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第四話

 迷宮より帰還して、一日が経過した。

 眠っていたはずなのに身体が熱い。薄着のままに、重たい窓の戸を開けて、入ってくる風に冷まされて、その心地よさに目を細める。


 昨日人を殺したとは思えない、清々しい朝だ。

(いやもっとなんかあるだろ、人を殺した不快感的なやつが)


 チラリと、布で血を拭き取った剣や鎧に目を向ける。

 剣はともかく、革で出来た鎧は完全には拭いきれず、しみが出来てしまった。

 昨日の出来事はどうも、迷宮に潜る緊張感からくる悪夢でもないらしい。


 あの後に部屋へと着けば、寝具の上に転がった瞬間には眠りにつき、起きたと思えば酒場へと降りて粥を飲み込む。

(……もしかして俺って、サイコパスなのかな)


 宿、飯ときて、今日も続けて迷宮へと歩みを続けている。

 使った分だけ、稼ぐ必要があるからだ。


 ただ違うことと言えば、パーティ(仮)のメンバーと集まるつもりがないことだろうか。

「あー……」

 パーティメンバーから、殺人の罵りは受けたくないと思ってしまったらしい。

「少し安心した、俺も可愛いところがあるわけだ」


 誰がリーダーとも決まらない、野良集団である。

 酒場で待てば一人ずつ顔を見せるかもしれないが、どうにも折り合いが悪い。


 迷宮より帰還して、それぞれと別れたときに、次にいつ集まるとも話していない。

 また誘いがあれば考えればいいかと、少し自棄になっている自覚はある。


 けれど、思い悩んでいるよりは、迷宮に入る時間を確保したいと、ヒイロは思ってしまった。

(なぜって、そこに迷宮があるから、なのか……)


 不思議な誘引のままに、迷宮へと向かう足は速度を落とさない。

 死ねば終わるんだから、考えるだけ無駄に思うのだ。手前勝手に死にたいと、仲間との今後を頭から振り払った。


(あの感覚を忘れたくない)


 知らない土地、慣れない仕事、上手くいかない人間関係。

 自覚がないとすれば、ヒイロ自身のストレスが限界なことだろう。


 そんな中で、降って湧いた唯一の成功体験が、昨日の格上(ダグラス)からもぎ取った勝利である。

 迷宮しか知らないヒイロが、迷宮に潜れなくなるようなことになったとすれば……。


(ーーそれこそ、死んでいるのと何も変わらない)

 昨日の問いに対する結論なんて、選べるものは一つしかない。


(迷宮に潜るために力をつける。それ以上なんぞ望むだけ無価値だ)


 あるいは、迷宮から離れて暮らすことだって出来るかもしれない。

 畑を持つなり、職につくなり、将来を考えた人生設計をしなおして見るべきだが、それは今ではない。

 それをするためだけの金が必要で、金を得るためには迷宮に潜る他にない。


 明日のことを考えるならば、土いじりでも商品開発でもなく、上手く剣を振らなくてはならないのだ。


(でも、魔法はありだ。回復にしても攻撃にしても、迷宮において『役に立つ』)


 結局のところ、仲間は必要になるだろう。一人では限界がくるだろう。

(なぜか今は、死ぬことが欠片も怖くない)


「それが迷宮に順応するってことさぁ、ひひっ」

「……待ち伏せかよ、ミミリリ」


「ひどいじゃないかヒイロ。準備を手伝った僕らに一言も告げずに、今度は一人で迷宮に潜るなんて……」

「あー、すまん。忘れてた……けど、今は邪魔だ」


「ひひっ、そうだともそうだとも。話は歩いてでも出来るからねーー邪魔なんてするはずもない」

 そう告げて、ヒイロの後ろを同じ速度で続いた。

 昨日までは何も感じなかった圧力が、ヒイロの背中にのし掛かる。

 少しは強くなったのか、それとも単なる思い込みかは、迷宮に入って確かめればいい。


* * * * *


 光のない回廊を進む。色の少ない、明暗のみを認識できる視界はもう気にも留まらない。


「迷宮への順応が進んだことを、義勇兵はレベルアップと呼んでいる。それはなにも身体能力が向上するだけじゃあない。《纏めて、燃えろ》」


 よく分からないままだった呪文の意味が、するりとヒイロの頭に入ってきた。二節だ。

 ミミリリとケセラセラの使う呪文は、側から聞いていても全く違って聞こえる。何が違うのかはさっぱり分からない。

(同じ炎を扱う呪文でも、別物なのかすら分からない)


