第三話
※過激な描写がございます。苦手な方ははブラウザバックを推奨いたします。
「死んだと思った」
相対した敵の死臭で充満する部屋で行われる反省会。鞄を枕にしたヒイロの頭を治療する、メーメアの一言から始まった。
「ごめんなさい、なにも出来なくて……」
ヒイロの単純な実力不足だと思うが、メーメアも同じく自分を責める性格らしい。
そんなことないと言ってやりたいが、この様では説得力もない。
「けせらせら……」
ケセラセラは二人から、すぐに魔法を撃たないようにと釘を刺されて落ち込んでいる。
失礼だが、落ち込むこと自体を意外に思った。魔法使いというやつは、どいつもこいつも頭のネジがイカれた奴しかいないとさえ思っていた。
……ミミリリを魔法使い代表に考えるべきじゃないんだろうか。
ヒイロが気絶した後、相当に取り乱したらしい。三人の空気はどこか重く、その目にはヒイロへの罪悪感がありありと浮かんでいた。
ムードメイカーとも言える存在がいないんだ。ヒイロだって得意じゃない。こんなときに明るく「ミスったわぁ〜」くらい言えれば良いのに。
どうにか口を開いて出たのは、そんな気休めではなく、憎まれ口のような改善案だ。
「こうなると、俺が倒れた時に控えている前衛って、やっぱ大事だよな」
「……あたしが、前衛を熟せるようなる、とか」
「盗賊は中衛?だよね。無理はしないようにっていうのは、俺が言えたことじゃないけど」
浮かんだ言葉をそのまま投げると「だよね」とノリスの言葉が萎む。言い過ぎたと思うが、まだ頭がふらついて慮る言葉は思いつかない。
ていうか俺が先に謝れよ。悪いのは俺だろうが。
「反省会はまた後にしよう。……収穫もあったし、誰も死ななかった。このまま帰れば大成功だよ」
人ならざるものからは、おそらく生前に持っていたであろう銀貨入りの袋と、片腕の方は手のひらに指輪が埋め込まれていた。
装備はぼろぼろと売りようがないが、これだけでも報酬としては悪くない。……死にかけなければ釣り合っていたとも言えるのだが、それは今後のヒイロ次第だろう。
宝箱は……見つからない。残念ではあるが、次に期待しよう。
全員が立ち上がって引き返そうと、ノリスが扉を開けると、薄汚い革鎧の男が三人、こちらに笑顔を向けていた。
「え? ーーッ」
ノリスが構える間もなく、一番前に立っていた男によって腹を殴られる。
「ノリスッ!?」
殴られたノリスは一瞬ばたばたと腕を振り、すぐに地面に崩れた。
「あー、まあこんなもんだよな。俺も最初はこうだった」
余裕そうに、のっそりと入ってくる男は一人で、他の二人は部屋には入らずただ扉を閉める。閉じ込められる形となった。
警鐘が頭の中で鳴り響く。非力な後衛二人を後ろに下がらせると、にたりと男は醜悪に嗤う。男の歯は数本欠けていて、暴力に慣れた人間だということが一目で分かる。
「どうした? 回復しないのか?」
「ッ! 言われなくても! 《治癒》!」
メーメアは言われるままにノリスを回復すると、男は回復の光を浴びるノリスを思い切り踏みつける。
「ーーぇぐ!」
意識は回復していないノリスは、癒しの奇跡で回復した体を痛めつけられたことにただ反応して声をあげる。
「盗賊ね。戦闘職って訳じゃないし、脆いのは仕方ないにしても、警戒が足りないのは甘えだったね」
そう言って、脚を踏みつけると、今度は何かが折れる音が響いた。
「ーーーーーッ!」
痛みに目を覚ましたノリスは混乱して動けない。動こうとすれば男から攻撃を受けることを理解して、目で助けを求めるようにヒイロたちを見た。
「目障りなんだよなぁ、新人冒険者って。特にお前。何なの? エドから剣の指導を受けておきながら、一層の魔物に気絶? 話にならない」
男が強い視線をヒイロへと浴びせる。
油断をしていたわけじゃない。
義勇兵なんて、迷宮に出る宝箱を地上で売る盗掘者のヤクザ者。故に、中には法に縛られない迷宮で悪事を働く輩がいるとは教えられていた。
けれど。まさか浅い階層である一層で遭遇するとは予想していなかった。
