零の葛藤
翔太君の居場所を示すポイントが動かなくなる。
華音ちゃんは館華星の元に向かい、こちらの好機を作ろうとしている。
翔太君には立ち止まる理由は無い。
であれば恐らく誰かと出会った可能性が高い。
誰かは1人しか考えられない。
倉田さんは既に翔太君と華音ちゃんの元へ警官を向かわせている。
リスクを抱え、命を賭けて2人が行動している中、私は何も出来ないでいる。
だから祈る。
2人とも死なないで欲しいと。
願いが叶うかは分からないけれど。
やらなかったらもっと後悔する事を知ってしまったから。
「貴女は私を本当に殺害出来ますか?」
「何を仰っているのですか」
「今までは館華さんに信念がありました。ですが私を殺害すると言う事は、その信念を曲げる事になります。それが本当に出来ますか?」
「私の信念が曲がろうが、もはや関係無いのです。それにお忘れですか? 殺害し損ねましたが、桜庭さんを私は殺害しようとした事を。もう信念は曲がっているのです」
「それに、翔太さんは久遠正義を探しに行きます。私はただの金魚の糞ですから。そんな私をここに留めて置く事に意味はありません」
「有村さんがそう思っても、翔太さんはそうは思ってはいませんし、警察が無暗に貴女を犠牲にするとは到底思えません。倉田警視が指揮を執っているのであれば尚更」
「私は貴女を救いたいです」
「まだ言いますか……」
館華さんがゆっくりと拳銃を構え、1歩1歩私の方へ歩いて来る。
表情に変化は見られない。
でも。
だったら。
何故今更拳銃を構えたのか。
何故私の会話に返してるのか。
何故ヴァイオリンなんて弾いてたのか。
矛盾だらけだ。
時間稼ぎを私相手にする必要は無い。
「お望みであれば、今すぐにでも」
「躊躇っているようにしか見えません」
「減らず口をいつまで叩くつもりですか」
「それなら、撃ってみて下さい」
挑発なんて桜庭さん以外にした事無いけど。
それでも館華さんは迷ってる。
私が似てるって思ったみたいに。
館華さんもまた私に似てるって思ってるのかもしれない。
だから救いたいと願った。
過去の私に重ねて。
過去の私を、今度は私自身の手で目を覚まさせる。
時間はもう戻らない。
だからこそ今を必死に取り戻そうと願う。
それが悪い事だなんて言わせない。
撃鉄が起こされ、銃口が再び私を向く。
「言い残す事はありますか?」
迷わず私は言う。
館華さんを。
犯罪者を救います。
同時に轟く銃声。
肩に激痛。
反射的に肩を抑える。
右手小指から血が滴る。
「これで私が本気だとご理解頂けましたか」
幸い、肩を掠っただけみたいだ。
だけど確信を持つ。
「ほら。やっぱり殺害出来ませんでした」
「人質としての利用価値があるからです」
「館華さんなら人質なんて使わなくてもここから逃げる手を考えてる筈です。人質をとる行為自体、意味が無いんです。それに、もしかしたら桜庭さんも殺害する気が無かったんじゃないですか?」
「何を証拠に仰るのですか」
「証拠はありません。でも、桜庭さんが生きてるのは事実です」
激痛と拳銃の爆音で体がふらつきそうになるのを歯を食い縛って耐える。
そんなに出血は酷くないけど、このまま時間が経てばまずいかもしれない。
だけど少なくとも館華さんをここに留めておけば。
翔太さんらが久遠正義を捕まえられる。
それまで何とか持ってほしい。
「やっと静かになって頂けたようですね」
頭部に銃口を突き付けられる。
「流石に人はその程度では死にません」
やっぱり殺害するのを躊躇ってる。
この人に届く言葉は何かないか。
「1つだけ教えておきます」
思いがけない言葉に館華さんを見る。
その表情はどこか……。
「私は犯罪を犯す為に翔太さんを既に利用しているのです。ですから殺害する事に躊躇は無いのですよ」
……その言葉は本当かもしれない。
だけど本心じゃないのは分かる。
だったら。
だったら何で。
そんなに寂しそうな表情をしてるの?