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第五話

 迷宮を出て、日常へと戻るときを出迎えたのは、修道服に身を包んだニーナであった。


(微妙に街の修道女と比べると、着膨れしてるんだよな)

 鎖帷子を下に仕込んでいるんだろうと辺りをつける。


 真っ直ぐにヒイロを見つけて近づいてくる様子は、ただならぬ圧を感じて、蛇に睨まれたカエルが如くヒイロの動きを静止させた。


「お、おつかれさまでーす……」

「ええ、迷宮探索お疲れ様ですヒイロ。ところであなた……どうしてパーティメンバーを連れていないのかしら?」


 ぎくり、と身をこわばらせる。

 他人に口出しをされる謂れなどないと切って捨ててもいいが、アルフ(カス)やミミリリ(性悪)と違って、なんとなく逆らえない。


 ジロリとニーナの視線は、ヒイロの後ろにいる性悪へと目標を変えた。

「ミミリリ、どうしてあなたがヒイロと一緒に迷宮に潜っているのかもお聞かせ願います」


「い、いひひ〜……、ニーナったら怒ってる?」

 既に背を向けて逃げる体制を取っていたが、首を掴まれた猫の様に捕らえられた。


「ええ、初心者の義勇兵を捕まえて、少人数で潜る様な無茶を推奨する貴方には怒ってます」

「ひ、ひひっ、ひぇ〜」


 哀れなりミミリリ。いい気味だと笑いを堪えていると、ヒイロへと顔を向けられて自らの終了を理解した。

「あなたには、私からではございません。ついていらっしゃい」

「やれやれ……靴を舐めるから許してください」


「ばかおっしゃい! アルフがどうしてもと言ってあなたの代わりに勧誘した仲間(メーメア)を、一度探索が失敗したくらいで放置するんです!」

「いや放置したわけじゃ」


「口答えしない! やましいことをした自覚があるから、人の顔を見るなり警戒するようなことになるのです、恥を知りなさい」

「レスバ強え……」


 やっぱ声がでかいって正義だわ、とまでは火に油を注ぐだろうと口を閉じた。

 手を繋がれて連行されるヒイロとミミリリは、空いた手で口元を隠してこの状況の打開を相談する。


「おい、魔術師だろお前。こう言う時にどうにかできる魔術とかないのか?」

「善良そうな顔して案外中立にいるよねヒイロ、あんまり悪いことばっかり考えてると悪性だって評判ついちゃうよ」


「誰のせいだと思ってんだテメー!」

 この魔女のローブを公衆の面前で捲ってやろうかと一瞬本気で考えた。

 止めたのは、これから話すであろう相手が女性(メーメア)であることから、んな事実を持てば彼女にまで噂の被害が及びかねないと考えたからだ。


「だいたい、なんでニーナが出張ってくるんだよ。メーメア勧誘したのってアルフだろ?」

「アルフに人望があると思ってるのが間違いだよ〜。ヒイロの面倒を見てやろうぜって私達に相談したのさ」


 とんだ人任せのカス野郎である。ヒイロはニーナの関係者がまさか迷宮探索の仲間になるとは、つゆほども考えていなかった。

 ヒイロの考える以上に世間とは狭かった。エドに関連して因縁をつけられ、ミミリリとアルフのいらん関係に巻き込まれ、ニーナからは預けられた後輩への不義理を咎められる。


「じゃ、ケセラセラはお前の後輩なのか」

「まーね。魔術師は順応が進めば、勝手に魔術は覚えていくけど、最初の手解きは誰にだって必要なのさ」


「……あいつにはフォローが必要だとか言わねえの?」

「ひひっ、おいおい、私がそんな殊勝な魔女に見えるのかい」


「いや全然思わない」

「……ふんっ!」


 足を蹴るな足を。



* * * * *



 小競り合いが続いたままに酒場まで連行される。

 連れこられた先のテーブルでは、怒っているとは思えない、小さくなったメーメアが座っていた。


 喧嘩両成敗ということだろうか、ニーナに怒られたのはヒイロだけではなかったらしい。

 ヒイロたちを見るなり、頭を下げた。


「先日は、申し訳ございませんでした。私自身は何も出来ずに、守ってもらうだけで精一杯でした」

「いや……」


 なんと言おうかと、言葉を用意していなかった。

 メーメアは頭を下げたままだし、ニーナはヒイロへと圧力を飛ばすのみで何かを言うつもりはないらしい。


「とりあえず……頭を上げてくれ。こちらこそ、仲間に何も言わずして迷宮に潜るような真似をしてすまない」

「でも、帰還できた。あなた一人で向かう方が、稼ぎとして見ても効率は良い。パーティは……あなたのためには機能していない」


 保護者(ミミリリ)がついているから一人ではない。

 なんちゅうか、根本的にヒイロとメーメアの会話は噛み合わない。


 アルフ(カス)、ミミリリ(性悪)、ニーナ(逆らえない)、エド(言葉が足りない)という地獄のコミュニケーションを強いられて来た。

 それゆえか、自責の言葉を聞くとどうしたものかと困ってしまう。


 パーティメンバーの関わり方を決めるのは……ヒイロに委ねられている。


(機能していないってんなら、別の仲間でも募れってのか? メーメアは別の仲間と迷宮探索するというなら、それはそれで構わない)