その理由は、エドとの因縁が関係しているときた。
いろいろ準備を整えてくれたエドには感謝しかない。恨むことも多少あれど、そのおかげでどうにか迷宮を歩けている。
しかし、こういう悪い方向に状況が転がることもあるのか。
目の前で突然に起こった暴力、それも人間から向けられる悪意に、ヒイロは人ならざるもの以上の寒気を感じる。
勝利のイメージが見えない。男は先ほどの魔物を簡単に倒せると言葉にした。
苦戦したヒイロと男が戦えば、負けるのはヒイロの方だろう。敗北のイメージに何も言えずにいると、男は舌打ちをして言葉を続ける。
「正直言って、期待外れだ。ーー迷宮は遊びじゃねえんだぞ!! 舐めたガキが入ってくんじゃねえ!!」
「ひっ……うぅ」
恫喝の声にメーメアが声を漏らす。男の視線が向いたことで、表情の見えなくとも分かるほどに、怯えている。
ケセラセラは……わからない。先ほどの魔物の時同様に魔法を撃てれば、少しは勝率が上がるかもしれない。
ヒイロは湧き上がる可能性に後ろに目を向けると、ケセラセラは意識を向けられないように隅っこで体を縮こませていた。
あの女……!! いや違う、招いたのはヒイロで、彼女の判断は正しい。頭に血が上りかけたのを見た男は愉快そうに嗤う。
「随分とまあ、見目麗しいお嬢さん方を連れてよお、ハーレム気取りか? おい? あ? おい? なあ、聞こえてねえのか?」
「……」
「答えろよ!! 聞いてんだろうがこっちは!!!」
「……」
「……はは、はあ。虚しいね。悲しいね。……無視できないようにしてやるよ」
言うと、男はノリスを放置してケセラセラへと脚を向ける。
「ひぅ……ぃ、いや!! 来ないで!!」
「何だてめえ、普通に喋れんじゃねえか。はは、面白え」
抵抗するケセラセラのローブを乱暴に掴み、男は自分の持つ剣を突き立てようとして、ヒイロへと向き直る。
「女はおいてけ。それで逃がしてやる。エドの野郎に泣きついて、助けてとでも懇願してこいよ。その間に、女どもとは遊ばせてもらうがな。 っおい!! 男は通せよ!!」
男が支持すると、外の男二人は扉を開けてヒイロが外に出るように促した。
「いやあ、俺って優しいわ。……お前が来てもいいが、俺は男は殺す主義だ」
笑顔から一点、表情が冷たいものへと切り替わる。
(こんなん、そうするしかないだろ……)
ヒイロは迷う。仕方なくねーか。これも勉強っていうかさ。命は取られない訳じゃん。エドに任せれば、とりあえず三人の命は助かる訳じゃん。
「うぅ!!」
「おいおい、女は通すなって言われているんだ」
ノリスが逃げようとして捕まる。男の一人がノリスを組み伏せて、脚を殴るとノリスはまた声をあげておとなしくなった。
「助けてっ、ヒイロっ、助けてよおぉ!!」
「おお、言われてんぜ期待の新人。お前が死ねば救助は来なくなる訳だけどな」
剣の肢に伸びかけていた手が止まる。理不尽と絶望の選択肢を前にして、ヒイロの冷静な脳が逃げろと囁く。
自分とこの男たちが同類であると認めるのには、十分すぎる判断材料だ。
自分の関係が中心に、誰かの貞操を犠牲として生き延びるなんて、外道と言わずしてなんという。
「へえ、やるのか。この状況になってからじゃあ、随分悠長だとも思うけどな」
ケセラセラを置いて男が剣をこちらに向けたのは、先の言葉を聞いてそれでも剣に手をかけたヒイロへの警戒。
「は?」
自分でも意味がわからない。
どうせ死ぬなら戦って死にたい。そんな風に思ってしまった。
絶望から生まれた自殺願望。メーメア、ケセラセラ、ノリスの望まぬ状況へと追い込んで発芽した。
(死ね、死ね死ね死ね。思えば迷宮に来てからこんなことばかりだ。くだらない)
相手をよく見ろ間抜け。
ヒイロと同じ、革鎧。迷宮の浅い階層で死亡率が最も高いとされる前衛の装備。
魔物が宝箱にしまい込む。その中でもそれなりにお金になるのが革鎧で、一層で宝箱から出たのであれば当たりとされている。
つまり、低階層で燻る中堅より実力が下の、金稼ぎに重きを置いた義勇兵だ。
負ける、負ける、マケル? こんなクズに? カスに?
