獣人の少女
デルラジア大森林と呼ばれる木々の群れ。その中に足を踏み入れた瞬間、私は悟った。ここは踏み入れてはならない場所だという事を、それを知らせてくれたのは形を持った物体、肉体ではなく、邪気という物だった。正直私もよく分かっていない。
目に入る情報は何ら変哲もないただの木々、振り返れば地平線を見せてくれる草原。ただの森...そう思わせてくる『デルラジア大森林』に私は軽く身震いを起こした。
「ロス、ここからは慎重に行くよ。」
いつもは子供の様な返事をしてくれるロスも、今回はただ無言で頷いてくれるだけだった。竜の本能的な物でも働いているのだろうか。
神経を研ぎ澄ませながら進んでいた私とロスは、大森林の深淵へと導かれていった。
あれから1時間くらい経っただろうか...一向に現れないモンスターに警戒するのもばからしくなり、私とロスはただ真っ直ぐ森を歩くだけになっていた。万が一の事があれば飛べばいい。そう考えながら方向もろくに確認せずにただ『真っ直ぐ』歩いていた訳だが、目的であったモンスターが姿を表さないのはなぜだろうか。これだったら前にいたデルラジアの安全地帯の方が100倍危険だった。
「父上!一度引いてください!!」
そんな考えが頭をよぎっていると、前方から少女の声が響き渡ってきた。デルラジア大森林に少女...しかも一人ではなさそうだ。それに話の内容から察するにモンスターの襲撃を食らっている最中だろうか。人間に見つかるのは避けたかったが、1時間歩き回っても見つからなかった経験値が目の前にいるんだ、これを逃す手はない。
私はそう考え、直ぐさまロスに視線を送った。視線の意図を理解したロスは態勢を低くし、地を蹴り低空飛行を開始した。私もそれに習い〖飛行〗は使わなかったが〖ライトニングスピード〗無しの全速力で声の方へと走っていった。
「くそ!ここまでか!!」
今度は中年くらいの男の声が聞こえてきた。姿はまだ見えないが、かなり近い。
そう思いながら足を進めていると、前方からおぞましい虎の姿が見えてきた。虎...の毛皮をしているが、大きさがその比ではない。ぱっと見お父様の二倍くらいの高さだろうか。長く鋭い爪は真っ赤な何かで彩られており、黄色..というより黄金に輝く毛皮からは雷が走っていた。
「人間の子?なんでこんなに!!」
少し前にも聞いた少女の声が聞こえてきたが、今は目の前の虎に集中だ。一瞬でも意識をそらしたらそれで命とりになる。
私は直ぐに超大型の虎に意識を集中させ、〖ステータス閲覧〗を発動させた。
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種族:迅雷虎
状態:血流
ランク:C-
LV:34/55
HP:114/214
MP:86/189
攻撃力:162
防御力:158
魔法力:153
速度:157
通常スキル:
〖ハイスラッシュ:Lv6〗〖かぎ爪:Lv6〗〖突撃:Lv6〗〖嚙みつく:Lv5〗〖ハイスピード:Lv6〗〖ポイゾンタッチ:Lv6〗〖毒牙:Lv6〗〖雷矢:Lv6〗〖雷視:Lv6〗〖雷槍:Lv6〗〖雷撃:Lv6〗
耐性スキル:
〖物理耐性:Lv6〗〖苦痛耐性:Lv6〗〖落下耐性:Lv5〗〖水属性耐性:Lv5〗〖火属性耐性:Lv6〗〖毒耐性:Lv7〗〖雷属性耐性:Lv7〗
特性スキル:
称号スキル:
〖デルラジア大森林の魔物:Lv--〗
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なるほど、ステータス的には私より少し下くらいか。危険だけどHPもかなり減ってしこのくらいのモンスターじゃないとそもそもまともな経験値は入ってこないだろうな。
「ロス!上からサポートお願い!!」
覚悟を決めた私は直ぐにロスに声をかけ、迅雷虎へと早速距離を詰めていった。
徐々に距離を詰めていった私のすぐ横に高速の氷の柱が通り過ぎていった。その柱は未だに私達に気づいていない迅雷虎の腹に直撃し、大きな傷を残した。
「〖気象制御〗!!〖水刃球〗5連発!!」
その直後、半径10メートル内、つまり〖気象制御〗の間合いに入った私は直ぐにスキルを発動させ、〖グラビティ〗のように物凄い風で迅雷虎を地面に押し付けながら水の攻撃スキルをお見舞いした。
5発中3発がロスの攻撃した部分へと直撃し、致命傷を負わせることに成功した。その他2発も問題なく迅雷虎を捉えることに成功し、致命傷ではなかったがかなりのダメージを与える事ができた。
「ガァルルルル!!!!」
やっと私達に気づいた迅雷虎はこちらに振り向こうとしてきたが時すでに遅し、既に弱っていた虎が私とロスのコンビ攻撃を受け、更に〖気象制御〗の最大威力を現在進行形で受けているのだ。いくらCランク下位だと言ってもそう簡単には逃げられまい。
「〖電熱〗三連発!!!」
手が届く距離まで詰めていた私は使い慣れた右手で『猫』の負傷していた腹に触れ、最大効力の攻撃を仕掛けた。赤く染まる私の腕は『猫』の倒懸と畏怖の念を表していた。叫び荒れる一匹の猫。その姿を実際に見つめていたのはほんの一瞬に過ぎなかったが、私の瞳には時の流れを知らない醜怪な猫が映り続けていた。