 この会話の着地点を見据えなくてはいけない。

 メーメアがどうしたい、という以上に、ヒイロがどうしたいかを伝えなくてはいけない。

 そう思えば、言葉はシンプルだ。


 自分の考えの足りなさに嫌気がさす。いつだって自分のことばかりだし、それにしたって先を見ていない。


「迷宮にはこれからも潜り続ける。あんたがパーティから抜けるなら、新しい仲間を募集するだけだ」

「ヒイローー」


「決めるのはメーメアだ。あんたの後輩だか知らないが、迷宮に潜るつもりがないなら、連れて行くつもりはない」


 さらに言えば、自分を下げるというならば今後とて何もできないなんてミスを続けるつもりかもしれない。

 ヒイロは神官じゃない。神官の出来なんて分からない。しかもヒイロは迷宮で気絶するようなダメージを負うような前衛(役立たず)である。

 これで回復役までお荷物ともなれば、死ぬのはヒイロである。自信がないと言うのであれば、はいそうですかと受け入れて死亡率を上げるつもりはない。


(なんで上から話してるんだろう、もっと言えば上から話させられてるんだろう)


 気がついたらこうなっている。ヒイロという人間は、お世辞にも口が上手いとは言えない。不器用だとは自分でも思う。


 メーメアは、何度も口を開いては閉じて、自分の考えを声に出そうとしては詰まっている。

 もし抜けたいというのであれば、ニーナには頼れない。とはいえ最初から頼るつもりもなかった。


「どのみち、今度こそ前衛を二枚追加しなくっちゃあならんわけだしな」

「神官を別で入れるにしても、募集要項に追加するだけだしねぇ」


「おい、悪意の含んだ解釈はやめろ」

「新人なんて、死んでは新しく別で募集するなんて珍しい話でもないよ、ヒイロの判断は正しい」


 ヒイロ苦々しい思いを顔に出した。正しいとか正しくないとかで責めたいわけでもない。いらん援護射撃だ。

 固まったまま何も言わないメーメアの心中は推し量れない。


「とりあえず明日にでもここの酒場で募集かけるさ。それまでに決めてくれ」


 きーまーずーい。なんか言えよと思いながらヒイロは席を立った。

 あいにくメンタルケアはヒイロの得意とするところじゃない。

 ニーナはヒイロと目を合わせて頷いた。大人しく先輩に任せていいものか。

 ニーナが立ち会っている間にもう少し話し合った方がいいものかとは思うが、ヒイロとして伝えるべきことは伝えたつもりである。あとは知らん。


 自分で決めろよっていうのは突き放しているのか、悩みは尽きないがさておいて、そうなるとあと二人にも声をかけることになるか。


 愛着はない。苦楽を共にしたとも言い難い。別の仲間の募集はいくらでもいる。


 迷宮への潜りやすさの負の面を享受している。

 最悪、ヒイロが他のパーティに移籍したっていい。


 飯の注文もする間もなかったと思い出して、別の酒場へと場所を変える。ミミリリもついてくるようだ。


「とりあえず、二人での迷宮探索の成功を祝杯しよっか」

「祝杯ねぇ。明日のことを考えるなら酒は控えたいんだけど」


「冒険の終わりは祝杯だって知らないんだ? そーれじゃあヒイロ、いつまでたっても人は着いてこないさ」

「……まじかー」


 そういえば、迷宮を出てすぐに解散したんだったか。ヒイロ側からも話す時間を設けてないからこうなったと、素直に反省しておこう。


「じゃあ、義勇兵流の飲み方ってやつを教えてくれよ先輩」

「いひひっ、乗ってきたね。よーし、先輩についてこーい!」


 迷宮の夜。街灯に照らされる街は、人々の活気が昼とはまた違う様相で溢れている。

 すれ違う鎧、ローブ、隠者の姿を見れば、とても治安が良いとは思えない。


 ヒイロはどうだ。拭っても落としきれなかった血と灰に塗れている。隣を歩くミミリリだって似たようなものだ。

 それが楽しいと思えるのも、迷宮からくる順応だって、今は納得して酒場へと向かう足を速めた。

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