙いにいっていた。しかも巨大なバラの上にいる彼を蹴るために、脚力をフル活用して、跳んでまでだ。

三メートルは優にあるバラの上に、彼女はいとも容易く着地してみせた。

蝶が飛ぶように美しいフォームだったというのに、彼女のたぐいまれない運動センスが垣間見えた瞬間だった。普通の人間なら、決して出来ない行いだ。


 彼女は人にからかわれるのが嫌いで、その中でも更に、恋愛の話は地雷であった。

仮にも彼女は、乙女である。例え人智を卓越した運動神経を持っていても、特殊な能力が備わっていても、その前提は違えてはいけないのだ。


「で?大事な話ってなに。内容によってはもう一発お見舞いしちゃうけど」


 冷ややかな目で、少女は猫を見下げる。

彼はさすがに反省して、思春期の娘と父のような距離感で少女の機嫌を窺いながら、話し始めた。


「えーっとだね、話っていうのはこの間からの『林檎の国』からの兵の事なんだよね」


 林檎の国とは、ここ--不思議の国と長年敵対している、絶対王政国である。

現在はこの国と同じく、女王が国を治めている。

その相手国の女王、ヴァネージュ・フォン・ポムリアンこそが曲者なのだ。

何故かずっと不思議の国に執着していて、しつこいほどに敵意を向けてきている。

時に突然戦争を仕掛けてくるので、非常に厄介なお偉い様として、少女は彼女を認識している。


(······で、そんなヴァネージュ様が、またなにか面倒事を持ち込んできたと)


 これで何度目になるか分からない程、ヴァネージュは不思議の国に攻撃してきたので、もう流石に慣れっこである。少女も、さほど興味を持たずに、猫の話を聞いていた。


「またかー、って思うでしょ。でもさ、なんか今回はあの人の様子がちょっと変なんだよなぁ」


 変なのはいつも通りだろう、と考えたままに彼女が口に出すと、猫は「まあそうだけども」と飄々と返す。二人して、仮にも一国の頂点である女性に対して、失礼であった。


「なんでも自分のお気に入りの兵士を連れてきて、こっちの国で一番強い兵と戦わせろ!······って意気込んでるらしい。んで、賢い君のことならその『一番強い兵』が誰のことなのか、分かるよね?」


 少女は猫の言葉を聞いて、すぐさま頭を抱えた。

いつも迷惑なことを仕出かしてくるとは思っていたが、まさかここまでとは考え付いていなかった。

他人にとっては、少し前にヴァネージュが大軍を送り込んできた時の方が、まだ余程重大な出来事だっただろう。

しかし少女にとっては、今回の話は過去最大級に都合が悪いミッションだった。


この国で、一番力を持つ兵。それは、彼女に他ならないのだから。


「なるほどね、それはまた、おかしなことになったわね······」


少女の名は、シルク・ラビット。齢15にして、女王お抱えの騎士となった女性である。


 彼女は数年前、今よりもずっと子供だった頃に不思議の国にやって来て、突然「私は強いから、女王様の側近にさせてよ」と不遜な口調で言い放った。

それが何故か女王のツボにはまり、また彼女自身も申し分無い実力を持っていたため、希望通りの職に着いているのである。これはかなり異例な事態で、当時は国中を混乱の渦に巻き込んでいた。

その後シルクはめきめきと腕を上げていき、現在は国一番の強さを誇っている。


とはいえ普通の人間の女の子ならばこれは異様なので、彼女がどれだけヒトに近くても、特殊な種族であることは間違いないだろう。


「やっぱり女王様、君に話してなかったみたいだね」

「ええ、全くもっての初耳よ。ああもう、あの人ったら自分のことを何にも話さないくせに、業務連絡まで怠るって訳?天下の女王がそんなに口下手で良いものなのかしら」

()()を口下手って表現するのは、君くらいなんじゃない?」


 猫は苦笑し、眉を下げる。

この国の女王もまた、ヴァネージュとは違った方向に厄介な女性だった。

とにもかくにも冷徹冷静、嗜虐趣味のある、それでいて魅力ある御方。不思議の国の大半は女王に惚れているし、その分女王を支えようとしている。


そのため、女王と直接関わることのできる『王都騎士団』は、国民の憧れの職業ナンバーワンだという。王都騎士団はある特殊な条件を満たさないと入れない機関なため、志望している人が入れる可能性は、限りなくゼロに近いが。


