依頼
来るのはいつ以来だろう。
あの時は拳銃を突き付けられ、それ所じゃなかった。
だけど、黒の御使いと久遠の事件が解決し、俺自身もようやく落ち着いた。
そうしたら来ようと決めてた場所。
墓標には『有村家ノ墓』と書いてある。
奇麗なままになってるのは、きっと華音ちゃんが定期的にここに来てるからだろう。
線香と花を添え、しゃがんで目を閉じる。
あの時から、俺の今までは始まった。
同じ事を繰り返したくないって願いが、バカみたいな目標を朧げに立てた。
共感してくれる仲間が出来て、小さな組織が立ち上がった。
色んな事件で、色んな事があった……。
久遠を捕まえて、俺の気持ちに区切りがついた。
だけど、過去の後悔は決して忘れない。
そして、これからはそんな犯罪を犯させないよう、活動したい。
……。
暫くそのまま、祷る。
目を開きかけ、1度も言えて無かった事を思い出し、言う。
救ってやれなくて、本当にごめんな。
立ち上がり、霊園を後にする。
今日は行く所があった。
全体が真っ白の部屋に、男はいた。
全身が真っ白の服。
ただ目を瞑り、椅子に腰かけ、佇んでいる。
時折見せる口元の笑みが、時が過ぎるのをただ待っている訳では無い事を伺わせる。
壁が左右に開き、看守らしき男がやって来る。
「今、警視とこちらに向かっているそうだ」
男は目を開いただけだった。
カフェで待ち合わせをして、拓さんの車で目的の場所まで向かう。
場所を誰にも知られる事の無いよう、拓さんは軽自動車に乗っている(因みに、待ち合わせのカフェは拓さんの奥さんとの行きつけの場所らしい)。
「体の調子はどうだ?」
奇跡的に全く問題は無い。
後遺症が残ってもおかしくない状態だって医者には言われてたから、ホッとしてる。
それ以上に、後遺症が残るなんて事になったら由佳に合わせる顔が無いし、姉ちゃんに何言われるか分からないし、楓は罪に苛むだろう。
だから良かった。
あくまで結果的にだけど、それで十分だった。
「入念な身体検査は行っている。本来であれば私も同席したいのだが、奴に断られてしまってはどうする事も出来ない」
って言っても、多分近くで、俺達の様子が見れる場所でこっちの様子は監視するだろう。
「すまないが、これをしておいてくれないか」
渡されたのはアイマスク。
……場所を知られないようにする為だろう。
だからわざわざ拓さんが迎えに来たって事も頷ける。
「この場所を知っているのは、警察では私とごく一部だけでな」
それに、多分俺と久遠が何度も事件に関わってる事実から、俺に場所を知られる懸念を上層部から指摘されたって事だろう。
確証は無いけど、頷き、アイマスクをする。
寝てた方が良いですかと冗談交じりに言うけど、場所を推理してみるのも良いんじゃないかと返って来る。
そんな事はしないけど、丁度良いから考える事にする。
勿論場所の推理じゃなく、久遠が呼び出した目的。
奴が未練を持ってるとは思えない。
未練があるならあんな犯罪なんて犯さない。
それにも拘らず、俺を呼んだ理由。
拓さんに一応何の為に奴が呼び出したのかを聞く。
「……すまない。私も聞かされてはいない」
だろうな。
拓さんに言う位なら、俺を呼んでない。
呼び出す事自体に意味がある。
だけど、それを狙って犯罪を犯す事は考えられない。
だとしたら。
俺に言う事があるからなんだろう。
それは流石に聞けば良いって思うかもしれないけど、久遠は会話の主導権を握って話してくるだろう。
会話って言うより一方的な主張が続けられるだけ。
今後、犯罪者と話す機会もあるって考えられるから、会話の準備もある程度しときたい。
って言っても、言いたい事が何かを考えられる筈も無いから、心の準備をしておくに結局とどまってしまう。
だけど、やらない事で後悔だけはしたくない。
その思いだけで今は充分だった。
「後15分で着く。すまないがアイマスクは外さないでくれ」
緊張はしないけど、身構えるものはあった。
建物内に入ってしばらく歩かされた(と思われる)ところでアイマスクを外して良いと言われ、外す。
眩しい位に真っ白な通路があった。
ここがどこなのかも、どこにいるかも分からない。
だけどこの先に奴がいる事だけが分かる状況。
「この正面、突き当りだ」
拓さんはこの場所から動こうとしない。
俺一人でこの先は行けって事だろう。
どこに監視するための部屋があるか……は今は考えなくて良い。
頭を振り、ただ真っ直ぐ歩く。
眩暈がするかのような明るさは、ずっと目隠しをされた身としては堪える。
退院してから結構経ったって言っても、この眩しさはそれとは関係無い。
暫く瞬きをし、手で光量を調節し、慣れ始めてから歩いて行く。
この先に……。
突き当りに差し掛かると、自動的に扉が開く。
その人物はそこにいた。
「久し振りだな。吉野、翔太」
久遠正義。
俺が捕まえると言った人物。
そして。
秀介に瓜二つの顔。
だけどそいつは。
どこまでも冷たかった。
久遠は椅子に座り、ただ俺を見てるだけだった。
向かい側にあるもう1つの椅子に腰かける。
久遠は全身白の恰好。
囚人服のそれだろう。
犯罪や悪は黒に例えられるけど。
部屋全体と服装とのギャップに激しい違和感を覚える。
「怪我の具合は、どうだ」
それを言える人間じゃないけど、ただの挑発だろう。
お陰様で何も異常は無いとうざったく返す。
久遠は目を閉じ、奇妙に笑みを浮かべる。
こんなくだらないやり取りをしに来たんじゃない。
「何の為に俺を呼びだした?」
「話が、したかった。吉野、翔太」
「そんな下らない理由で呼び出せる立場じゃないのは分かってるよな」
「我々の、死刑が、半年後に、決まった」
「……俺にはどうしようもない」
「その前に、調べて欲しい事が、ある」
「調べて欲しい事?」
「あの手記を、読んだだろう?」
「……無罪を証明した警官が誰なのか、って所か?」
「やはり、察しが良い。それに、犯人が誰だったのか」
「俺にそれを解けと?」
「君は、未来の犯罪を、無くしたいと、想っている筈だ」
「それがなんだ?」
「未解決の、過去の、事件を、解く事は。どうなのだ?」
過去の事件……。
思えばそうだ。
今までの事件は、ほとんどが過去の未解決事件が関わってる。
それを解決する事でも。
俺の目的は達成される可能性はある。
「どう、なのだ?」
けど、何故こいつは俺に解決を依頼する。
こう言うのはあれだけど、久遠がその気になれば事件解決なんて容易い。
こいつは事件解決に目的を置いてるんじゃなく。
事件関係者を本来あるべき姿に戻す。
悪人を被害者によって裁かせるって言うのは本来そう言う事なんだと。
今になって思う。
「俺にそれを依頼する理由は何だ?」
「巨悪を生んだ、その経緯を。理由を。知りたいだけだ」
「てめーからそんな言葉は聞きたくねえよ」
「ふむ……」
久遠は目を閉じ、考え込むような仕草を見せる。
「であれば、話そう。私の、全てを。それで、良いだろうか?」
何を企んでるのか。
目的が見えなかった。
或いは。
久遠自身も分かって無いのかもしれない。
もしくはただ知りたい。
それだけなのかもしれない。
だけど、ここに来る前に予想してた事が現実になった。
無視出来る訳が無かった。