ドロドロと暗い感情が熾る。特別剣を教えられたわけではない。
それでもヒイロはこの一週間に血の滲むような努力をして、エドに低階層であれば十分にやっていけるとお墨付きをもらってなお、窮地に立たされている。
(気持ち悪ぃ……)
仲間が嬲られることよりも、元の世界に帰還する方法が絶望的なことよりも、異世界に来たことで生じる精神的苦痛から逃れるために打ち込んだことで負ける可能性が見えたことに、今日一番に苛立ちを覚えている。
(じゃああの日々は無駄だって、無意味だって俺は否定して逃げるってのかぁ?)
ゆらゆらと、前へと足を踏み込む。
怒りの出し方を思い出す。アルフへと向けた怒りの感覚を思い出す。
今必要なのは、なにより立ち向かう覚悟だ。
剣を握る手に鈍い痛みが走る。ろくに握り続けることも出来なかった鉄の棒。ここまで何かを握るような日々は記憶にない。手にできた潰れた豆を、痛みごと握りつぶして剣を抜く。
湧き上がる闘志を見せたヒイロに、三人の内に扉を塞いでいた二人が怯む。
「なに、覚醒? かっこいいね若者は」
「おいおい、ここから負けるなんてダセエぞダグラス」
「へへ、うっせぇ、ここからが面白いところじゃねえか。やったな新人。今日二回目の経験値を積ませてやるよ」
「ーーたい」
「あ? ……んだよ」
「勝ちたい、殺したい、ぐちゃぐちゃに潰したい、ぐらぐらと考えて、悩んでーーめんどくせぇ」
声を大きく意思表示を示したヒイロに、冷たい目をダグラスは返す。
「夢を見るのは若者の特権。覚まして大人にしてやるのが、大人の勤めだ。へははっ」
笑みを向ける敵へと剣先を向けて、踏み込み加速する。
ダグラスは冷静に攻撃をいなして反撃をしようとしてーー止まらない突進に身体同士がぶつかり合う。
「へ、ははは! 何だ、魔物の真似か? 舐めてんじゃねえぞくそガキが!!」
倒れないが、よろついた事実にダグラスはヒイロに負けず強く吠える。
「底が見えるぞおっさん! くそアルフよりもてめぇはクソだ!!」
ヒイロは距離を取って、先ほどと同じく剣先を向けた突進を見て、ダグラスは合わせるように大振りの上段からの振り下ろしを、ヒイロは同じく上段で受け止めるままに、肘でダグラスの顔を打つ。
(剣なんて知らねぇが、喧嘩は散々にやってきた)
二度目の攻撃が通ったことでダグラスの怒りも頂点に達する。反比例するように、先程までの凶悪な表情を抜いて油断のない視線をヒイロに向ける。
ダグラスからすれば、先の二回は攻撃ですらない。打撃こそダグラスの身体を揺さぶったものの、ダグラスのダメージはまだまだ消耗していない。
初挑戦でここまでコケにされるとは思わなかったが、剣士でありながら剣以外で攻撃する心の甘さに勝利を確信する。
(少しばかり怯んだ程度だ、ラッキーがなんども続くと思うなよ)
一方でヒイロは、自分の攻撃が通ることで間合いを少しずつ身体に染み込ませる。
奇策の自覚はある。それでも、撃ち合いの感覚が少しずつ身体に刻まれた暴力を思い出す。