 道中に湧く迷宮鼠の群れが焼かれて、ヒイロの前には一体の人ならざるものが立ち塞がるのみとなった。

 ケセラセラの炎よりも範囲の広い魔術。肌に感じるひりつきも昨日の比ではないが、それはヒイロの体力(HP)を削ることを意味しない。


「場所は整えた。あとは前衛(ヒイロ)に任せるよ」

「……あんた、昨日も着いてきたんじゃないだろうな」


「敵を目の前にして余計なことを考えてるんだ? ……死んじゃうよ? ひひっ」


 人ならざるものは既に踏み込んで来ている、間合いへと躊躇することのない突進へと、ヒイロも負けじと飛び込んだ。

(この馬鹿正直な飛び込みに、昨日は相打ちに終わったんだ)


 仲間がいなければ、倒れ込んで意識を失ったヒイロはあの瞬間に死んでいてもおかしくはなかった。

 体全体で反動も考えずに飛び込んでくるようなやつに、剣一本で押し合うなん最初から無理な話である。


 この先、攻撃以上に必要とされるのは、如何にして傷を負わずに探索を続けられるかの技術ーーヒイロは右手で剣の柄を、左手で剣の腹を支えて真正面から『ぶん殴った』。


『ハッシュ……ッ!!』

「重てえ、なぁ!!」


 ガツンと鳴り響いたと思うと、反動で後ろにのけ反る非人(ヒトデナシ)の歯が折れて、破片が落ちる。

 地面に落ちるよりも先に、ツーハンドソードの構えから両手へと持ち替えて、無防備な相手へと上段から叩き込む。


 顔面を捕らえられた剣の刃は非人の頭を、斬るというよりも叩き割る。

 ぐしゃりと剣が頭に埋め込まれた非人は、ぶるぶると震えて膝を着く。


 持ち上がらない剣を引き上げず、さりとて足を掴まれるのを嫌って蹴り込むこともできず、顔面に埋まった剣の上から、籠手で無理やり殴り割って傷口を押し広げる。

 何度か繰り返していると、やがて非人も動きを止めた。


 びちゃびちゃと非人の青い血が、ヒイロを汚す。

 こればかりは前衛の嫌なところだと、昨日の血で染みた布で拭いとる。


「おつかれさま。今度は気絶しなかったね。えらいえらい」

「うっせぇ。やっぱ見てたんじゃねぇかテメェ」


「……タスケタホウガヨカッタ?」

「答えろ。昨日の奴らはお前がけしかけたのか?」


「おいおい、迷宮で背中を預ける味方を疑うのかい? 迷宮鼠を相手にしながら非人とも相手するなんて、まだ君には無理だろう」

「勝手についてきて恩に着せようとするんじゃねえ、気持ち悪い」


「ひひっ、返す言葉もないなぁ。君が死んだら僕が困るからねぇ」


 戦闘終わりに、いやに好戦的になっている自分(ヒイロ)を落ち着かせる。

 もちろんヒイロにミミリリを疑う理由なんてない。口をついて出ただけだが、否定をしない魔女と同じ迷宮で励まされた記憶が感に触る。


 こいつの言葉に意味を感じる必要はない。仮に本当にダグラスを送り込んだのが目の前の魔女だとして、そこには何の問題もない。


 因縁をつけてきた男を殺して、その身銭を奪って今日の宿と飯につなげた。

 あの時負けていたなら、ヒイロは恨むことも出来ずに死んでいて、勝ったから今はその装備も金も剥ぎ取って今を生きている。

 恨みになんてならないし、なによりミミリリは迷宮攻略において役に立つ。


 ただ、口から魔法を紡ぐような魔女とまともに会話をする気がなくなっただけだ。


「オーケー。もう少し探索を続ける。着いてくるなら好きにしろ」

「ひひっ、いひひっ」


 身体は一つ、昨日よりも順応(レベルアップ)している。そうでなければ、押し返せるまではできなかった。せいぜい突進の勢いを止めるくらいだっただろう。


 その後も非人を狙い続けて、銀貨5枚分の稼ぎを終えた時だ。


