懐妊
そして、将軍家に嫁いで三年が経とうとしていた。義政様は突然の思い付きで烏丸御所から室町御所に移ることを決められた。聞くところによると、男児を授かるためには御所を移るべきとの意見を聞き入れたらしい。
「側室の佐子殿が懐妊なされたそうですよ!!」
重子叔母様が興奮した様子で私のところにやってきて言ったのだった。
「そうですか……。実は私も懐妊の兆候が見られると侍医から診断を受けました」
私も報告すると、重子叔母様はさらに興奮していた。
「でかしました!!必ず男子を産むのですよ!!あんな側室たちに負けてはなりません!!」
「もちろんです。私はその為にここにいるのですから」
重子叔母様の言葉に私は頷いて言った。重子叔母様は常に私の味方でいてくださるのでとても心強かった。他の側室たちは今参局の傘下にあるようだが……。今参局の立場など、義政様の愛情のみで成立しているものだ。あの方の愛情など……どれ程確固なものだというのだろうか。それに比べれば将軍生母である重子叔母様の立場は堅固なものだ。
私の懐妊が確かなものと診断されると、兄様や重子叔母様は祈祷僧に男児が生まれるよう、もし女児であっても男児に変わるよう祈らせていた。私も毎日神仏にお祈りした。男児さえ生んでしまえば私の身は安泰である。男児が産まれたら立派な将軍になるよう、沢山教養をつけられるようにしよう、そして義政様のような女狂い大酒の身にならぬよう、人の心がわかり、わが身を律することができる子に育てるのだ。
「そうか懐妊したか」
私の妊娠を聞くと、義政様はいつになく浮かれた様子だった。
「必ず男児を産むのだぞ」
「はい」
私は力強く答えた。なんとしても男児を産んで見せなければ。正室である私が男児を産めばもちろんその子が次代将軍となるが、同時期に懐妊した佐子殿だけが男児を産めば佐子殿が次代将軍生母として遇せられることとなり、私は奥に追いやられてしまう。下手をすれば邪魔者として出家させられてしまうだろう。そうなれば政略結婚とはいえ、何のために好みでもない男のところに嫁に来て三年も耐えていたのかわからない。
私たちが男児誕生を祈っているように、同時期に解任した佐子殿も熱心に男児誕生を祈祷しているようだった。義政様もどちらかに必ず男児が生まれるよう、祈祷させているそうだ。義政様らしい行動だ。私は聞いた時、思わず笑ってしまった。
「佐子殿のお子は女児だったそうですよ!!」
重子叔母様がやってきて嬉々として私に伝えた。
「それはおめでたいことです」
私は静かに答えた。これで私の現在の地位が脅かされることは無くなった。しかし確固なものとするためには男児を産まなければ。
「女児誕生に怒り狂った今参局が祈祷僧を御所からたたき出したそうですよ」
重子叔母様は嬉々として噂話を伝えに来た。本当に今参局が目障りでしょうがないらしい叔母様は、今参局が困っているのがうれしくてしょうがないようだ。
「富子殿はふっくらとしてこられた。きっと丈夫なお子を産まれるでしょう。……必ず男児を産むのですよ」
「はい」
私は力強く答えた。何度も何度もいろんな方々から言われていることだ。言われなくとも当然私も男児を望んでいた。