接触3
投稿主は学校で習うような <何年何月><どこで><誰が><何をした>程度の日本史知識しか有しておりません。できるだけ調べて書くようにしておりますが、矛盾が存在する可能性があります。ご容赦ください。
信長の家臣団って有名処は常にどこかに出張っているか、所在不明な人が多くて扱いづらい・・・
謎の灰色の巨大船のこと。
我ら織田と話がしたいと言っていたこと。
それらをお館様に伝えるため俺と七弥は岐阜城を目指し、岐阜街道を北上していた。
もし、あのような船が数を揃えて攻めてきたら織田は大変なことになる。
そのような力をもつどこかが話し合いを求める。その意味を考える。
同盟か従属か、どちらにしても織田の未来を左右するであろう。
俺と七弥は馬を急がせる。
半刻ほど馬を走らせて岐阜城の麓にたどり着く。
居館の方へいらっしゃればいいが・・・そう考えながら門に近づく。
「とまれ!」
門番に止められるが構わず告げる。
「我らは清州で留守を命じられておりました。足軽頭の八吉と七弥と申す者です。本日、尾張の沖合に巨大な船が現れました。どのような手段を用いましたかわかりませんが、沖合からこちらへも聞こえる声で織田の頭首と話がしたいと申しております。回答の期限が明日の日没までとのことでしたので信長様にお伝えに参った次第です。」
そのように告げると、門番の一人はしばらく待てと伝えて奥に消えていく。
其の後、四半刻ほどまったであろうか。
先ほど奥に消えた門番が戻ってきて告げる。
「お館様がお会いになられるそうだ。粗相の無きように気をつけろ。」
この返答に俺と七弥は驚く。
てっきりある程度の立場の者が俺たち二人から聞き取りを行い、それをお館様にお伝えする形になると思っていたからだ。
戦々恐々としながら俺と七弥は誘導されて広間に通される。
そこにはすでに上座に一人の男が座っていた。
俺と七弥は平伏して出自と所属を述べる。
「清州城で足軽頭として仕えております八吉と申します。」
「同じく七弥と申します。」
そう述べた後、問題の件を伝えるのであった。
信長は悩んでいた。
高屋城での戦も終わり、大坂本願寺を落とすのみ。
その様な時に武田が三河へ兵を向けたとの報告が入り、転進することになった。
今は岐阜に入り、各地の家臣が集まるのを待ちつつ、兵站の補充や兵の休養を行っているところである。
大阪の堺からまとまった数の鉄砲も送られてきている。
数日のうちには岡崎城へ援軍を伴い、入城せねばなるまい。
どのような戦術をもって武田を屈服させるか、甲斐掌握のためにはどうするべきか。
信長の頭の中では様々な可能性が浮かんでは消えていくのを繰り返していた。
そんな中、突然呼び止められる。
相手は吏僚の一人である。
「お館様、清州より火急の知らせとのことで足軽頭を名乗る者が参っております。」
清州から?信忠は一足先に三河へ入っているはずである。
「なんでも、尾張沖に巨大な船が現れ、織田の頭首と話がしたいと申したとか・・・」
「どこの国の船だ?」
「そこまでは確認しておりません。」
信長は考える。
時期を考えるに織田と敵対している相手の同盟である第三者からの介入もありえるだろう。
「詳しく話を聞きたい。そのものを呼んでまいれ。」
信長の言は素早く下の者へ伝えられる。
しばらくして、二人の男が連れてこられる。
部屋へ着くなり深々と平伏し、告げる。
「清州城で足軽頭として仕えております八吉と申します。」
「同じく七弥と申します。」
信長は目の前の男たちを見る。
それなりの身なりから足軽頭というのは正しいのであろう。
清州の留守を任せられるくらいならある程度の信用もあるのかもしれない。
もしくは、武田との戦では使えないと考えられて置いて行かれたか・・・
「楽にしてよい。詳しく話せ。」
信長が促す。
「本日、時刻にして午の刻のあたり、清州城下の見回りを行っていた所、農民らしき男が息を切らしながら我らに声をかけてきました。詳しく話を聞くと、巳の刻前あたりに尾張の沖合に巨大な灰色の船が現れ奇妙な音を一定の間隔で出し続けている。という話でしたので、私を含む同僚3人で海岸に向かいましたところ、尾張の沖合に件の船を確認いたしました。船の周りを一回りしたという漁師がいうには、話を聞くと船の長さは100間をゆうに超え、幅も30間近くあったということでした。おまけに鉄でできているようだったと・・・村人の証言故、多少は誇張が入っている可能性もありますが・・・また、どのような手段を用いましたかわかりませんが、沖合からこちらへも聞こえる声で織田の頭首と話がしたいと申しております。回答の期限が明日の日没までとのことでしたので、急ぎお伝えに参った次第です。話し合いに応じるなら尾張の海岸に旗印を掲げるように申しておりました。」
話を聞き、信長がいくつか尋ねる。
「どこの国の船と申しておる?」
「どこの国の船かは申しておりませんでした。」
「それほど大きい船なのか?」
「私は堺で南蛮の船をいくつかみたことがありますが、あれらと比べてもかなり大きいことは間違いないかと。」
話を聞いて信長の中の血が騒ぐ、話が本当なら南蛮など比べ物にならない技術を擁する地域と繋がりができる可能性すらある。
「わかった。儂もその船を見てみたい。そこへ案内せい。」
信長の発言に周りは驚くが、普段から突然、少数のお供を伴って出かけることがあるのを周囲はわかっている。
止めても無駄であろう。
それから間もなく、城の者に、出陣の準備だけはしっかりしておくように申しつけ、信長は八吉、七弥を含めた5人ほどの供を連れて尾張へ向かう。
馬を走らせ尾張の海岸を目指す途中、清州城に立ち寄り旗印を一つ手に入れる。
岐阜を出てからおおよそ半刻、尾張の海岸に到着する。
すでに夕日が差し込むような時間ではあるが、そこには報告にあった灰色の巨大船が確かに存在していた。
個人的にですが信長って新しもの好きなイメージがありますが、実際はどうだったんでしょうかね?
大まかな流れでおおよその年代が気が付く方も多いと思いますが一応説明を。
どの時期の信長にしようかと悩みましたが結論としてここの時期に落ち着きました。
早い段階で信長に接触しても信長の武功がかなり減ってしまいますし、遅すぎると投稿開始時点で想定している理由での日本って国スゲーがかなり遠のいてしまいますのでこのような時代の信長と接触いたしました。
そういうわけで楽しんでいただけると幸いです。
誤字脱字報告や感想待っています。




