とある女性と伯爵様
帝都周辺の草原にて。
数名の化け物を乗せた一匹の竜が羽ばたいていた。
「ロス、そろそろお願い。」
ロスはスピードを落とし、大地に足をつける。
「それじゃぁ作戦通り、ロスはここで待機。お願いね。」
結局、ロスには草原で待って貰う事にしたのだ。お母様が逃走した時、直ぐに追跡出来る様に、私の中ではなく、外で待機してもらう。その分、当然一般人に見つかると言うリスクを背負う事になるが、お父様の騎士団が何とかしてくれるだろう。
「グルゥゥゥゥ...」
少し寂し気な鳴き声を漏らすロス。
そんな顔をしても仕方がない...これが一番いい作戦だと、お父様も賛成してくれたのだから。
「それで、レーナ様。ここからはどう行くつもりで?」
クルムさんは頭をかきながら近づき、私にそんな素朴な疑問をぶつけてきた。
彼は何を言っているのだろうか?ロスの背の上でも何度も説明したのに...まだ納得していないのだろか?
「当然、走りますよ。」
当たり前だ。それ以外どうやって帝都まで行くというのだ...
クルムさんだって異常な程の速度値を持ち合わせている。そんな難しい事でもないだろうに...
「光速のクルムとまで言われた男が..少し走るくらい何の問題もないだろう...」
お父様はポツリと変な事を漏らした。
そんな恥ずかしい異名まで持っていたのか...
なら尚更、何で走るのが嫌なのかわからない...
「確かに問題はありませんが...その名前で呼ばないで下さい...」
まさか、その名前で呼ばれるのが嫌だったから、走りたくなかったのか...?
確かに帝都周辺で物凄いスピードで走ったら、人の目を浴びることになる。でも、緊急事態だというのに、そんな事を気にしていたのか?
「それに、いつもの走りを実行すると持続的にMPを消費してしまいます。戦闘の前に、無断なMPを使うのは避けた方がいいと思います。」
そう言われると頷いてしまう...
でも...
「別にフルスピードでなくてもいいのですよ。先に行って情報集めでもして来いなんて言ってませんし、わざわざ超越したスピードを出す意味なんてありません。」
私が言った『当然、走りますよ。』の『走りますよ』は、全速力で走ろうと言う意味ではなく、ただ単に、出来るだけ早くつくために、体力を温存しつつ、走ると言う意味で発言したつもりだ。
「なら...まぁいいです。」
まだ納得していないのか、クルムさんは細めた目をお父様に向けていた。
「それじゃぁ行きましょう。ロス!何かあったら念話で伝えるから!」
遠距離念話の実験は、デルラジア大森林でのレベリング中に行っている。その結果、なんと500メートル以上離れていても、念話が可能だという事が分かった。
そこで私は思った。これ...距離制限なんてないのでは?
根拠はまだある。
私がまだ生まれて間もない時や、帝国貴族の前でスピーチをしていた時に聞こえてきた、謎の男の子の声。あれも多分念話だ。
そして、私は未だにあの男の子が誰なのか掴めていない...
つまり、あの男の子は身近な人物ではないということだ。つまり!あの男の子は離れた場所から念話を使っていたと言う事!つまり!!私もロスと遠距離念話できる!!
私はロスとの念話を約束し、その場をお父様、クルムさん、ヒューリと一緒にあとにした。
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「見えてきた...帝都...」
目の前には永遠と広がる石の壁。そして、巨大な樹の門。
「先ずは私から行こう。門番とは顔見知りだしな。」
そう言ったお父様は走るスピードを上げ、門へと近づいていった。
「それじゃぁここら辺で待ってますかね、お嬢様。」
クルムさんは少しだけ口角を上げ、私に問いかけてくる。これ、からかわれているのか...?
私はそんな素朴な疑問を抱きながら、お父様の合図をまった。
数分後、お父様からの念話が届いた。
と言うのも、お父様は念話持ちではないので、私の念話を活用している。
「お父様からの合図が来ました。行きましょうクルムさん、ヒューリ。」
覚悟を決めた私は彼らに声をかけ、帝都の黒の石壁に目を向ける。
「レーナ。どうかした...?」
そんな私を見て心配になったのか、ヒューリは私の肩に手を置き、声をかけてくれた。
「何でもない。それより行くよ、お父様が待ってる。」
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とある屋敷の談話室にて。
女性は、室内で一番大きく、豪華な椅子に腰掛け、笑みを浮かべていた。
「それで、アルスは今どこらへんなのです?」
女性は真っ白なドレスで身を包み、自身の白銀の髪に触れながら、相手に丁寧語で質問を送る。
そんな質問の受取人は一人の男性。派手な緑色のスーツに身を包んでいた男性は、容姿だけ見れば若く見えたが、鼻下に年月の詰まった髭を生やしており、そのせいでかなりの老人に見えていた。
「アルス様なら、今頃はデルラジア大森林周辺じゃないですかね。」
満面の笑みを見せ、淡々と答える老人。
「そう...ならそろそろ出かけようかしら。」
そんな老人に視線を送り、徐に立ち上がった女性は、逃げるようにしてその部屋を後にしようとした。
「シルフィー様。約束、忘れてませんよね...」
その場を立ち去ろうとする女性に振り向きもせず、声をかける老人。
「勿論よ、伯爵様。」
女性はそんな言葉を残し、部屋を後にした。




