魔王様はびびる
無事に猿森山に着いた。着いたけど、違う問題が勃発。大気中のマナがとんでもなく濃くなっている。
(向こうの世界と繋がって、大量のマナが流れ込んだって感じだな)
俺としては魔力が回復出来て有難い限りなんだけど……。
「なんか身体がだるい感じがするんだけど……みんな大丈夫?」
普通の人間なら何も感じないと思う。でも、桜達は魔石を宿している可能性が高い。
(マナの受け入れ方を教えてもらってないのか。魔石の浄化も知らなかったし、これはますます怪しいぞ)
教えるのは簡単だ。でもあまり露骨に教えると、怪しまれてしまう……今でも、十分怪しまれていると思うけど。
「車ではしゃぎ過ぎたんだろ。深呼吸をしてみろ。空気が美味いぞ」
桜達は、あまりにも濃いマナを吸ってしまい過呼吸に近い状態になっているのだ。
「すーっ、はぁー……本当だ。空気が美味しいですね。岩倉さん、ありがとうございます。大村先生、ここで待っていれば良いんですか?」
夏空さんはすっきりしたらしく、ニッコリと微笑んでくれた。距離感を感じる他人行儀な笑顔……少し寂しいけど、これで良いんだ。
「ちょっと待て……待ち合わせ時間には、まだ早いな」
いや、こっちに向かって来ている。禍々しい空気を身にまとった人間が、こっちに近づいて来ていた。
「ユニフォームガーディアンの方達ですね。良く来て下さいました。私が依頼をお願いした下衆です」
声を掛けてきたのは四十代半ばの誠実そうな男性。そう、あくまでそうである。
(これは随分と負に染まっているな。これは面白くなってきたぞ)
日本に転生して驚いたのは、優しい人間が多いって事。前世で俺は人間が大嫌いだった。俺が魔族って事もあり、優しくされた事は一度もなかった。
でも日本は違う。出会い頭に斬りつけられる事もないし、夜襲される事もない。
でも、たまにどうしようもない下種がいる。そういう奴と接すると前世から積りに積もった怒りはふつふつと湧いてくるのだ。
「担当教諭の大村です。まずは詳しい話をお聞かせ願いますか?」
生贄に指名されたのは、下衆さんの娘さんらしい。
「うちの娘は隣に住んでいる浦切家の次朗君と婚約しているんです。それなのに、こんな事になってしまって……どうか、娘を助けて下さい」
二人の写真を見せてもらったけど、純粋そうな少年少女だった。
「あのお久し振りです。静香です……あの薺ちゃんって次朗君と婚約したんですか?」
雪守さんが下衆さんに質問をする。そして下衆さんと浦切さんの態度がおかしい。
さっきから雪守さんをチラチラ見ていた癖に、今気づいた様なリアクションなのだ。
「君が静香ちゃんか。あまりに綺麗になっていたから、気付かなかったよ。うん、お母さんから聞いた事があるけど、次朗と薺ちゃんは生まれる前からの婚約者でね。でも二人共、本当に愛し合っているんだよ……さあ、ここにいても、何ですから我が家にご案内しますね」
いきなり口数が増えたな。こいつ、絶対に何か隠している。
「それでは後を付いてきます……雪守さん、助手席に乗ってもらえますか?」
雪守さんのお母さんは、隣村の生まれだそうだ。道案内役をお願いするのは不自然ではない。
着いたのは趣のある日本家屋。維持するだけで、とんでもない金が掛かりそう。
「岩倉さん、運転ご苦労様です」
雪守さんが礼を言った後、車を降りようとする。大村達は荷物を降ろすのに、気を取られ俺達の会話に気付いていない。
今がチャンスだ。
「雪守さん、なにか疑問に思った事があるんですよね?」
さっきの会話、あの禍々しさを考えると、雪守さんは何かを知っている可能性がある。
「私の記憶では、薺ちゃんの婚約者は長男の太郎さんなんです。それに私の幼馴染み川路素直君って言うんですけど、この村の生まれなんです。事前に両家の事を聞いておりましたので、に聞いたら“最近、浦切のお兄ちゃん見ない”って言ったんですの」
ほうほう、それは面白い。そしておじさんの甘酸っぱレーダーも反応しまくりです。雪守さん、素直くんって言った時、顔赤くするんだもん。久し振り青春に触れました。
◇
部屋に荷物を置いた後、俺は一人小学校へ。一人になったので探索魔法を全開にしてみる。
(感じていた違和感はこれか……そうなると、別の仕込みが必要だな)
