非逃の意思
「ぼっちゃあああああああああん!」
「止めんか」
いつも通りのやり取りだけど、何か緊張してるみたいだった。
「お見えになられたのですね」
珍しく直ぐ素に戻った弦さんが由佳を見る。
「お久し……振りです……」
そんなに畏まる必要無いと思うけどなって思うのは俺の家だからだろうか。
姉ちゃんはニヤニヤしながら俺達を見てる。
「お嬢。ここに連れて来られたという事は」
「んー……まあ将来的に……ね」
……。
俺と由佳が赤面するのは同時だったと思う。
「気兼ね無くお過ごし下さい。 ……ですがその前に。参りましょうか」
「去年は来れなくて悪かったわね」
由佳が黙って俺に視線を送る。
ここに来る時の恒例行事だ。
おっさんは毎年、ここへ来る度に泣いてる。
吉野会を立ち上げた俺達の両親の墓の前。
爺と婆を知る古い会員も、この日は来る。
俺と姉ちゃんはどちらかと言えば厳しく教育されてたから分かりようも無かったけど、今なら分かる気がする。
2人がどれだけ会員に慕われてたのかが。
ここの皆と遊んでるだけで良かった。
そんな様子を爺は許さなかった。
だから頭を使った遊びをして勉強をしないで済むように工夫し、目を盗んで遊んでた。
そんな中で朧げに覚えてる言葉があった。
不可能を可能に組み上げろ。
その言葉で今の俺がある訳じゃないと思うけど。
感謝はすべきだと思うから。
ありがとうと心で言う。
由佳を見る。
由佳はどんな気持ちなんだろうか。
ただ手を合わせて目を閉じてる姿だけだと何とも言えない。
屋敷に戻り、ここに泊まるように言われたけど丁重に断る。
墓参りから戻り、談笑(と言えたのかどうかは分からないけど)もそこそこにいつもの宿へ向かおうとした時に思い出す。
楓には今、昔存在した裏組織。
所謂秘密結社について調べて貰ってる。
ここにそう言った記録や情報があるかどうかは俺も知らない。
だけど他の組織の事は弦さんも詳しい。
その理由がここにある資料だったとしたら。
聞いてみる価値はあると思った。
弦さんに事情を話す。
「ふむ……」
弦さんは目を閉じ、頷くのみだ。
「坊ちゃんはやはり鋭い」
仮説のどれかが合ってたんだろうか。
「調べられるだけ調べてはみます。ですが半世紀前となると……」
それはそう。
吉野会が出来てから半世紀なんて経っちゃいない。
そもそも昔に無くなった組織は興味すら持たないだろう。
だからこれは。
無いと分かってても尚お願いする、図々しいにもほどがあるお願い。
だけど。
犯罪を0にする為には過去の憎しみの連鎖を切らないといけない。
未解決事件で今も苦しんでる人の姿を。
俺は犯罪者って形で見て来たから。
無駄か無駄じゃないかじゃない。
もう逃げちゃいけない。
「分かりました」
弦さんは優しく微笑んだ。
「記録の中にも、昔から存在した組織はある筈ですから。そう言った事も含めれば、無駄にならないかも知れません」
握って来た由佳の手は、とても温かかった。
館華さんに私の事を知って欲しいと思った理由は。
過去に囚われてるから。
あの時翔太さんの手を取ってたら。
館華さんとどう言う話をしただろうかとか。
そんな事を考えてしまってるから。
お互いに犯罪者とそれを防ぐ者としてじゃなく。
同じ仲間として。
PCPで活動をしてみたかったから。
館華さんの視力は、事情を話せば桜庭さんが何とかしてくれたと思う。
そんな未来が確定しても無いのに、錯覚に陥ってしまうのだ。
今日も私は館華さんに会いに行く。
話をしたいから。
倉田さんに無理を言ってるのは分かってる。
だけど時間がもう限られてる。
森田さんが用意してくれた朝食を済ませ、外で倉田さんを待つ。
夏の炎天下は、体が丈夫じゃない私にとっては良いものじゃないけど、いても立ってもいられない。
蝉の鳴き声が響く中、快晴の青空を見上げる。
由佳さん達は、翔太さんの故郷の村へ帰省してる。
いよいよ先に進んだと、自分の事のように嬉しい。
由佳さんには感謝しか無い。
そう思うからこそ、遣る瀬無い気持ちになる。
心のもやもやが雲みたいに影を生む。
私の前に車が止まり、倉田さんが運転席から顔を出す。
「待たせてしまってすまないな」
言いながら渡されるアイマスク。
暗闇の中で長い時間を過ごして来た館華さん。
また目が見えるようになって。
最初に一体何を見たんだろう。
そんな疑問が浮かんで、直ぐに消えた。
久し振りになりました。
仕事で忙しく(汗)