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聞きたくなかった、そんなこと

聞きたくなかった、そんなこと。


 秋になり、夏の暑さは何処へやらぐんと気温が下がった某日。


 クラスメートたちの多くはブラウスやワイシャツの上に長袖のニットを着るようになり、教室はどこかカラフルに染まっていた。




 五時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴ると、頬杖を付いたりつかなかったりしながら寝ていた生徒が体を伸ばし、他の生徒との会話に興じる。


 そそくさと教室から出て行った数学教師は今更なので何も言っていなかったけれど、きっと風紀がーとか何とか思っているのだろう。


 かくいう私も例に漏れず居眠りをしていた生徒であるため大声で言うことが出来ないのだが。




 そうして私も友人の机に向かい、他愛のない話をして休み時間を適当に過ごす。今更特筆することもない、当たり前の会話をしながら。


 手を握ったり髪の毛をいじったり、抱き合ったり。女子同士の友人の距離感ってまるで恋人のようだな、とどこか他人事のように考えていた。




 笑顔と言葉を交わし、あっという間に十分が過ぎると早鐘を打つ心臓を抑えながら席に戻る。


 チャイムが鳴る三十秒ほど前に悠々と教室に入ってきた先生が私の視界に飛び込んでくる。




 細身の体、高い身長でこげ茶色のスーツを着こなし、知性的でどこか厭世的な雰囲気を感じさせる瞳と黒ぶちメガネ。


 須藤祐樹先生。年は確か今年で27。担当教科は国語。何事も適当そうで実際ルーズなところも多いけれど、言葉や行動の一つ一つから私達生徒を想ってくれることが感じられる人で、他でもない大好きな先生。


 友人たちからは『あんな根暗の何がいいの?』『見る目大丈夫?』『オッサンだよ?』などと散々言われたけれど、私にはどうしようもなく魅力的に映ったのだ。


 




 その姿は毎日授業で見ているはずなのに、何度見ても鼓動は早くなって顔が熱くなる。


 




 委員長が号令を掛け、席に座るとクラス内には弛緩した空気が流れ出す。それは、先生が滅多に授業態度で注意することが無いから。


 その理由は『自己責任だから』みたいなものではなくて、『授業中生徒が寝るのはこちらにも非があるから』というものからだった。


 今年の初めの方に話していたことだけれど、今でもしっかりと脳裏に焼き付いていた。




「…今話そうかずっと悩んでいたことがあるんですけど、今話してもいいですか?」


 開口一番、ちょっと悩まし気な表情を浮かべている先生はそんな風に切り出した。いつもはもっと軽快な感じを装い、最初の十分くらいを雑談に費やしていることを考えるとそれは明らかに様子がおかしい。


 若干の胸騒ぎを覚えつつ、先生の続く言葉を待つ。




「実は僕、今年でこの学校辞めるんですよね。」


 え?


 え?今、なんて?




「今、クビだと思った人いますよね?確かに僕授業内で学校に対して思うところを色々言っては来ましたけど、辞めさせられる訳じゃないですから。」


 冗談めかすその口調に、ごく数人が愛想笑いを浮かべる。


 冗談を言って生徒との距離感を近づけたり空気を柔らかくしようとする姿勢が私は大好きだったけれど、大半の生徒からは不評だった。生徒受けのいい先生、というのは狙ってなれるものでもないらしい。




「理由は色々ありますけど、それはまた最後の授業の時にでもお話します。興味がない人も多いでしょうが、最後くらい付き合ってくださいね。」


 と自虐めいた笑みを浮かべる。これもまた先生がよくやる表情で、その声音も相まって『そんなことない!』と声を上げて反論したくなるものだった。


 


「三月の終わり、もう授業がない状態で突然言われても何だか素っ気ない気がして。それなら、早いうちに言っておいてお互い心の準備が出来ている状態で、有終の美を飾れるようにしたいと思ったんです。」


 いつもの耳触りの良い声でそう続ける先生だけど、ショックが大きくて私には到底受け入れられなかった。




 放課後何度も質問に通った時、『ああして真面目に授業を受けてくれてるんですから、来年も成績が楽しみです』だとか『今これだけきちんとできているなら、来年も大丈夫ですよ』なんて言葉をかけられた。


 来年を半ば約束しているような言葉たちに心躍らせ、受験も頑張ろうと何度も何度も思っていたのにあれは全て嘘だったのか。


 嘘というのが大袈裟でも、来年には自分がこの学校を去ることを分かっていながらあんな言葉を掛けたのか。






 それは今までの時間や想い、来年以降の期待や希望か打ち砕かれた瞬間で、それから三ヶ月ほどの期間の価値が数万倍に膨れ上がった瞬間だった。


 遅れて事実を理解した時には私の両目からは涙が零れ落ち、先生や友人たちを心配させてしまったのはまた別のお話。



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