冒険者ギルド
宿を出た私達はヘップバーンの出店が立ち並ぶ道を歩いていた。何ヶ月もまともな食事をしていなかった私にとって、この道に漂う香りはたまらない物だった。
なにあのお肉..凄い美味しそう...めっちゃお腹空いてきた。
「あの..レーナ様、もしよろしければ..何か買ってきますが...」
私が物欲しそうに出店に出ていたお肉を眺めていると、メイさんが何か可哀想な物を見るような目で私を見つめてきた。
「いいんですか!?」
私は遠慮とか帝国貴族として人前でどう振る舞うべきなのかとかを吹っ飛ばし、メイさんに向かって満面の笑みで目を輝かしながらそう答えてしまった。
「はい...」
メイさんはそんな私を見てうっとりした様な困惑した様な、何とも言えない表情を浮かべていた。メイさんはその表情のままその場で固まっていると、ハッと何かを思い出したかの様にびくりと体を震わせ、私が気になっていたお肉屋さんへと早歩きで行ってしまった。
私は少しの間その場でアメルさんと佇んでいると、メイさんが片手に骨付き肉を持ち、真顔で私に近づいてきた。
あれがお肉...モンスターの肉じゃなくて普通のお肉!!
ゴクリ..と、私は唾を飲む。メイさんが近づくたびに私の鼓動は加速していった。なぜだろうか、妙に緊張する。これが『久しぶりのお肉症候群』と言うやつなのだろうか。
そんなどうでもいい病気のネームに悩んでいると鼻の中を通る香ばしく、スパイスの効いた匂いが段々と強くなってるのに気付き、私は大きくお腹を鳴らしてしまった。「クスクス」と周りから笑い声が聞こえ、私に視線が集まってるのが痛いほど分かった。
私はそんな人の目に耐えられず、視線を下に降ろし、顔を真っ赤に染めてしまった。
「レーナ様!あの、これを...どうぞ!!!」
そんな私の様子に気づいたメイさんは額に汗を垂らしながら手にしていたお肉を私に手渡してくれた。
そんな様子のメイさんを視界に入れながら、私は無言のまま差し出されたお肉を手にした。
お肉を実際に手に持ってみると、『久しぶりのお肉症候群』は急速に悪化し、私の脳の人間的な部分を完全に無効化してしまった。
その後は余り覚えていない...ただ気付くと私は市販の物の様に真っ白で綺麗な骨を強く握りしめていた。
「あの..レーナ様、大丈夫ですか...?」
メイさんからそんな声が聞こえてきた。正直質問の意味が分からなかった、私はどこも痛めてないし、ケガをするような行動はしてないと思う。あるとしたら心配される程私が汚らしくお肉にかぶりついていた事位だ。
そんな事を考えながらメイさんを見つめていると、自分の頬が少し湿ってるのに気づいた。そして理解した。メイさんの『大丈夫』の意味を。
「あれ...なんで私..」
疑問の声が漏れる。私は右手で両目を抑えながら喉の奥の違和感に気づいた。すると、何か温かい物が私の身体を優しく包み込んでくれた。只々その場で瞳からキラキラと美しく、虚しい水滴を流しながらその優しい何かに思いっきり甘えた。
暫くして私は黒歴史を一つ増やしてしまった事に気付き、右手でごしごしと両目を拭きながらその優しい何かに目を向けた。すると、何故か涙を流しながら私を抱きしめていたメイさんが目に入った。
私の視線に気づいたメイさんは私と同じように両目をごしごしと拭き、まだ泣き出しそうな顔をしながらも勢い良く立ち上がった。
「レーナ様、その...申し訳ございません!!私...その..耐えられなくって!!」
立ち上がったメイさんは姿勢を正し、直角に頭を下げた。
私はそんな彼女の行動が理解できなかった。彼女は私を慰めてくれていたのだ、何も謝ることなんてないはずだ。
「ほら行くぞ。ギルマスが待ってる。」
困惑した表情を浮かべた私を見たアメルさんは、メイさんの頭をわしわしと雑に撫でながら前へと先に進んでいった。
涙目のままだったメイさんは、そんなアメルさんの後ろ姿を少し不機嫌そうに見つめていたので私はまたアメルさんの脇腹が潰されるのではないかと心配になったが、そんな素振りは見せずに無言のまま彼の後ろをついて行った。
私もそんな彼らについて行こうとしたが手にしていた骨の事を思い出し、近くにあったゴミ箱の様な物にそれを入れ、彼らに小走りで追いかけて行った。
数分間ヘップバーンの町並みを堪能した私は、遂にギルドと思われる大きな建物の前に立っていた。
これは『異世界スカイスクレイパー』とでも言った所であろうか。現代日本に存在したスカイスクレイパーとは比べ物にならない位小規模な物だが、周りに立ち並ぶ建物と比べて異様なオーラを放っていたその建物は『異世界スカイスクレイパー』の名に相応しいだろう。そのスカイスクレイパーは何だかは分からないが、強そうな素材で作られており、10階以上は有りそうな高さだった。
そして恐らくは1階からであろう笑い声は若者からおじさん、おばさんの物までが外にいる私の耳に届いた。
「レーナ様、こちらで少しの間お待ち頂けないでしょうか?ケーニングさんとアメルは置いていくので。」
何するんだろうメイさん。ベインさんに報告するのかな?っていうかいたんだ...ケーニングさん...