 女王は猫と同じく、国の誕生からずっと生きている、不思議の国の原住民だ。

不思議の国が国として動き出したのは、もうどの歴史文献にも載っていないレベルに昔のことなので、いよいよ二人の年齢を計ることは出来ないと思われる。

人使いが荒い人で、かく言うシルクも今朝、いきなりお使いを任された。

彼女の命令は、その日その日の気分によって、難易度がまちまちである。


(森の奥に林檎の国からの残党が出るから抹殺しろ······って言われたからその通りにわざわざやって来たのに。いざ来てみたら臆病者の逃走者が二・ 三人いただけ。こんなにもつまらないことはないわよね)


 その上、そいつらを始末した途端に「全力で駆けて戻って来い」との伝達だ。頭に来てもしょうがないというものだろう。

しかしそれでも必死に走って帰るシルクの方も、真面目というか、妙なところで律儀だ。

どれだけ身分の高い貴族と話しても高飛車な態度を崩さないシルクだが、女王に対しては絶大な信頼を置いているらしい。

彼女は女王といる時だけ、年相応の愛らしい女の子に様変わりする。


「はあ・・・・・・。気は乗らないけれど、行くしかないわよね。仕事だし」

「お、偉いね。おれっちだったら絶対にサボるところだけど、流石は白いお嬢ちゃんだ」


 軽い笑いを含ませて、猫はバラの上に座りながら言う。


「······というか、前から思ってたんだけど『白いお嬢ちゃん』ってなに?ちゃんとシルクって呼びなさいよ。それか、名字のラビットでもいいから。······なんなの、私の名前を口に出したくないの?」


 不機嫌に言い放つシルクを目の前に、猫は驚いたように目を見開いた。


(うーん、ちょっと違うけど、ほとんど図星だなあ)


猫は困って、とりあえずの笑顔を顔に浮かべておく。猫はおかしなことに、人の名前を呼ぶことが苦手であった。正確には名前を呼ぶという行為で、相手との距離感を詰めてしまうことを、避けたがっていた。

