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出産と死

 出産は穢れなので、御所では出産できない。それなので、将軍の室が出産する際は産所が御所の外に用意される。この度、正室である私の産所は管領の細川殿が用意してくださった。私は出産を間近に控え、産所として用意された管領の細川殿の親類の屋敷に移った。体調は悪くなかったが、念のために公式行事もお休みさせていただいていた。私のお腹はみるみる大きくなり、動くのもおっくうになってきていた。


 「富子殿は健康そうですね。お腹も前に突き出しておられるし、この分だと元気な男の子に違いありません」


 重子叔母様は御所からしばしば私の様子をうかがいに来てくださり、私を励ましてくださった。週に一度は法界寺に出向いて私自ら男の子の出産を祈願してきた。兄様も毎日のように男児出産を祈願しているそうだ。


 そして出産は夕方ごろから始まった。お腹を締め付けるような痛みが規則的にやってきたのがそれだった。私は用意された産室に入り、長い時間陣痛に耐えていた。


 「気をしっかり持つのですよ!」


 御所から駆けつけてくださった重子叔母様が私を励ましてくださった。陣痛はもう半日近く続き、私は時々意識がもうろうとなった。


 「眠ってはいけません!!」


 出産に立ち会っている薬師や重子叔母様が私に必死で呼びかけていた。引きずり出されるようにして赤子はようやく生まれてきた。


 「富子殿!男の子ですよ!!」


 重子叔母様が私に呼びかけてくるのを朦朧としながら聞いていた。しかし赤子は……泣いていなかった。


 「赤子は何故泣かないのですか?」


 赤子は生まれてすぐに大声で泣くものだと聞いていた。嫌な予感に苛まされ、私は薬師の方を見た。

 薬師は泣かない赤子を抱き、背中を何度もたたいていた。


 「ふわあああ?ああああ?」


 赤子は細い声で泣き始めた。やがて声は大きな鳴き声に変わり、その場にいた皆が安心してほっと息をついた。



 「でかしました!よかったですね……富子殿」


 重子叔母様は涙を浮かべて言った。私もほっとして、涙が出てきた。


 「ありがとうございます……。叔母様のおかげです」


 やがて産湯で清められた赤子が横に寝かせられた。赤子の温かさを感じて安堵した私はついうとうとし始めていた。


 「御所様がいらっしゃいました!」


 慌てた様子で侍女が知らせに来た。やがて通されてきた義政様は見たこともないくらい機嫌がよかった。


 「おお、男児か!」


 義政様はそんなことを言いつつ赤子を抱き上げた。義政様の子供はもう四人目であるから、抱き上げ方も慣れたものだった。


 「よくやって下さった!もうお疲れだろう?ゆっくり休むと良い」


 喜色満面で赤子をあやしながら義政様は私をいたわって下さった。本当に疲れ果てていた私は……お言葉に甘えてとうとう眠り込んでしまった。


異変が起きたのはすぐだった。赤子を乳母に任せたものの、全く乳を飲もうとしない。元気がなく、殆ど泣くこともない。その様子に皆重苦しい表情になっていた。重子叔母様も兄様も赤子が元気になるよう、祈祷させていたものの……七日後に赤子は儚くなってしまった。

 動かなくなった赤子を抱いて私は泣きに泣いた。私だけでなく重子叔母様も一緒に泣いていた。赤子を見に毎日やってきていた義政様も呆然と私たちを見ていた。


 「これは誰かの呪詛に違いない……!」


 兄様が突然大声で叫んだ。



 「……そうです!あんなに力ずよく泣いていた赤子がこんなにすぐ亡くなるなど……誰かの呪詛に違いありません!!……そうです……きっとお今に違いありません!!」


 重子叔母様も兄様に賛同した。


 「いや、まさかそんなことまではしないでしょう……」


 小さく義政様がつぶやいていた。義政様のつぶやきに構わず、兄様の指示の下、産所の床下が調べられた。


 「祈祷僧が呪詛に使う人型がいくつも出てまいりました!」


 「……やはりそうでしたか!!」


  報告を聞いた重子叔母様はそういうと義政様に強く迫った。


 「このような証拠が出てきたのです。厳しく調べなければなりませんよ!時期将軍となるべき赤子を呪い殺すなど謀反も同然です!!」


 「もちろんです……」



 義政様はまだ当惑しているようだったが、とりあえず重子叔母様の言うことに賛同した。

 私はそんな話し合いを聞いているうちにつかれて眠ってしまった。とにかく疲れていた。懐妊中はあんなに幸せで満ち足りていたのに、今はもう虚無感でいっぱいだった。懐妊中描いていた私の夢はあっさり壊れてしまった。泣きたい気分なのに周りがうるさく揉めていて……とにかく一人にしてほしかった。


 「起きたか」


 次に起きた時には兄様がそばに座っていた。私はあの後一日中眠っていたらしい。


 「疲れただろう……。だがもうすべて片付いた。何も心配はいらんからな」


 兄様はいつになく優しく言って、私の頭を撫でた。そして私が眠っている間にどうなったか、教えてくれた。

 あの後、今参局が雇っていた祈祷僧や巫女を取り調べると、彼らは呪詛したことをあっさり自白したそうだ。そして今参局は役人に捕えられ、あっという間に流罪になることが決まったのだった。彼女は義政様に会わせてほしいと何度も頼んだそうなのだが、義政様はそれを一切聞き入れなかったらしい。そして流罪となった今参局は流刑地に着く前に自害した。どうやら流罪の上死罪になると伝え聞いた彼女は自分の無罪を主張し、理不尽な処罰に抗議するため自決したらしい。

 このように私が赤子の死に呆然としている間、たった三日の間に今参局は罪に陥れられ、死んだのである。他の側室たちも今参局と親しくしていたということを咎められ、義政様に追放された。奥の女はこの時私一人になってしまったのだが、少しも経たないうちに義政様は新たな側室を次々に迎えた。そして以前のように一日ごとにそれぞれの女のところに通うようになった。


 「この度のことは残念だった……。だがそなたはまだ若い。今度こそ健康な男児を産むのだぞ」


 義政様は私のところにやってきてはそう言って私を抱くのである。その様子は依然と全く変わりがなかった。


今参局は義政様の乳母であり、その後は側室として幼いころから義政様の側で様々な影響力を持ち続けていた人間だった。今参局のほかに重子叔母様の従妹である烏丸資任と有馬持家は『三魔』と呼ばれる義政様の幼いころからの側近で、政治的決定に口出しするので有名だった。しかし義政様が二十歳になるころには今参局以外の取り巻きは役職を交代するなどして側近ではなくなっていて、今参局だけがずっと義政様の側で影響力を持ち続けていたのだった。


 この方にとって今参局は何だったのだろう……。彼女は他の女たちよりは大事に思っているのではないかと考えていたのだが。結局今参局も義政様にとっては女でしかなかったということだろうか?もしかしたら、もう三十も半ばになり子供を産むこともなさそうな今参局はもう義政様にとっては不要なものだったのかもしれない。要らなくなって実は処分する機会をうかがっていた……?ちょうどそこに今回の事件が起こったので便乗して処分してしまった……?そう思うと自分の立場の危うさに背筋が寒くなるのだった。







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