私はケーニングさんが変なスキルでも使っているのではないかと疑問に思いながら、ギルドに入っていくメイさんを見送った。
「馬鹿ども!!!!静かにしろ――!!!!!!」
メイさんがギルドに入り、姿が見えなくなった瞬間、物凄いメイさんの叫び声がギルド周辺中に響き渡った。そんな彼女の咆哮を耳にした私は少し身を震わせながら、彼女の帰りをじっとまった。さっきまで聞こえていた笑い声が一気に静まった事をを考えると、中のいる人達も私と対して変わらない反応を示しているのだろう。
暫くするとギルドの中央に位置する扉がゆっくりと開かれ、そこからメイさんが姿を現した。無言のまま目線を低くし、徐々にこちらに迫ってくるその姿は宛ら仕事を終えたアサシンの様だった。
その姿を目の当たりにした私とアメルさんは再び身震いを起こしてしまった。
「レーナ様、それではどうぞ。」
「はぁい...」
何もなかったかの様な無罪を訴える彼女の笑顔は私に今まで以上の恐怖を与え、かなり情けない声で返事をしてしまった。
その後私はメイさんの後につき、ギルドへと足を踏み入れた。するとそこは飲んだくれるおじさん達や何故か私の姿を見て身を引き締める若い冒険者の人達もいた。そしてギルドの奥に白い髭を長く伸ばした6,70代位の男性が佇んでいた。次の瞬間、その白い髭の男性が勢い良く跪き、それに習って周りの冒険者達やアメルさんが跪いた。ただ一人だけメイさんはその男性に近づいて行き、私はただ彼女について行った。
会話が成立する程度まで近づいた私を確認したメイさんは、私の横に移動し他の冒険者の様に跪いた。
「あの..貴族様...発言の許可を頂いても?」
暫くの間その場に沈黙が走り、話しかけてきてくれたのは白髭の男性だった。
「はい!お願いします!」
私は彼の質問に戸惑いながらも、許可を与えないと会話が進まない事を察し、すぐさま了承した。
「では。その...貴族様はアルフォード家ご令嬢、レーナ・ヴォン・アルフォード様で間違いないですか?」
「はい、そうですけど...」
「それでは、私から領主様にかけあい、貴族様のお迎えが来られる間安心して暮らせる様に手配しましょう。」
安心して暮らせる様..って、多分ここの貴族街の事だよねぇ...もしかしたら知らない帝国貴族とひとつ屋根の下で暮らさなきゃならないって事!?
「あの...私は町の宿で十分ですけど...」
これは紛れもない私の本心だ。理由は二つある。一つ目は知らない帝国貴族と関わりたくないから。『変な趣味』に巻きもまれでもしたら、私の精神が持たない。二つ目の理由は、私があの宿をとても気に入ったからだ。シンプルな間取りで無駄が一切ない感じがとても魅力的だった。
しかし、そんな私の願いが叶うはずもなく、ギルマスに目を大きく開かれ、物凄い不思議そうな顔をされながらも全力で領主様にお世話になることを進められ、ほぼゴリ押しされてしまった。
まぁ仕方ない。これが帝国貴族としての、税金で食ってる人の役目だというならしょうがないだろう。
「ギルマス。手続きが終わりました。あとはその貴族様を貴族街にお送りするだけです。」
「流石ベインだ。仕事が早い。」
自分の運命を呪った私の目の前に、小走りでギルマスに近づいくベインさんが目に入り、何やらギルマスと話をしていた。
「メイ!お前は少し休んでいろ。後は俺とギルマスがやる。」
ベインさんは私の横で跪いていたメイさんに目を向け、そう声をかけた。
そうか...もう行かなきゃならないのか...もう会えないかもしれないな、メイさんや、パーティーの皆には...
「メイさん!色々とありがとうございました!!あと、アメルさんと...ケーニングさんも!!お世話になりました!!」
私はその瞳を薄く濡らし、ベインさんに近寄りながら彼らに別れの挨拶を済ませた。
「レーナ様!!お元気で!!!」
そんなメイさんの声を最後に、ギルマス、ベインさんと私はギルドを後にした。
ギルドの外に出て一番最初に私の目に止まったのは無駄にでかい馬車だった。黄金の装飾が施されており、綺麗ではあったが、少し悪目立ちしそうで悪印象だった。
「貴族様、こちらへ。」
そう言って馬車の方を手のひらで指したのはギルマスだった。やっぱりあれに乗らなければならないのかと、少し溜息を吐きながら止めてあった馬車へと乗り込んだ。
それから数分間、私はこの何とも言えない空間に閉じ込められていた。私達3人は馬車に揺られ、無言のまま時が進んでいってるのである。外でも眺められればいいのだが、外にカーテンが掛かっていてそれも叶わない。
私が床を見つめながら時が過ぎるのを待っていると、外から大きな門が開かれる様な金属音が響いてきた。
その音から暫くもしない内に馬車のドアが開かれ、メイド服を着た人達が出迎えてくれた。私はそんなメイドさん達が差し出してくれた手を取り、馬車を降りた。
「お久しぶりですわ、レーナ・ヴォン・アルフォード様。ようこそわが屋敷へ。」
嫌な予感がする。この声...何処かで聞いたことがある気がするし...
私は不安を抱きながら声のした方へを目を向けた。すると、そこには一人の少女が二人のメイドの真ん中に佇んでいた。真っ赤なワンピースドレスを身にまとい、見覚えのあるフワッとした金色の髪を揺らしながら印象的な赤い瞳でこちらを凝視する姿は、正に私の中での『帝国貴族』そのものだった。
「フローリーさん...」