(正念場だ、次は仕留める。ここで勝って、こいつを殺す。躊躇ってられるかよ。ーー死ね俺。殺して死ね。死んでも殺せ。立ち向かって死ね)
思考が溶けて、世界が少しずつ単純化していく。
線と線が交差する世界で、身体に向かってくる剣を足で捉える。
撃ち合いから足を止めず、腕に力を込めて顔を守れる位置に置いて、剣先を前に構える。
びびるな、何のための防具かを考えろ。身を守るためじゃない。相手の間に飛び込むための装備だ。
ぬめりとした、人ならざるものを刺した感覚が、手に蘇る。これから俺は人を殺す。もう元の世界に戻ったとして自分の中に殺したという記憶が残る。もう戻れない。だから剣に込める。戻れない悲しみもこれから人を殺す苦しみも全て剣に込める。
「目障りだカス! 死ねぃ!!」
ダグラスから振り下ろされる剣へと飛び込み、手甲で阻んだ。ーーあとは狙うだけ。鎧の隙間、喉へと向けて捻り込む。
人ならざるもの時とは違う、押し込まれるような感覚ではない。自ら押し込みに前に出る。剣が右手の延長線のように、左手は突き込む衝撃で暴れる剣を抑え込む。
「……ッグ、ボェーーぐぞぉだりゃあ」
そんな声と合わせて、ゴボリと傷口から血が泡立つ。
ダグラスは剣を落として、ヒイロへと体重を預ける。前へと押し返すと、相手の重みで滑るように剣が身体から抜けて行く。
ごぼごぼと水音を立てて、血溜まりをつくる。
「……次、次だ」
ヒイロは視線を残党二人へと向けると、後ずさりしながら剣を抜いてヒイロへと向ける。
もう片方は癒しの奇跡をダグラスへと向けーー光が身体に集まらないことを見て声を上げた。
「この、人殺しじゃねえか!?」
「おいおい、ふざけんなあいつまじ……」
交戦の構えを取った二人組はしかし、ヒイロとは逆方向、迷宮の出口へと駆け出した。
呆気ない、とは言えない勝利に、視線を仲間に向けると、怯えた表情を向けられてーーため息を吐いた。
「とりあえず、地上に戻ろう。ノリスの治療をお願い」
一歩、二歩と扉の外へと出て、三人が立ち直るまで追加の敵を警戒する。
ヒイロから逃げた男二人の声を聞いたか、近くにいた義勇兵たちが次いで姿を見せた。血塗れのヒイロを見て状況を理解する。
「ほぉ……やるもんだな。ダグラスを討ったのか」
「……どうかしてる、人間同士で殺し合って、賞賛されるなんて」
「そういう場所だとも。時期に慣れるさ」
なんでもないことのように言って、離れていった。
「よぉく分かったよ、くそったれ」
迷宮内でなら、珍しくないことだとは聞いていた。
法律で守れない場所。どこまでも自己責任の、虎の穴。
それでも殺しは避けたかった。どれだけ口汚くいても、安全があるからこそ叩けた軽口だ。
明日にヒイロは、アルフを殺すだなんて口にできるだろうか。
経験値を得た人間を、迷宮は強くする。昨日より今日。今日より明日。
強くなった先に、ヒイロはまた誰かを殺すようになるのかもしれない。そうしてまた強くなるんだろうか。
「……人を殺してまでして強くなって、どこへと向かっているんだ」
自ら踏み込んだ迷宮の一歩目。
鮮血に濡れて、力強く迷い込んだ。