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2 トゲトゲ

 テレビをつけて、適当にドラマを見ていた。


 二人が行ったのは、徒歩数百メートルの位置にあるコンビニだ。いくらあれこれお菓子を物色していたとしても、そんなに時間がかかるわけもない。


 なのに二人は、なかなか帰ってこなかった。


 どこかで、猫の鳴き声が聞こえた気がした。気のせいかもしれない。けれど、嫌な予感がした。

 コートを羽織って、外に出た。


 珍しく東京にも、雪が降った日だ。思ったよりたっぷりと。いつの間にか、道路も屋根も真っ白だった。これだけ降っていれば、やたらと雪に弱い東京は、そろそろ交通が麻痺し始めていてもおかしくない。


 こんなに寒いなら、マフラーもしてきたらよかった。

 雪で視界が悪いが、ピンク色のランドセルが見えた。


 あの子だ。どうして一人で。あいつはどこに行ったのだろう。

 少女は泣いている。


 どうしたのと聞くと、顔を上げ、すっと指差した。

 大通りの向こう側には、見覚えのあるものが転がっていた。


 嘘だと思った。鼓動が早くなった。息ができない。それは、初めての感情だった。動揺していたのだろう。しばらく動けなかった。


 車のクラクションの音で、ようやく現実に引き戻された。

 自動車の流れが途切れた時に、道路を渡り、その体に駆け寄った。


「なんで……どうして」


 すでに両親も祖父母もいなかった。だから、もう失うことに慣れていると思っていた。けれど、直接触れたことがなかったのだ。目の前で亡くす、本当の喪失という瞬間に。


 少し雪が積もって、冷たくなっていた。声をかけても返事がない。開いたままの瞳は、とても綺麗な色をしていた。美しい輝きを放っていた。


「痛かったね……」


 赤黒くなり始めている血しぶきも気にせず、何度も何度も、体を撫でてやった。


「怖かったよね……」


 涙が止まらなかった。流れ出る水分の代わりに、心の中に、ぽっかりと空いた部分が増えていく。トゲトゲした怒りと、ギスギスした悲しみが、嵐みたいに飛び散って、ざわついていた。


「ごめん……なさい」


 少女はずっと、謝っていた。彼女の警告を、聞いておくべきだった。きっと彼女も、何か予感がしたのだろう。大切なものを亡くした人だけが、感じることができる悲しい予感を。


 どれだけ後悔したって、もう遅い。

 何もわかっていなかった。大事なものが消えてしまうという恐怖を。




 サイレンが遠くで鳴っている。ずっと、ずっと耳鳴りみたいに。


 骨を拾う間も。お墓に祈っている間も。

 朝食を食べている時も。お風呂に入っている時も。布団に入った後も。


 忘れるな。忘れるな。


 自分の代わりに死んだのではないのか。

 自分が死ぬべきではなかったか。


 自問自答をする度に、その音は大きくなる。


 やめなさい。もうやめなさい。バカなことは考えないように。

 わかっていても、その音は消えない。


 あの冷たさも。あの瞳も。あの傷も。

 全部、全部、あの日のまま、心の奥底で、凍ったまま。


 サイレンが鳴っている。ずっと、ずっと鳴っている。




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