側室との争い
将軍の正室や側室にはそれぞれ一棟ずつ用意されている。私は私の為に新たに用意されていた棟に入り、そこで日常を過ごしている。将軍は自分の気が向くままその日選んだ女のもとに行くようになっている。だから私のほかの側室たちにもそれぞれ別棟が与えられているので、私は他の側室たちに面会することは無い。側室たちは私と身分が違うので、行事の際にも会う機会はなかった。だから私が義政様や側室たちの動静を聞くのはもっぱら使用人たちの噂話からである。
初夜に過ごして以来、義政様はしばらく私の許に来なかった。使用人たちが陰で夫が私のことをまだ子供過ぎてつまらないと言っているとか言っていないとか噂をしているのが聞こえてくる。初夜の時には嬉しそうに見えたのだけれど、演技だったのかも知れない。そうだとしたら、義政様はなかなかの役者だ。
そんな風に思いつつ、表面上は全く動じていないように振る舞った。何しろ生活に不自由はない。働く必要もない。暇潰しに侍女と貝合わせをしたり書物を読んだり、和歌や書を習ったり自由に過ごしていた。
初めての夜からちょうど五日後、義政様は私の許へやってきた。どうやら一人一夜づつ順繰りにやってきているようだ。平等というかなんというか。義政様は若くして側室を何人も持つような方だから、どの女に対しても愛情や愛着などは持たない淡白な方なのかもしれない。
「ここの生活にはもう慣れたか?」
「はい、何不自由なく過ごさせていただいております」
私と義政様は当り障りのない会話をした。新婚の私を置いて側室たちのところに通っていたことなど彼にとっては当たり前のことのようだ。
「どんなふうに過ごしているのだ?」
「侍女たちと貝合わせをしたり、和歌や書を教わったりしております」
私がそう答えると、義政様は満足げに頷いた。
「そうか。和歌を習っているのか。それでは今度私と和歌を詠もうか」
「はい、是非」
義政様は私が和歌を習っているのがうれしいようで、上機嫌だった。他の側室の方々はあまり和歌を詠まれたりしないのかもしれない。義政様は文化的なことがお好きでいらっしゃるらしいし、夫婦で宮中に呼ばれれば和歌の会などもあるだろうから、私が和歌をたしなむのは良いことなのだろう。
こんな風に当り障りのない穏やかな会話をしながら、定期的に義政様は私のところに通ってきた。
「富子殿、義政殿にもっと頻繁に通っていただけるように頑張って下さらなければなりませんよ」
私のところにしばしばやってきて、このように重子叔母様は私を焚きつけようとした。
「義政様とは穏やかに良い関係を築いていると思っているのですが」
できるだけにこやかにしながら私は答えた。
「富子殿には何としても今参局たちより先に男子を産んでもらわなければなりません。ですから今のように側室たちと同じようにでなく、富子殿を優先してもらうようにしなければ」
重子叔母様は鼻息を荒くして言った。
「しかしどうすれば良いのかよくわかりません。義政様はきっと激しく攻め立てたりする方はお嫌いでしょうし、私には今参局様たちのような年上の女性の魅力があるわけではありませんし」
私が苦笑いをしながらこう言うと、重子叔母様は私を熱心に諭した。
「富子殿は一番お若いのだから、うんと甘えればよいのです。『会えなくて寂しいです』『私のお側にずっといてください』とか言ってそっと腕にしなだりかかったりすればよいのです。あなたは若くて美しいのだから、もう30になろうかという今参局などよりずっと魅力的なのですよ」
重子叔母様はこのように言うのだけれど、私にできる気がしない。あの淡白な義政様に甘えるとか……。振り払われそうだ。しかし叔母様にはお世話になっているので、無下にするわけにはいかない。しょうがないので叔母様の言うとおりのセリフを言ってみたりしてみたら……少しだけ頻繁に通われるようになったりしなかったり……。
義政様は公式行事には正室である私を伴って出かけるし、私と共にある時には穏やかでお優しい。常に私を丁重に扱ってくださる。特に私と文化的な会話をするのが楽しいらしく、義政様の評論を熱心に聞いて、上手に相槌を打つと上機嫌だった。しかし私が異論をはさんだり、意見を言ったりするのはお嫌いなようだった。つまり私が義政様の都合の良い人形のようであれば、彼は満足なのだった。
そう理解すれば不可解だった義政様の女性観が何となく理解できて来た。彼にとって女とは自分と同じ人間なのではなく、性行為という遊びをするためのおもちゃなのだ。きっとそれは私が相手であっても他の側室が相手であっても同じで、だから誰に対しても淡白で平等なのだろう。特別に思っているとすれば小さなころから自分の面倒を見ていた今参局と生母である重子叔母様だけなのだろう。おもちゃである女が自分に媚びてくるのは、犬の飼い主が甘えてくる犬が可愛いと思うように、可愛く思う一方で、意見してくる女などは身の程知らずの出来損ないとしか思えないのではなかろうか。
そうだとすれば私はもう彼に期待することは何もない。義政様と信頼関係を構築するとか、義政様と愛情を交わすなどありえないだろう。彼は私を彼と同等の人間だとは思っていないのだから。だから私はただ男子を出産するという責務を果たすのみである。