声
久遠と館華は奇跡的に無傷だったが、翔太君は肩が鬱血していた。
大人2人を抱える力があった事に驚いたが、火事場のバカ力に似た力が発揮されたと考えるしかない。
奇跡的に命に別状は無いようで安心する。
結果がどうであれ。
黒の御使いに久遠正義と言う事件を解決してしまった。
「そう、か。命に別状が無かったのであれば、幸いだ」
事情聴取で久遠に簡単に翔太君の容態を伝えると、何故か心底ホッとしたような表情だった。
「彼は、世界に、必要だ」
久遠はそう呟くと、私を見て言った。
「吉野翔太に、会わせて欲しい」
重傷は重傷だったけど、命に別状が無いって分かってひとまず安心する。
治療を終え、出て来ると姉ちゃんがいきなり殴ろうとして来る。
「このバカ!」
殴られるかと思いきや、拳を額につけられる。
「ほんっとに……このバカ……」
俯いて顔は見えなかったけど、ごめんと素直に謝る。
「祈りが通じて良かったわ」
楓は俺の肩にそっと手を触れ、撫でて来る。
楓には今思えば悪い事をした。
「良かったです……。 翔太さん」
「私は信じていたわよ」
俺に言う楓は泣いていた。
姉ちゃんの後ろから、安堵の表情を浮かべた華音ちゃんがこっちを見てた。
楓が剥がされ、由佳が俺に抱き着く。
「ホントに心配したんだから……」
由佳の叫び声が無かったら。
俺は死んでたかもしれない。
幸い骨折と脱臼だけで済んだ理由は自分でも分からないけど。
由佳の声はちゃんと聞こえた。
今思うと笑えるような内容。
『死んだら殺すからね!』
ゆっくりと由佳を抱きしめる。
良かった。
死んだら。
この先動く事が出来なくなる。
だけど全てを懸けないと。
この犯罪を止める事は出来ないと考えた。
悪に勝った訳じゃないけど。
それに。
浮かぶのは秀介の顔。
またしばらく入院する事になるけど、そうしたら行きたい所があった。
これで。
久遠と黒の御使い。
2つの大きな事件が解決になった。
どっと疲れが押し寄せる。
翔太君が無事だった事への安堵もあるだろう。
長く追っていた事件が、やっと解決した。
翔太君のお陰で。
不可能だと思っていた事が可能になった。
……。
私に出来る事がまだある。
ここで歩みを止めてはいけない。
1つ分かった事がある。
何故犯罪を防ぐ為の行動が無いのか。
恐らくだけれど2つ。
1つは割く為の人員が圧倒的に不足している点。
今回の2つの犯罪でいとも簡単にPCPや桜庭コーポレーション内部の侵入を許してしまった。
個人の悪魔的な頭脳で組織がこうも簡単に動かされてしまう事を痛感する。
犯罪を防ぐ事が困難な理由として、事件が起こってからしか動く事が出来ない点がある。
それに。
2つ目の問題である莫大な資金だろう。
PCPの犯罪監視用システムの導入を出来る組織がどれほどあるだろうか。
それに、資金を回収できる見込みはほぼ無いのだ。
私のような、所謂良い意味で異常な人間位しか行わない。
けれど。
これらの反省を踏まえれば。
警察と協力をして正しく運用する事が出来れば。
犯罪を防ぐ確実なシステムが作れる可能性はある。
細かい所を詰める必要があるとするならば。
より少ない人数でこれらを実行、運用する必要がある。
要は慈善活動ではなく。
ビジネスとして成立させる。
幸い、運用コストはさほどかからない。
事件の捜査に対して私はいてもいなくても変わらない。
だからこそ今動く。
「お嬢様」
森田さんから声がかかる。
森田さんも、裏方での作業に尽力してくれた。
誰一人欠けても。
この事件は解決出来なかっただろう。
感謝しかない。
「まずは皆様で卒業されてからです。現在のPCPは試験運用でございます。そしてそれは大成功と言って良いと思います。ですが、皆様はまだ学生でございます。未来を託される立場でございます。卒業されたら、遠慮無く世界を引っ張って行く方が良いと考えます」
確かにそうだ。
もう少し私達に知識があれば。
と思わずにいられないケースだってあった。
しかも、私達は並大抵では無い事を経験して来た。
だから紙の事をより効率良く学べると言う大きなメリットがある。
だとすれば今の私に出来る事があるとすれば。
体がふらつく。
心身が限界のようだ。
由佳と姉ちゃんに付き添われて病室に戻る。
……終わった。
自分の問題に。
日本の大犯罪者に。
ケリをつけられたかは分からないけど。
1つの結果が得られた。
ホッとする。
ベッドに横になると、今までの事が思い出される。
事件の事。
秀介の事。
ありとあらゆる今までが、プカプカと浮かんでは消える。
「じゃあ、あたしは帰るから、後お願いね」
姉ちゃんはそう言って出て行く。
由佳はスマホでネットを見てた。
「翔太の事、謎の若者って事になってる。ニュースの記事にも名前が書いてないし、遠くからだと顔も分かんないね」
……俺の今後を心配してくれた。
でも、俺は奴らが死ぬのは許せなかったから行動した。
奴らの行動で、少なからず救われた人がいるのも事実だけど。
やっぱり自分で作った犯罪って事実を。
正義と騙って死を選ぶ事に納得が出来なかった。
「あたしだったら止めてたから、結果的には良かったと思う」
うん。
そう思う。
だけどそれでも由佳は命を賭けた俺を信じた。
嬉しかったけど、申し訳無かった。
由佳は何も言わず、俺の顔を覗き込んで来る。
「あの状況であたしに出来る事って、叫ぶ事だけだったから。でも何もしないで最悪の結果になんてなったら。あたしがあたしを許せなくなる」
どちらからも無くキスをする。
関係が変わる事で、由佳は俺の想いと俺自身を考えなくちゃいけなかった。
「これからも、あたしは迷うと思う」
俺の為に迷うと言ってくれる。
手が上がらないから、今は抱きしめる事が出来ないのが歯痒い。
どっちかって言えば。
これからが本当にやるべき事。
「うん。だから今日はもう寝よ?」
由佳が構わず俺の布団に潜り込んでくる。
良いのか?
これは。
「もう限界だもん……」
由佳は背中を向け、直ぐに寝息が聞こえて来る。
多少悶々としながらこの日を過ごす事になるとは思わなかった。