2-1話
泰馳との戦闘から一日が経ち、徹の町を離れた智琉は寂れた駅の改札を出て来た。
智「……寝過ごした」
智琉がここに足を運んだ事に特に理由は無い。町を後にする為に電車に乗ったものの、泰馳との戦いの疲労が残っていたのか思わず眠りこけてしまい、目が覚めた時には見知らぬ山手の地に着いていたのだった。
智「……とりあえずこの辺でも歩くか」
駅を少し歩くとアスファルトで舗装された道路が有りはしたが行き交う車はほぼ無いに等しかった。智琉は初めて目にする土地を歩きながら、昨日旅立つ間際に言われた徹の言葉を思い出していた。
"徹「奴を打払ってくれて感謝する。それとお前さんには余計なもん背負わせてしまったかもしれん。悪いと思っている。けどまあ兎に角、何事も気負い過ぎないのが一番だ」"
徹らしい楽観的でありながらどこか深く見据える様な言葉であった。徹の言う余計なもんとはマスターピースの存在だと智琉は確信した。徹の注意喚起の言葉に智琉は少し頭を悩ませた。
智 (これからマスターピースの存在に注意が必要か。けど、俺はまだ奴らの実態を何も分かっていない。何人で組織を築いているのか、どんなアンノウンを持っているのか、行動の目的さえ……)
不安とも取り難い複雑な感情を抱えながら歩いていると智琉の目を引く光景が映し出された。それは道路脇の開けた空き地に無造作に乗り捨てられた寂れた大量の自動車や重機の山であった。恐らくは不法投棄された廃棄車両の類であろう。
智「何だこれ……?」
智琉は興味本位でその場に近付いた。様々な種類の廃車が混在する空き地の側にあった大きなトンネルに智琉は興味を示しその入り口に近寄った。トンネルの内部は明かりが一切無く、十メートル先が見えるのがやっとであった。智琉は再び車両の山に近寄りその混沌とした光景を眺めた。
智「このゴチャゴチャ具合、今の俺の心境そっくりだな……」
?「なあ、そこの」
唐突に耳に入って来た自分に対する声に智琉は後ろを振り向いた。そこには背が高く大柄な男がこちらを見ていた。
?「ちょっといいか?」
知らない人間を相手に智琉は一歩退きその男を警戒した。
智「……誰だ?」
幸「誰って程のものじゃないが、まあそうだな。お前が昨日相手にした男の仲間という表現が一番適切かな」
智「!」
智琉は即座にカードを具現化し構えた。泰馳の仲間、つまりはマスターピースの一員と対峙している現実に智琉は警戒を強めた。その智琉の行動に幸大は慌てて智琉を宥めた。
幸「待て待て待て!そんないきなり喧嘩腰に来るか?少しは穏やかになれ」
智「あいつの仲間なら俺を倒すつもりで来たんじゃないのか?」
智琉の問い掛けに幸大はほんの少し苦い顔をした。
幸「あー、それも間違いじゃないかもしれんが、何もそこまで殺気立つ必要も無い。端から倒すつもりでいたならそもそもこうして声を掛けるか普通?」
智「…………」
それを聞いても智琉の心は未だ疑惑は拭えなかった。
幸「疑いの深い奴だな。俺は迅からお前に接触しろとは言われたが倒せだの始末しろだのといった命令は聞いてやしない」
智「……迅っていうのがお前達マスターピースのリーダーか?」
幸大は自身の失言に気付き少しハッとした。
幸「おっといけね…………、まいっか。まあそういう事だ。と言っても、俺達の間に明確な上下関係なんて存在しない。迅は俺達を束ねちゃいるが迅も俺達も立場は平等だと認識している」
開き直り真っ直ぐに顔を向けて語る幸大の言葉に嘘をつく後ろめたさの様なものは全く無かった。
智「…………それで?」
幸「ほ?」
智「戦うつもりも無くただ声を掛けただけなのか、お前は?」
幸「じゃあお前は戦おうとする相手にしか喋り掛けないのか?」
智「……どうしてそうなる?」
疑問を問うと新たな疑問が帰って来る会話に智琉はため息をついた。
幸「迅が俺に探りを入れさせた理由はお前を見極める為だろう。俺達の脅威となり得るかどうか。その判別を付ける為なら言葉で対話を図るだけで事足りる。それとも何か?お前ならその手に持つカードの力を行使するってか?」
幸大は少し挑発めいた口調で智琉を茶化した。
智「…………お前達がそんな事を言えるのか?」
が、智琉は乱される事なく淡々とした態度を貫いた。
智「アンノウンを持たない、存在すら知らない人達にまでお前達が危害を加えた事は聞かされた。自分達がしてきた事は棚に上げて無かった事にでもする気なのか?」
幸「俺達も相当な悪事に手を染めては来たし、そこに関しちゃ無視は決め込まない。そんな経験から得られた貴重な教訓だとは思っちゃくれないか?」
智琉は変な違和感を覚えた。幸大の台詞から僅かにマスターピースのしてきた行為に対しての懺悔に近いものを感じた。しかし、あくまで幸大の言葉は智琉の言わんとする事に対して否定的な回答の羅列でしかなく、その物言いは智琉の不快感をより深めていった。
智「……お前がどんな言い方をして説明しても、俺にはお前達の自分勝手な保身にしか聞こえない。それとも、マスターピースの事を不審にしか思えない俺が完全に納得出来る程の行動理由がお前達にはあるのか?」
幸「……その質問、泰馳には聞かなかったのか?」
智「聞いたよ。そして切れられた」
幸「そりゃ気の毒に」
幸大の顔は笑ってはいたが、話す声色はどこか悲哀が感じられた。
幸「お前の考える通り俺達は俺達なり理由と信念を持って行動している。だがそれをお前が理解し、尚且つ俺達に助力を差し伸べるなんて結論には至らんだろうし、そもそもからそんな期待は微塵もしていない」
断言する幸大の言葉に智琉は反論した。
智「俺が理解出来ないとどうして言い切れる?」
幸「分かりゃしないさ。俺達の苦しみを俺達以外の人間が理解するなど不可能な話だ。お前、名は何て言う?俺は幸大」
名を訊ねる幸大に智琉は自身の名を名乗った。
智「……織杜……智琉」
幸「忠告しておくぞ智琉。俺達にちょっかいを出すのはやめとけ。お前が俺達に関わる理由なんてどこにも無いだろ?」
幸大の言う事はこの上なく筋が通っているのは智琉も理解出来た。しかし、智琉は頷けなかった。自分の中に巣食う強固な意地が智琉を幸大の言葉に刃向かわせた。
智「俺が誰を相手に戦うかなんてのはお前が決める事じゃない。俺は俺自身の意思でアンノウンの力を使う。それを誰かに縛られたりなんてしない」
居丈高に言い放った智琉はカードを構え直し幸大に向けた。
幸「……………………お前も溺れるのか?」
智「!?」
その時、それまで穏やかな表情を保っていた幸大の顔に僅かな冷たさが帯びた。ほんの微かなその変化が幸大の威圧感を一層引き立たせていた。
幸「お前もそうやって自分が受け付けないものを強大な力で踏みにじり、壊す事も厭わない心に溺れるのか?」
智「……何だよそれ?」
毅然とした態度で迫る幸大に智琉は戸惑いを隠せなかった。
続く
《人物紹介》
高政 幸大
身長179cm 18歳
嫌いなもの:般若の面