そして今回の件は、かなり上手くやらないと面倒な事になるかもしれない。
小学校は、村中から離れた場所にある。自然とミスマッチな近代的な建物。数年前に近くに大手企業が工場を作った時に建て替えられたらしい。かなり大規模な工場で、関連企業も集まり、猿森の人口が一気に増えたそうだ。
「いつも大変お世話になっております。文武事務機です。吉田先生いらっしゃいますか?」
俺の顧客は関連企業の事務所が主である。流石の先生は、大手企業には伝手がなかったらしい。
「岩倉君、良く来てくれたね。元気そうでなによりだ」
……気のせいだろうか?先生のオーラに陰りが見える。
「お陰様で元気にやっています。そうだ、今回は大村も来ているんですよ。大村健吾、覚えていますか?あいつ今聖ラルムで教職をやっているから、先生と話がしたいと言ってましたよ」
ラルムと言った瞬間、先生のオーラがさらに陰った。
「もちろん、覚えているよ。ラルムには私の教え子も通っていてね。彼の状況も聞きたいし、私も話がしたいな」
彼って事は、男の子か。雪守さんではないと。
「あいつ喜びますよ。それじゃ先にメンテナスを行いますね」
先生は暇なのか、何か気になるのか俺がメンテナンスをしている様子を見ている。
ふと壁に目をやると、一枚の写真が目に入った。映っているのは吉田先生と四人の生徒。
(名札が見えるな……下衆・浦切・川路。これって)
「ああ、その写真かい。この学校がまだ分校だった頃の物だよ。さっき言っていただろ。ラルムに行った生徒。そこに映っている川路素直という子がラルムに通っているんだ」
写真に写っている四人の生徒は無邪気に笑っていた。
「そうなんですか……そう言えば、猿森って地名は、山童が由来だそうですね。巨大な猿が目撃されて」
あの魔力は向こうから流れきた物に間違いない。今までの流れで行くと、魔物が召喚された可能性が大きい。
「あ、ああ……そうらしいな。私が調べたところ、山賊が由来だという話もあったぞ。そういえば、今回もビジネスホテルに泊まるのか?」
召喚をする時、関係のある所で行うと成功確率が上がる。山童は猿の妖怪だと聞く。
この場合は猿に近い魔物、ゴブリンやトロルがそれにあたる。
(さっき感じた魔力はオークの物なんだよな)
オークとホブゴブリンだと強さが段違いだ。ちゃんと調査したのか?
「いいえ、今回は下衆さんという方のお宅に泊まる事になりました」
でかいけど、他人の家って苦手なんだよね。気を使って熟睡出来ないんだよね。
ふと見ると先生の顔が真っ青になっていた。
「岩倉君、夜になったら、外に出ないでくれ。絶対だぞ」
都会の人ならともかく、俺は異世界生まれ田舎育ちに人間だ。夜の田舎になんて興味がない。
「あそこの周囲に何もありませんから、外に出る用事もないですよ」
明日は朝一で出発してメンテナンス回りだ。早く寝ておこう。
「それなら良かった……変な事を聞くけど、君はクレエと言う女性を知っているかい?」
なんで先生の口から師匠の名前が……俺を日本に転生させたのは師匠だ。
……まだ人違いって可能性がある。そうであって下さい。
「そ、その人がどうかしたんですか?」
師匠なら先生の夢に干渉する位、朝飯前だ。もし師匠だとしたら、俺の現状を把握されている事になる……絶対に弄られる。
「私は今困っている事があってね。そんなある日、夢に凄く綺麗な女性が出て来たんだ。白髪の外国人だった。その人が“貴方の悩み事は教え子の岩倉慈人が解決してくれます。目覚めたら、彼に連絡すると良いですよ”そう言ったんだ」
背中を冷や汗が伝っていく。絶対に師匠だ。俺じゃなく先生の夢って言うのが、リアル過ぎる。
だから先生は突然電話して来たのか。タイミングが良すぎるって思ったら、師匠絡みか。
「その人は他になにか言ってましたか?」
これからはオニババ禁止。どこまで監視されているか分かったもんじゃない。いくら俺が強くても神族には勝てない。ましてや師匠は最高神だ。
「確か“メンテナンスを早くする様に言えば良い、早く相手を見つける様に説教して下さい。酒に気を付けろ”それと“もう少しで力を取り戻す方法が分かりますよ”だったな」
第二陣となる冷や汗が背中を伝っていく。どこまで把握しているんだ?




