母の覚悟
黒竜なしで向かうのは数年ぶりだった。濡れた地面に足を取られながら、ナタリアの母は進む。
「エレン!」
遠くから声が聞こえた。
「お母さま!」
泥がはねるのも気にせず駆けていく。
「エデン様が行方不明になったそうだよ」
「ええ、ナタリアの友達から聞いたわ」
「ナタリアはその事を知っているかい?」
「いいえ、朝一番にクインの実を採りに行ったから知らないはずよ」
「まずいことになった……」
「どうしたの?」
「いや、白状すると昨日二人が家に来たんだ」
「え?!」
「黙ってて悪かった。けれどエレンに言ったら怒るだろう?」
「それはそうですよ! 身分違いの恋に溺れてあの子がお嫁にいけなくなったら、どうするんです?」
「おや? まるで自分のことを言ってるみたいだね」
「からかわないでお母さま」
「今の王は薄情だよ。身籠ったお前に手のひらを返したように結婚して」
彼女の目には涙が溜まっていた。
「もう、その話はやめて」
「わかったよ。お腹の子はだめだったけど、家には天使が来てくれた」
「ナタリア……」
「あの子は駆け落ちを企んでたんじゃないかなと思う」
思い当たる節があるのか、エレンはぐっと唇を噛んだ。
「もし、エデン様に何かあったら……。約束を破られたと思ったら……」
「そう、それが一番心配なんだ」
二人はクインの実がなっている場所へと急いだ。泥は粘着性が高く、彼女たちの行く手を阻む。しかし、エレンの目には一種の覚悟のようなものが宿っていた。
 