【経験値73を獲得ましました。】
【スキル〖竜神:Lv1〗により、更に経験値73を獲得ました。】
謎声が頭の中で轟くと同時に魂を吸われたように倒れ込む猫の姿が目に入った。その元迅雷虎は強力なCランク下位のモンスターであり、私も下手したら一瞬で殺されていたかもしれない相手だ。しかし、私の目の前にあるのは元虎ではなく、元猫の姿だった。その元猫も今は儚く散り、ただの肉の塊と化していた。
「人間!!何故我らが大地に足を踏み入れた!!」
元猫の姿に気を取られていると、一人の男の声が聞こえてきた。ついさっき聞いたのと同じ声だ。声の方へ振り向くと、そこには負傷した大柄な男の獣人と少女の獣人が立ちすくんでいた。二人とも私よりも身長が高く、かなり攻撃的な表情で睨み付けられたので、私は少し後ずさりをしてしまった。
私は彼らを助けた立場のはずだが..まぁ良いだろう。そもそも助けるつもりで出てきた訳ではないし、目的の経験値は予想以上に手に入った。それはそうと獣人がいるという事はこの近くに獣人の里があると言う事なのだろか?もしそうなら人間は歓迎されなさそうだし余り関わらない方がよさそうだな。帰るのに必要な時間も考えると5日でここを出ることになるだろうし、そこまで友好関係を築かなくても問題ないだろう。
「グルゥゥゥゥ...」
「ロス、大丈夫だから。」
ロスは彼らを威嚇していたみたいだが、それが原因で争いになったら大変だ。私は直ぐにロスを落ち着かせ、その場を立ち去ろうとした。
「待ってください!!」
彼らに背中を向けた私に一つの声が届く。男の方ではなく、少女の声だ。『待ってくれ』と言われて待たない訳にはいくまい。これが罠だという事も考えづらいし、話すのを避ける理由もない。私はゆっくりと彼らのいた方へと振り返り、少女の方へと視線を送った。
「何ですか?」
私の口から出た言葉は何時もの私の態度からは考えられない冷たい一言だった。自分では分からないが瞳も冷え切っていたのだろう、私が視線を送った瞬間、少女は少し身震いを起こしていたのだから。
まぁさっきまで殺気剝き出しな目を向けられていたのでお互い様だ。
「人間の方に会うのは初めてで...その..助けて頂き、ありがとうございました!」
「ヒューリ!何故人間などと言葉など交わしているのだ!」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら不器用に言葉を並べる少女とは対照的に、男は木々を揺らす咆哮を上げながら迷いなき文を口にした。
「しかし、父上!この方は私達を助けてくれたのです!」
彼女には申し訳ないが、私はここでお暇させてもらおう。獣人達と友好関係を築けたらもっと効率的にモンスター狩りもできただろうし、食料や水の問題も解決したかもしれない。少女を経由したらそれらが手に入る可能性もあるが、もし男が私を嫌悪してる理由が歴史が語ってるから..とかそんなありがちな理由からだったら私を受け入れてもらうのに何日掛かるか分からない。それに彼らが獣人の里から来たのだとしたらこの男以外の大人も存在するだろう。
私は冷たい視線を彼らからそらし、無言のまま立ち去る事にした。
「お待ちください!!」
二回目だ。少女の声が私に届く..が、私は振り返らない。先ほどの彼らの会話で獣人の事情とやらは察した...気がする。歴史がどうたらこうたらじゃなくとも獣人が人間を嫌っているのは事実だろう。それも6歳の少女に厭忌の視線を送るほどに。
「ヒューリ!待ちなさい!!」
今度は私を..人間を忌み嫌っていた男の声が聞こえたが、内容は頭に入って来なかった。でも別に気にはならなかった。お母様の一件で疲労していたから..と言う理由もあるだろうが、普通に聞く気がなかったからだろう。特別な殺意を込めた視線が送られてきたら嫌でも分かるので、不意打ちの問題はない。彼らの会話に注目しなければならない理由は何処にもないと言う事だ。
「グルゥゥ...」
少し控えめに聞こえたロスのうめき声に違和感を覚えた私はロスの方へと目を向けようとすると、後ろから少し大きく、それでいて柔らかい何かが私の肩に触れるのを感じた。
「お待ちください..と...言ったじゃないですか...」
振り返るとそこには私の肩を掴んだ少女の姿があった。そんな少女の姿に私は動揺を隠すことは出来なかった。なぜ彼女は私を追いかけてきたのだろうか?もしかして私の推測は間違っていたのではないだろうか?もしかしたら友好関係を築くのも夢ではないのではないか?そんな甘い考えが頭をよぎる。
「自己紹介がまだでしたね。私は白狼族のヒューリです!よろしくお願いします!」
ゆっくりと私の肩から手を離した少女は息を整え、私にそう..語ってくれた。少女..いや、ヒューリはクリーム色の肩まで伸びた髪を揺らしながら優しい同じくクリーム色の瞳で私に微笑んでくれた。




