あした、そこに君が立っていたら
誰にも僕の声は聞こえない。
正しくは僕の声は誰にも届かない。
僕はそこに居て、僕はそこに居ない。
誰にも見えない。
・・・だって僕は、死んでいるから。
海無し県の山奥の、有名な心霊スポットの橋の上で僕は佇んでいる。
ここには沢山の人が訪れ、面白がって、そして去っていく。
昔はここから命を投げ出す人が沢山居たらしい。
今では橋から飛び降りられないように大きな柵が設置され柵の上には有刺鉄線が張り巡らされている。
定期的に巡回する人も居るし簡単に飛び降りることはできなくなって久しい。
僕はここから「飛び降りた」わけではない。
正確には「飛び降りたかった」わけではない。
夏休みの深夜、友人数人と面白半分でここを訪れた時のこと。
「ここだぜ、有名な心霊スポット!」
タケルは興奮気味に指差した。
サトシの家でみんなでゲームをして、その後何となく怖い話をしていたら突然タケルが心霊スポットへ行こうと言い出し、僕たちは自転車でその場所を目指したのだ。
外灯も少ない薄暗い山道、すれ違う車は何台か見かけたがその場所に来るとまるで世界から隔絶されたかのように静かだった。
遥か下から微かに水が流れる音がする。
「橋の上で立ち止まってると呼ばれるらしいぜ」
悪い笑みを浮かべタケルは後ろの僕たちに振り返った。
「呼ばれるって誰に?」
何となくわかっては居るが聞かないといけない雰囲気に仕方なく訪ねた。
「昔、いじめられてここから飛び降りた女の子に呼ばれるんだってよ。」
いじめられた女の子はその辛さからこの橋から身を投げた。
そしていじめの恨みから面白半分にここを訪れた人を呼び、飛び降りさせると。
「僕だったら誰にも来て欲しくないから誰も呼ばないけどな。」
いじめが辛くて、いじめてきた奴らが嫌いで自ら命を捨てたのに同じ目に合わせて同じところに来たら嫌だ。
だから誰も呼ばない。
橋の真ん中あたりまで来て僕たちは足を止めた。
欄干の隙間から下を覗こうとするが真っ暗で何も見ることはできない。
「・・・タケル・・・」
そう聞こえた気がして僕は慌てて振り向いた。
しかし後ろには何も居なかった。
気のせいだろうか。
深夜でほとんど何も見えない中、先ほどの噂話も相まって幻聴を聞いたのか。
気を取り直し、僕はタケルの方を見た。
しかし、そこにタケルの姿はなかった。
サトシもタケルがいなくなったことに気がつき焦り出した。
「おい、タケル!冗談よせよ!おいっ!」
すると突然、一緒についてきていたタケルの弟のカヅキが笑い出した。
「はははっ、みんなめっちゃビビってるよ!おい、にいちゃん出てきていいよ」
暗闇でよく見えなかったがタケルはカヅキの後ろでしゃがんで隠れていた。
「お前マジでビビってやんの。ウケる。」
笑いながらサトシの肩を叩く。
ふざけるな、と半べそのサトシが気恥ずかしさでタケルを殴った。
そして、落ち着いたところでタケル達は帰路に着いた。
本当にいい友達だ。
僕は一人たたずんで彼らを見送った。
そして彼らとは反対方向の橋の入り口へ向かい、真っ暗なやぶの向こうに声をかけた。
「誰かいるんだろ。出てきなよ。」
するとやぶの陰から人影がゆっくりと現れた。
暗闇に浮かぶのは真っ白なワンピース、薄明かりに見える顔はとても整った、有り体に言えば綺麗な女の子だった。
女の子が近くに来ると顔がはっきりと見えてきた。
出てきたときははっきりと見えなかったが、その顔には大きな痣がある。
殴られた痕のようだ。
「何となくわかるんだけど、自殺しにきたんだろ?」
僕は彼女へ問いかけた。
「あなたには関係ない。止めに来たの?」
睨むように彼女は言った。
僕は少し驚いた。
強気な態度とは裏腹に声は少し震えていた。
何となく先ほどタケルが話していた『飛び降りた女の子』の話を思い出す。
「ミサキ、僕の名前だ。君の名前は?」
