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プロローグ

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『ーー目を覚ませ』


暗闇に響く少女の声。深く沈んでいたヒイロの意識へと働きかける。

 絶対的な言葉が頭の中に警笛を叩き込んでくる感覚に、目を覚ました。


「ぅぐ……っ!」


 冷たく、硬い場所に置かれていたようで、どうにかうめき声を出すことで、硬くなった体に少しずつ血が通っていく。

 乾いた喉でどうにか意味のある言葉を絞り出すと、混乱した思考が一つに集約される。


「こ、こは……?」


 石造りの回廊。一直線に舗装された道は、学校の廊下を狭く汚く古くしたようで息苦しい。光源もないはずなのにぼんやりと視界が確保されていた。

 神経が研ぎ澄まされて、時折『妙な音』が耳に届くと、恐怖で背中が冷えていく。


「おい」


 五人の男女に囲まれていた。男が二人と女が三人。特別意識したわけではないだろうが、低くておっかない声だ。

 なんていうか、ただものじゃないって感じがする。背が高い方の男から発せられたようだ。


「はい」

 正面には金色の髪に厚手のワンピース……修道服を身に包んだ女性。ヒイロへと、言葉少なく剣を差し出してきた。

 手に取れということだろうか。言われるがままに受け取ろうとするも、硬く冷えた手から剣が滑り落ちる。床と衝突して、硬質な音が響いた。


「ッチィ!」

 背の低い方の男が舌打ちした。こっちはチンピラみたいだ。怖いというよりも、苛立ちや不快感の方が先行する。


「こら」

 修道女はチンピラを注意して、今度は落とさないように剣をヒイロへと抱えさせた。

 続いて鉄靴、鎧、手甲、兜と騎士のような装備を、ヒイロに見せるように持ってきた。


 ヒイロはそれを眺めながら状況を咀嚼していく。なにか言うべきだろうと声を出そうか迷う。

 とりあえず渡された鎧を着込もうとして……装備の仕方が分からなかった。


「足から装備するのよ」

 手間取っていると修道女が手伝ってくれる。お手数をかけて申し訳ない。子供の着替えじゃあるまいしと恥ずかしくも思うが、出来ないまま時間が経つ方が気まずい。


「あ、りがと……」

 少し声を出すだけでも喉が痛い。砂でも吸い込んだみたいに咳き込むと、これまた甲斐甲斐しく、水の入った袋を渡される。


「チッ」

 チンピラが舌打ちを続ける。ムカつくが、しかし反応する気力が湧かない。


「……ありがとう」

 水を喉にいれて、今度は咳き込まずにお礼を言えた。ほのかに甘いのは、蜂蜜だろうか。口に残ることなく、さらさらと飲み込めた。


 ともあれ、一式装備を身に包んだヒイロは、ゲームみたいだなと現実逃避気味に、ああこれが異世界転生、転移?と考え始めて、すぐに冷めた。

 こう、実際起こることを想定していないなりに、仮説を立てられるだけでも自分を褒めたい。そのうえで、夢見がちな仮説を本気で検討してしまった。


 どっちつかずな対応に訝しむような表情を向けられるが、特別抵抗を見せないヒイロを見て肩透かしをする様子を見ると、敵対するルートも考えられたのかもしれない。死ぬなぁ。まず勝てないだろう。


「少し移動するぞ」

 男性の、よりおっかない方。舌打ちしてない方。

 威厳のある方の男がが妙に露出の多い女と並んで先行する。


 すぐ後ろを舌打ちカス(クズ)が続いて、ヒイロは続く女性陣の修道女に手を繋がれて(なんで?)隊列を保ちながら着いて行く。後ろの女が笑いながらヒイロを突いてきた。鬱陶しい。


「いひひ」と笑う女は、子供のような小ささで、艶かしく笑う。反対側の手を触ったり、尻を揉んだりとやりたい放題だ。


 石造りの道は、ずっと景色が変わらない。曲がり角や分かれ道が何度もあり、迷路を一人称視点で歩いている感覚なのだが、歩き慣れているらしい五人は、特別足を止める素ぶりはない。迷っているわけでもなさそうだ。


