ロールバック日本
その時不思議な事が起こった。
「総理・・・藤原総理!」
先ほどの地震により気を失っていた二人であったが、先に目を覚ました官僚の男の方が頭を摩りながらも総理大臣に呼び掛ける。まだ頭に激痛が走るがそれどころではない。ここで国の代表者が不在になれば降伏までまた時間が伸びてしまう。下手をしたら被害が拡大しかねない。はやる気持ちを抑えながらも万が一を考えると体を強く動かすことができない。そう思いながらも現状を確認するために顔を上げて周囲を見渡す。するとそこには信じられない光景が広がっていた。
それからほどなくして、藤原と呼ばれた男は目を覚ます。官僚の男と同じように頭を押さえながら体に異常がないかを確認した後、顔を上げた藤原は、同じように信じられないものを見るのだった。
さきほどまで瓦礫の山であったはずの街並みが、以前のようにビルが立ち並ぶ街並みに戻っていたのである。
どのくらいの時間であったのか、またはそれほど時間はたっていないのかもしれないが、二人して動けずにいると、不意に藤原が口を開いた。
「河内君、おかしなことを聞くようだけど、笑わないでくれるかい?私の記憶だとつい先ほどまで、中国と戦争をしていて、周りの景色は瓦礫の山ばかりだったのはずなのだが・・・」
自分の記憶を疑いたくなった藤原は、河内と呼んだ官僚に質問をしていた。
「総理、私の記憶でも瓦礫の山が広がっておりました、そして、急いで九州まで移動して、降伏文書への調印を行おうとしていた所です。」
そう発言した河内であった。移動をするために河内は総理を促し二人で車に乗車する。しかし、パワースイッチを押し込み、目的地を入力するが車は動き出すことはなかった。2030年代の電気自動車への移行及び、AIによる自動運転技術の導入などにより、昨今の自動車事情では人が運転することを前提にはされていない。だが、万が一の場合も想定してマニュアル操作も行える仕様になっている。若干のいら立ちを覚えながらも河内はマニュアルモードへの切り替えを行った。直後、河内の携帯端末から着信音がなる。ディスプレイに表示される相手の名前は、九州で講和条件の話し合い中に殺害されたはずの外交官の橘からであった・・・
航空自衛隊築城基地、九州が中国に占領された後は中国による関西、関東方面への航空戦力の中継地として使われていた場所である。また、中国側の大使が話し合いの場として指定してきたのが同基地内に存在する一室であった。外交官である橘はその部屋の隅で目を覚ます。
(俺は確かに撃たれたはず・・・)
そう考えながらも自分の体を確認するが異常は感じられない。
また、机の反対側には中国側の人間が見当たらなかった。自分たち日本側の人間が撃たれる直前に同じように中国側の代表たちも撃たれていたはず。疑問に思いながらも自分が倒れていた方へ再び目をやると、自分と同じように倒れていた山中と和田の姿を確認した。
どこにも大きな怪我は見当たらない。どうやら気を失っているだけのようだ。
狐に化かされたような気分になる橘であったが、とりあえずは倒れている二人に声をかけた。
「山中、和田、大丈夫か?大丈夫ならそろそろ起きろ。」
橘の声に反応するように二人の意識は覚醒した。
「橘さん・・・僕は撃たれたはずじゃ・・・」
「山中が撃たれた後、確かに自分も撃たれたはず・・・橘さん、これはどういう・・・」
橘が答える。
「俺にもわからん。だが、俺にも確かにお前たちが撃たれ、その直後に俺も撃たれた記憶がある。」
とりあえず3人で今後どうするべきかを話し合おう。
誰ともなくそう提案した直後、部屋の外が少し騒がしくなる。
中国の勢力圏内であり、危険を伴うが、意を決し扉を少しだけ開き室外の様子を確認してみる。
そこにはすでにこの基地には存在していないはずの自衛隊員達の姿があった。
あり得ない光景に戸惑う橘達であったが、現状把握のためにも接触を試みようとするもどうも様子がおかしい。ほとんどの者が放心している様子だ。一部の何かを呟いている者の言葉に耳を傾けてみる。
「俺は確かに、東シナ海で敵機に囲まれて撃墜されたはず・・・」
「博多の街に確かに落とされたんだ・・・」
などだ。
基地内の状況を把握することにした橘達は基地内の自衛隊員などに声をかけながら探索を開始するが基地内に中国の軍人や役人の姿は全く見つからなかった。途中窓越しに確認した基地外の風景は、戦闘などなかったかのようにかつての風景を保っている。話ができる自衛隊員に確認をとってみるが自分は戦死したはずと語るものがほとんどで、まれに、作戦行動中で別の場所へ移動していたはずと語る者もいた。まるで集団催眠にかけられていたかのような状態だ。自分達だけでは手に負えない状況だと判断した橘は、河内に指示を仰ごうと自分の携帯端末を操作して連絡を入れた。
「河内さん、頭がおかしいと思われるかもしれませんが確認したいことがあります。」