お父さんは星から落ちて来た
お父さんは星になったとお母さんは言った。
だから僕の家にはお父さんはいない。
お父さんがいないから、牧場で飼っているぼうぼうと鳴く大きくて黒い毛むくじゃらのヤク達の世話は大変だけれど、牧場があるから僕もお母さんも毎日パンもスープも食べられるのだから幸せだ。
それに、毎晩空を見上げればお父さんが笑っているようにして、チカチカと空で瞬いているのだ。
ちゃんと見守ってくれるから大丈夫。
ところがある日、空から大きな星が落ちて来た。
その星には乱暴な鬼が沢山乗っていたらしく、お母さんは森に住むヒバエの毛皮で作ったコートを僕に渡し、絶対に脱いではいけないと教えた。
もちろんお母さんこそ絶対に脱がないわよ、と言った。
ただし、隣りのユーファおばさんと間違えるんじゃないよ、そう言って笑った。
だから僕もお母さんに言ったんだ。
「隣のミーナと僕を間違えないでね。」
「あら、間違えちゃうかもよ。」
「ひどいお母さん。」
「だってあなたはユーファのケーキが大好きじゃない。」
僕達は笑ってヒバエの毛皮を着込んだ。
ヒバエとは茶色に金色のスジが入った毛皮をした獣であり、この星の聖獣でもある。
僕達はヒバエから進化せし者で、ヒバエは僕達を守護するものだ。
だから、一人一匹だけヒバエを狩ることができて、自分の狩ったヒバエの毛皮は一生大事に取り扱わねばならないのだ。
僕はまだ狩っていない。
だから僕が手渡された毛皮はお母さんのもので、お母さんはお父さんの毛皮を纏った。
お互いにぶかぶかの毛皮となっていて、これじゃ誰も間違わないよね、そう言って笑った。
鬼はまだ居座っている。
僕はヒバエの毛皮を毎日着るのに飽き飽きだし、僕の家の大事なヤクは鬼達のせいで半分に減った。
このままじゃあ牧場は空っぽになる。
ユーファはミーナを連れて家を捨てて森に逃げた。
僕達も逃げるべき?
でも、ミーナにはお父さんがいて、ユーファはミーナのお父さんであり夫のダーンが、家ぐらいまた作ればいいと言ったから家を捨てる覚悟を決めたのだ。
僕達にはお父さんがいない。
この牧場はお父さんが残したものだ。
だから村には僕達二人になっても、僕達は森に逃げなかった。
もちろん、鬼達が来るときは、家の奥や木の上に逃げたけれどね。
空にお祈りする僕の肩に、ヒバエのフカフカの手が乗った。
見上げれば、大きな目を光らせた大きなヒバエが僕を見下ろしていた。
「フィル。お祈りをしているの?明日になったら私達も逃げましょう。お父さんは私達を見守っているのだから、どこに逃げてもきっと私達は大丈夫よ。」
「そうだね。お母さん。今日のこれはこの部屋で出来る最後のお祈りだね。」
僕達はヒバエの毛皮を着ていたから互いの表情はわからないが、多分、泣きそうな笑顔で微笑み合っていたと思う。
僕はだって泣きそうだもの。
だから、お母さんが部屋に戻った後は、いつもよりも高く顎を上げて空を見上げて、お父さんの星を見つめたのである。
お父さんの星は見えなかった。
星が一つも見えなかった。
「お父さん!どうして!見守ってくれないなら、僕達を助けに来てよ!」
大きくチカっと空が瞬いた。
僕への返事のようにして。
ばしゅううううん。
わあ、鬼の住処から光の矢がいくつも空に向かって放たれている!
何が起きているの!
僕は空を目を凝らして見つめていた。
チカチカ瞬く星がさらに落ちてきて、大きな光になって、そして、星は光の矢を鬼へと落とした。
ずうううん。
鬼の住処のほんの一か所だけだったけれど、オレンジ色の炎が上がったのは見えた。
ざまあみろ!
しかし、星はどんどんとこちらに向かって落ちてくる。
あれはお父さん?
お父さんが空から落ちて来たの?
じゃあ、お父さんを拾いに行かなければ!
僕は部屋から飛び出して階下へと降りて行った。
ランタンを持ち、明日森に逃げるためにまとめて置いた荷物から、パンと傷薬だけを小さくまとめて、僕はお父さんが落ちたところへ向かわないとと、駆け出していた。
ごう。
ヨートが低い声で唸った。
玄関には番をしているヨートが二頭いる。
毛皮は無いがごつごつした岩みたいな皮をしており、体の大きさはヤクの二倍ある。
気立ては良いのに鬼はこのヨートが怖いらしく、我が家が今まで何とか無事だったのは彼らのお陰であろう。
僕は一頭のヨート、名前はホレの背中に飛び乗った。
「ホレ、行くよ。お父さんを助けに行かなきゃ。」