 しばらく歩いた先で、揃ったように足を止める。

 露出の多い女が指を刺し、次に斜めに振る動作をすると、それだけで男二人は腰の剣を抜いて、曲がり角の先で待ち伏せていた『何か』と押し合いを始める。


「あれは?」手を繋いでいる修道女に聞く。

「人っぽいけど」いいのだろうか。


「敵です」

 迷い無く言い切った。

「人であっても、立場が違えば刃を交えます」

 持っているのは鈍器(メイス)なのに、刃を交えるのか……。


「軽蔑した?」

 少し独特な格好、古めかしい装飾が多く着いたローブを着た女性が問う。

「私たちは人を殺すこともあるんだよ」


 直接的な表現に修道女は顔を顰めたが、否定はしない。事実であると受け入れているようだ。


「でも」

 怖い人たちであることは分かったが、それでもなんとか返す言葉を絞り出す。

「俺は助けるんだな」


「そう」魔女みたいな女は笑う。

「君は助ける」


「終わったぞ」

 男二人と女が戻ると、血の匂いが空間全体を包み込んだ。


 染み付いたら嫌だなと思ってると、舌打ち男がヒイロの顔を見て「チッ」と舌打ちをした。随分と嫌われたものだ。心の中で舌を出す。


 修道女が死体に祈りを捧げてると、慣れた様子で露出女が死体を漁る。そうして使えそうだったり、金になりそうなものを漁って、移動を再開した。


「もしかして」

 小さい女がヒイロの目へと指先を向ける。

「思ったより、はっきり見えてる?」


「だろうな」そう答えたのは舌打ち男だ。「チッ」


「ふうん」

 小さい女は一人納得した。

「才能があるんだね。喜んでいいよ」


 喜ぶべきだろうか。とてもそういう雰囲気でもない。この場で軽口を叩けるのは魔女くらいなものだ。「わーい」言ってみた。


「……」

修道女の握る手から圧力が増す。言わなきゃよかったと後悔した。


「ふふっ」唯一笑ったのが魔女だ。「こら、笑わせないの」

「チッ!!」強めに舌打ちを受けるが、やってやった感だけ少しある。だからといって、おっかない方の反応は見るのは怖い。あまり調子に乗らないようにしよう。


 それから歩いて、少し広い空間に出た。これまでが通路だとするなら、部屋のような間取りとなっている。

 窓もない場所だが、鉄で縁取られた木の扉で、目に見える脅威はない。

 入ってきた方から左の壁に、続く扉があって、右の壁には小さな噴水のような水道が設置されている。


 おっかない男が荷物を置いて、その上にどかり座り込む。「休憩だ」


「俺は寝る」舌打ち男も、壁に背をもたれさせて静かに目を閉じた。兜こそ脱いだものの、鎧を着たままで休まるのだろうか。後ろに流していたマントで、身を包むようにしている。


 露出女は壁や床を触ったり、扉の向こうに聞き耳を立てたりと落ち着かないが、そのうちにおっかない男の近くで、やはり荷物の上へと座った。


 痩せ我慢しているものの、ヒイロにも疲れがぐっときた。最初に目が覚めた時から、どうにも身体がぎこちない。


「《メルゥ・ング・ラィヒ・ネォ・マィト》」小さい女から意味の分からない言葉が綴られると、そこを起点として部屋全体が暖まる。


「ここにどうぞ」修道女が用意していた敷物へと招かれる。あまり大きいものでもないので、できるだけ端に座ると、修道女も並んで座る。少し狭いが、はみ出した足よりも、敷物の尻の方が冷たくならない。


 石畳の方は冷たいままのようで、体温を逃さないように各々で工夫をしているらしい。

 チンピラのように背中を預けられる場所が欲しいのだが、姿勢の良い修道女は苦にしている様子もない。


「何から話したものかなぁ」小さい女が敷物へと詰めてきた。ヒイロの背中へともたれかかる。「君から何か、聞きたいことはある?」


 少し思案する。何を聞くべきか。いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように?


