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ヒューマンドラマ ランキング 日間 8位 週間 28位 ありがとうございます!
夢を、見ていた。
とても優しい夢だったはずなのに、どんな内容だったのかは思い出せない。ただ、とても暖かくて、例えるなら母さんのお腹の中にいた時みたいな。もちろん、その時のことを覚えているわけじゃないけど。
「い……おい、おい!」
「へっ?」
目を覚ますと、それこそ目も覚めるような美男が、僕を覗き込んでいた。
「わぁお」
「……大丈夫か?」
どこか残念なものを見るような視線を向けられて、いそいそと居住まいを正す。
「大丈夫です」
キリリとした表情を取り繕ってみるけど、あまり意味はなかったようで溜め息を吐かれる。
「あまりに気持ち良さそうに寝ていたから、寝かせておこうと思ったんだが……このまま目覚めそうになかったんでな」
こんなイケメンの前で、僕はアホ面をさらして眠りこけていたということか。
「すみません、ご迷惑を」
「いや、それは良い。それより、君は自分が死んだことを自覚しているか?」
「へっ?」
今度こそ本気でびっくりした。いや、もう人生最大級にびっくりした。彼の言葉によれば、もう僕の人生は終わってしまっているようなのだけれど。
でも、それをトリガーにして、本当にぼんやりとだけれど、何か大きいもの(多分トラックだった)に跳ねられた瞬間のようなものを思い出した。
改めて周囲を見渡すと、僕達は舟に乗って川を下っているところのようだった。明らかに三途の川っぽい感じに、ちょっとだけ顔が引きつるのを感じた。
「今、自覚したと思う」
「なら、いい。自分の名前は覚えているか?」
そこでどうしてか、その部分だけカッターで切り取られたみたいに、空白になっている事に気付く。
「僕の……名前。あれ?なんでだろ。思い出せない」
「そうか。もう名前は忘れたか」
今度は残念なものを見るような視線は寄越さずに、むしろ納得したような表情になった美男に思わずツッコミを入れる。
「いや、一番忘れちゃダメなやつですよね、それ!あれー?昨日、晩ごはんに友達ともんじゃ食べたこととか、昼ごはんにカルボナーラ食べたこととか、朝ごはんに焼きそばパン食べたこととかは覚えてるのに?」
「……君は食べ物の話ばかりだな。胸焼けがしそうだ」
「そうですかね?大学生なんて、みんなこんなもんだと思うけどな」
「そういうものか」
納得したような納得のいかないような顔をして、彼は頷いた。
「ここでは、一番忘れたくない、忘れられないことから消えていく」
「えっ」
「名前は、自分と言う存在を根幹から支えるものだ。故に、普通は一番最初に忘れるものだ。安心して良い」
僕は安心できるような安心できないような言葉に頷いて、待てよ、と首を傾げた。
「その、どうしてそんなこと知ってるんですか?」
「私が神だからだ」
「へ?」
「神だと言ったのだ。君たちが神社だの寺だので、パンパン手を叩いて願いを押し付けていくアレだ」
寺は、神ではなく仏なんだがな、と呟くようにも付け加えて。
僕は眼を見開いて彼を見詰めた。確かに、服装は明らかに今っぽくないし、ヒラヒラ白くて何だか神様っぽい気がした。
「神様も、死ぬんだ……」
「……君はつくづく変なヤツだな。驚くのはそこか」
「だって、そうでしょう?死ぬもんなんですか?」
「普通は死なん、が。人に忘れられれば、また人に必要とされるまで彼岸に帰らねばならん。厳密に言えば、君達が『彼岸と呼んでいる』世界に、だが」
「あなたは、忘れられちゃったの?」
僕は敬語を取り繕うことも忘れて尋ねた。
「そうだ。そしてもう、必要とされることもないだろう」
特に何の感慨もなく頷いた彼に、僕は得体の知れない感情が胸を駆け巡るのを感じた。
「なんだか、哀しいね」
「っ、おい。どうして君が泣くんだ。君が悲しむ点は、何一つ無かったはずだろう」
ああ、僕は泣いてるのか。
もう、この世に彼を思って泣いたり笑ったりしてくれる人が、誰もいないことが悲しくて。それを何とも思わない風に淡々と話す彼が悲しかった。
「人間はねっ、他人のことを考えて、泣いたり笑ったりするんだよ」
「そうか……そういう、ものだったな」
長らく忘れていた、と微笑んで、彼は僕を見た。
「私のために、泣いてくれてありがとう」
その声はひどく優しくて、彼は本当に神様なのだと、どうしてか僕に直感させた。グイと涙を拭って覗き込んだ瞳は、深くどこか寂しい空色をしていて、そこに長い長い孤独を感じた。
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