「ーー名のある武人とお見受けする」

 ぬるりと退路を塞ぐように現れた男は、片刃の剣ーー打刀を抜いて姿を見せた。


「はぁ」

 思わず出た言葉は息を声として出したような。それくらい驚いた。ツッコミ所が多すぎて何処から否定するべきか迷う。


「なんだって二日続いて人と斬り合わなきゃならんのだ」

「当方、武者修行の為に此処へと参った故」


 答えになってねぇ。

 ヒイロへと斬らんと、足を進めたことを確認して構えた。


 中段に構える侍に対して、ヒイロは目線の高さへと剣を上げた。


 地面を滑るように踏み込んでくる。短距離の間合いを詰め、剣速を上げるためだけに特化した足運び。

 技量を持って振られた刀を、剣の間合いがヒイロまで近づかせないように弾き飛ばす。


 強化された五感でもって、どうにか対処できた。

 身体能力こそこちらが上だが、技量では向こうが上手という感覚。

 空を掴むように捕らえ難い。柔らかく柔軟な剣筋に、侍という肩書きがぴたりと当てはまる。


「よいですな。迷宮に潜ることで力を得る、というのはあながち間違いでもないようだ」


 ヒイロの剣は素人同然のもので、もっと言えば打ち合いのような『対人』など想定もしていない。

 それでもなお打ち合えていることが、ミミリリの言う順応のおかげなのだろうか。


 拮抗して見えた戦いはヒイロが徐々に押され始める。

 ーー刀が捉えられない。くるくると無軌道に動く刀に翻弄されて、間合いが測れないままに後手にばかり回ってしまう。


 どうにか鎧で受けることで致命傷は避けているものの、このまま続けば勝ちが遠のいていくばかり。


(すごいな。こんな綺麗な刀の軌道を、太刀筋というのか)


 ヒイロの直線に最短を取るものではない。

 手首を回して曲線を走る刀に、打ち合いの中で確かにヒイロは惹かれていく。


 なるほど上手い。一人で迷宮探索など狂人(おまえがいうな)かと思いきや、この腕前なら頷ける。

 ただ惜しいのは、この侍が迷宮に順応していないという事実一つだ。


「あんた、この暗闇に目が慣れてないな」

「……然り。かように暗いとは……うむ、やり辛いな!」


 どんな英雄だろうと、達人だろうと、迷宮に入ったばかりでは順応前(レベル1)ということだ。

 それでなお、この実力差があることに震えそうだ。なるほどミミリリが見出して、ダグラスを下したことも頷ける。


 なるほどやっかみを受けるわけだ。ヒイロは既に、二度も迷宮から帰還している。

 それも一度目は、格上の戦いに参加していたのだから、順応しない方がおかしかったのだ。


「パワーレベリングとは、よく言ったもんだよな」

「むぅっ!?」


 躊躇なく前へと踏み込んでの一閃。それも両手ではなく片手のみ。

 身体の後ろから思いっきり振りかぶった、遠心力に任せた振り抜き。


 柔らかくなった手首を利用しての振り抜きは、侍が受けることも許さずに首を一薙ぎで断ち切った。

 首を失った身体が、刀を落として迷宮の床へと崩れ落ちる。


 空中を舞った侍の頭がヒイロを見つめている。その顔に浮かぶのは、敗者に似合わないーー否、満足いく果し合いで敗れた悦びを全面に出した笑みがあった。


「やべ、力任せ過ぎたか……」


 対峙した勝者の顔には、曲がりきったロングソードを惜しむ嘆きが残る。


「どっちが勝ったのかって感じだねぇ〜、いひひ〜」


 そんなヒイロに侍が残した戦利品は、10枚の銀貨と、手元が使い込まれた刀が一振りとなった。

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