突然名乗った僕を訝しげに見つめると彼女は小さな声で答えた。
「カナエ・・・」
カナエは少しうつむき両手で自分の服を掴み、涙を流し始めた。
おいおい、勘弁してくれよ。僕はうろたえながらよしよし、と小さな子供をあやすように声をかけた。
しばらくして泣き止んだカナエは少し落ち着きを取り戻していた。
「ごめんなさい、いきなり泣いて。もう大丈夫だから」
よかったら話してごらんよ。僕は慣れた感じで彼女に言った。
こう言ったことは初めてじゃない、実はよくここで自殺しに来る人に声をかけている。
カナエはゆっくりと話し始めた。
カナエは現在高校生で市内の高校に通学している。
そこは俗に言う金持ちの子女の通う高校でカナエの家もそれなりらしい。
しかしそこは親の財力や名声がものを言う学校でカナエの家はヒエラルキーの底辺に属するそうだ。
そして底辺に属してしまった生徒は常にいじめを受け、教師もそれを見て見ぬ振りをすると言う。
それでも両親に心配をかけまいと気丈に振る舞い、ひたすら耐え続けていたそうだ。
しかし、そんな彼女の態度が気に食わない生徒がいた。
その生徒は彼女の父親が務めている会社の重役だったらしく、嫌がらせは父親にまで及んだ。
嫌がらせに耐えられなかった父親はその不満を娘に向けるようになった。
ずっと優しかった父が突然人が変わったように自分に暴力を振るってくる。
カナエはいつしか自分のせいで父を苦しませていると思うようになった。
そして今日、カナエは我慢の限界を迎えこの橋に足を運んだ。
「私のことをいじめた奴も、それを見てたのに何もしなかった先生も。そして父をあんな風にした会社にも。死んで全てに復讐してやるの。そう思ってここに来た。でもそしたら貴方達がここで遊んでいた。私はとりあえず藪に隠れたけどそうしている内にだんだん分かんなくなってきた。私が死んで復讐になるのか?って。そしたら貴方が話しかけてきたもんだからなんか急に涙が堪えられなくなったの。」
それにしてもよく喋る。
今まで誰にも相談できなかった反動なのか、不満や恨み言、カナエはいろんな話を僕にしてくれた。
「どう?まだ死にたいと思う?」
僕の問いかけに彼女は「いいえ」と答えた。
「だって、私が死んでも復讐にはならないもの。それで後悔するような奴らならここまで私を追い詰めようとはしないはずよ。私、悔しい。でもどうしたらいいかわからない。学校にも行きたくないし家にも帰りたくない。」
橋の片隅に体育座りで座っていたカナエは顔を膝に埋めた。
「僕が復讐を手伝うって言ったら、家に帰るかい?」
彼女は驚いたように顔を上げ、僕の顔を見ながら少し笑った。
「家には帰るわ。嘘でもありがとう。何だか少し勇気が湧いてきたみたい。」
「この橋でいつまでも立ち止まってるとここから投身自殺した少女の霊に呼ばれるらしいから早く帰りな。」
そう言うと彼女は少し考えてから立ち上がった。
「私、その少女の霊はきっと生きてる人を呼ぶような子じゃないと思うの。」
どうしてそう思う?と僕が聞き返すとカナエは笑いながら僕を指差した。
「だって、その少女の霊って貴方のことでしょ?」
彼女は吹っ切れたように橋の欄干の先を見つめた。
「貴方がどうしてここから身を投げたのかは想像もつかないけど、貴方みたいないい子が命を投げ出さなきゃいけないような世界許せない。だから私は戦うわ。またここにきて話を聞いてもらえるかしら。」
カナエの目に強い意志を感じた。
「あぁ、いつでも来なよ。愚痴くらいなら聞いてあげるから。」
「じゃあまた明日来るわ。またね。」
そうして彼女は去っていった。
大丈夫だろうか、彼女の置かれた境遇を考えるととても強気でなんかいられないと思う。
でも僕は彼女がまた自殺しようとここを訪れたら同じように話を聞いてやろうと思った。
明日、そこに君が立っていたら。
気が向いたら続き書きます。