この猫は、人と関わることになぜだか臆病になっているようだった。


 猫の内心の葛藤には気づかず、シルクは眉を吊り上げる。


「あら、黙っちゃった。本当に私が嫌いなわけね。そう、それならいいわ。

べつに『白いお嬢ちゃん』とでも『馬鹿な兎』とでも、なんでも言えばいい。私はその代わり、貴方の名前を呼ぶことは一生ないけどね」


 完全に、拗ねている。シルクはかなり大人びているように見えるが、彼女もまだ、子供である。

気の強い言葉を使ってはいるものの、彼女はチラチラと猫の顔を確認していた。

猫が彼女の名前を呼ばないのは嫌っているからではもちろんなかったが、勝手に勘違いして、シルクは猫を思いきり罵る。


「そんな風だから、貴方には友達がいないのよ!可哀想な人ね!」

「え、それは君のことでしょ?」


 猫は、何の気なしにそう続け、後から「しまった」と口を塞ぐ。

無意識に放った超()級の攻撃は、勢いよく、そして確実にシルクの心を抉っていった。

シルクは俯き、何かを小さな声で呟く。


「·········たい······ね······」

「ご、ごっめん白兎ちゃん~。いくら事実とはいえ、流石に言い過ぎたっていうか·····」


 何のフォローにもならない、むしろどこか煽っているような口調で(本人は気づいていない)、猫は冷や汗を垂らす。

すると、シルクがキッと猫を睨みつけた。

それには大人である猫が、びびりあがって尻尾を立てるほどの迫力があった。

シルクは猫の胸ぐらを掴み、顔を近づける。その拍子に、猫の尾についた鈴がしゃらんと音を立てた。

身長差のせいで、猫がシルクを見下ろす形になる。だがシルクは怒り心頭といった様子で、そんなことは気にしない。


「殴られたいのかしら?」


 友人の話を持ち出したのは彼女だというのに、なんとも理不尽な怒り方である。

シルクは恋愛面の話と同時に、友人の話までもが地雷圏であった。

猫は慌てて、ぶんぶんと首を横に振る。国一番の兵士に殴られるのは、いくらタフでマゾヒストな猫であっても、願い下げだ。

シルクじゃそんな彼を見て、フンッと鼻を鳴らして手を離した。


「これに懲りたら、二度とそんなことは言わないでよ?······それに、私にだって友達の一人くらい、いるし」

「例えば?」

「ビターとか······えーっと、ビターとか······主にビターね」

「本当に『一人くらい』みたいだね」


 首を傾げて唸るシルクに、猫は軽く微笑を向ける。


「あっ、そういえばビターにも何か頼まれてたんだった!女王にも急かされてるし、そろそろ帰らなきゃ。···ってことで、私は城に行きたいわ、猫。」

「うん、···あー、そうだね?」

「ええ、そうね」


シルクは猫の目を見て、何かを訴えかけるように言った。

猫はその瞳の意図を受けとれず、困ってそれを見つめ返す。


「···ちょっと、早くしてよ」

「本当に何のことだか分からないんだけど、聞いてもいい?」


 猫は、極めて温厚に返す。変人ではあれど、彼は極めて人格的な猫だった。

シルクはそんな彼に、(とても理不尽なのだが)ため息を吐いた。


「城まで送ってって」


猫は「そんなことかぁ」とカラカラ笑い、親指を建てて了承する。

彼女の言う『送れ』は、城へ一緒に行こう、という意味ではない。どちらかというと、タクシーを使うのと同じ感覚で、猫に命令を下していた。

そんな風に言われているとは知りつつ、それでも猫はにこにこと準備を始める。


「もとの姿になるのは、いつぶりだろ。最近はもっぱら人型で過ごしてたからね」


彼は首輪に着いた鎖を、ぐいと引っ張る。じゃらじゃらと存在感を放ち、すごく邪魔そうな鎖は、彼が本来の姿を取り戻すためにあった。


たちまち彼の姿は毛むくじゃらになっていき、それと同時に、段々と体が巨大化していく。


「何度見ても私には理解出来ない仕組みね······」


彼はどんどん質量を増していき、ついでにどこからどう見ても『猫』であると断言できる形になっていった。

先程まで彼が座っていたバラの高さなどは、とうに越している。シルクなど、今の猫から見れば、小人と呼んでも大差ないように思えた。


彼は化け猫。それも大変巨大で、限りなく神に近い類いの力を持つ化け猫であった。


『ん“に“ゃーーー』


間延びした、しかし地に轟くような猫の鳴き声が、森中に響きわたる。そのあまりの音量に、シルクは思わず耳を塞いだ。


(こいつ······っ!!)


「バカでかい声で鳴くんじゃないわよ!!!うるさいったらありゃしないわ!!!」


頭が遥か遠くにある猫に届くように、シルクはありったけの声をかき集めて叫ぶ。それは猫にも伝わったようで、彼はピタリと口を閉じた。

そしてこれまた巨大な前足を、シルクを潰さないように確認しながら、恐る恐るという風に差し出してくる。

シルクは堂々と足を踏み出し、茶色のローファーでその上に乗った。猫は前足を器用に使って、シルクをそのまま自身の頭の上に運んでやる。


「城までお願い。途中で私を振り落としたりしないでよ?」


シルクが猫の長い長い毛をひっ掴みながら言うと、猫は『了承した』とでも言うように、短く『に”ゃ!』とだけ鳴く。


少女を乗せた巨大な猫は、のそりのそりと森を歩き始めめた。

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