「今はいつなんだ?」

 はずみで、そのまま順番に言葉が出た。


「帝国歴で言うと、500年だね。丁度」

 それがすごいことなのかはともかく、帝国という国があることだけは理解した。


「ここは帝国領内の迷宮だよ」

 少し魔女は口に手を当てて考え込む

「君は、帝国の人間じゃなさそうだね」


「……そうだ」

 少し迷って、正直に答える。

『殺すのか?』と続く言葉は、さすがに聞く勇気がない。


 それと、自分の口から敬語が出てこないことにヒイロは内心驚いている。どこで直すべきかのタイミングを失ってしまっていた。

 少しずつ頭に血が上って、思考が働いてくるのを感じる。

 最初に目を覚ました時にはいったい、どんな顔色をしていたのだろうか。


「それって」露出女がおっかない男と、魔女と、修道女の順番で顔を見合わせる。

「異邦人ってことよね」


「異世界人って彼らは呼んでるらしいよ」朗らかに魔女は言う。「ね?」


「へぇ」ね?と聞かれても困る。

「同じ状況の奴が、他にもいるんだな……」ということになるのだろう。


 如何な理由があるのかは知らないが、自分がそこまで特殊な存在ではないことに、緊張を少し解いた。……少し残念と言えばそうだけどね。勇者にみたいな特別に憧れがないでもない。いやほんと、おこがましいんだけど。


「これから、どうなるんだろう……」小さい女が使った暖かくする呪文だったり、気になることは多くとも、身の安全や生活がなにより優先される。


「んー……」小さい女は目線をおっかない男に向ける。「どうするつもりなの?」


「義勇兵にする」ヒイロの腰に差した剣に目を向ける。「少しの面倒は見るつもりだ」


 ヒイロを助ける判断をしたのはおっかない男だったらしい。少し意外というか、そもそも関心がないものだと思っていた。

 義勇兵の言葉に引っかかりを覚えていると、沈黙を否定と捉えたのか、続けて言葉を投げかけられる。


「私の方でもいいんだよ?」手のひらに火を浮かべる。「魔術の探求に興味はある?」魔女。


「迷いがあるのであれば」光る聖印を掲げる。「神の教えで、あなたを導きましょう」修道女。


「闇に順応できるのは悪くない」短剣や金属の細い棒の束を並べる。「食べるには困らないよ」盗賊。


「いひひ」と意地悪く魔女が笑う。当面の心配はないと、元気づけてくれているのだろうか。

「……というか、義勇兵って」

「冒険者のことだよ」露出女が答える。「異邦人はそう呼んでいる」


「……ばかじゃねえの」


 下を向くと、身を包んだ鎧が見える。重たくて、不快で、歩き難い。

 胸の内で騒ぐ、非日常への不満が漏れていく。


 あまりにも今更な話であるが、こうして決断することになってようやく、夢うつつな状況へと現実的に立ち向かわなくてはいけないことに気付いた。


 明日のご飯はどうなる。

 怪我をしても保険はなくて。

 知らない土地で天涯孤独。


 自分の全てを奪われている。よくもまあ、先達は冒険者だのと気楽に名乗りを上げられるものだ。

 相談できる友達もいない。というか、また話せるようになるかも分からない。


 唐突に泣きそうになる。崩れそうになる。頭がぐるぐると混乱して暗い気持ちが這い出して来る。目の前が暗くなって、誰かの声も聞こえない。


 頭を抱えられるように抱きしめられる。「大丈夫だよ」魔女だ。女性特有の柔らかさに包まれて、こんな状況なのに動揺してしまう。

 何かを言おうにも声は潰れるばかりで、押しのけることもできないままに、ただ受け入れる。


『人生なんて、長い暇つぶしだ』


 ふと、兄の言葉を思い返す。尊敬できる言葉じゃない。けれど今はこれを握りしめる。あのアホは、少しでもヒイロのことを心配するだろうか。どっちでもいいけどさ。

 呼吸を整えて、心の中で自分を見つめなおす。

 なんとかなるかもしれないし、ならないかもしれない。それならまあ、なるようになってみよう。


 魔女の腰に手を回して軽く叩くーー正直どこ触ってもまずい気しかしないけど。


「ん」そう言って魔女は離れた。しばらくこの人の顔は見れそうにない。気まずすぎる。ていうか刺激がやばい。色気がやばい。別の意味で脳がクラクラするし、なんなら他の人の視線も辛い。

 視線を切りたくて、足を向けたのは一番おっかない場所。


「……剣を教えていただけると、嬉しいです」

「ああ」返事だけが返ってくることが、今だけはありがたい。


「エドだ。……お前は?」話題を反らしてくれたのか、流れに乗らせてもらう。

「ヒイロです。これからよろしく」と、中途半端に名乗った。


 戦士エド、魔女ミミリリ、修道女ニーナ、盗賊のシガレトたちとヒイロの出会い。

 このあとチンピラこと、アルフに舌打ちを受け続けることになるのは、なんかもう逆にありがたく感じていた。

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