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ザイカオクサツ~吉野翔太の怪事件ファイル2~  作者: 広田香保里
罪4 永久の零を望む者達
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悪への抗い

 パトカーだと相手が何をするか分からなかったから、私服警官に乗用車で近くまで乗せて貰った。

目的地まではざっと500m位だろうか。

緊張しない訳が無かった。

こんな無茶をしてまで私が館華さんの要求に従った理由はハッキリしてる。

館華さんを救いたい。

だから捕まえるんだ。

運命論を語るつもりは無いけど、それでも違った過去があったなら。

私と同じような今があったかもしれないって気持ちを捨てられない。

あの時、兄さんの事を知りたくて翔太さんにこっそりついて行ったら追い返されたけど。

もし無理矢理にでもついて行って、館華さんと話が出来たら。

そんな気持ちさえ抱いてる。

あの時の私は何も知らなかった。

知らな過ぎた。

黒の御使いが噂話をわざと流して翔太さん達を炙り出して殺害しようとしてる事だって。

兄さんが持ってた心の闇からだって忘れる事で逃げてた。

危険だって分かっても。

知ってさえいたなら出来た事があった。

でも、もう知った。

もう逃げたくなかった。

逃げないって決めた。

私達にとって。

過去は過去なんて割り切れるものじゃない。

館華さんは家族に殺されかけた。

家族をその手で殺した。

兄さんは私が全てを知る前に犯罪を犯し、命を絶った。

歩を止める。

目的地の建物を見る。

少し古い建物だけど、広い。

こんな近くにいたのに。

私達は見つけられなかった。

近ければ近いほど。

似てれば似てる程に分からなくなる。

だから想う。

大きな柵が勝手に動く。

約束通り1人で来た。

久遠正義がいないとも限らないけど、私は戦うなんて出来ない。

玄関の扉を引く。

重々しい音が心音と共に響く。

少しずつ開いていく扉に比例して、ヴァイオリンの音色が聞こえて来る。

G線上のアリア。

奇麗な音色なのに、何故か息苦しくなる。

チューニングとかそう言うのとは違う。

刺さるような音。

中に入る。

正面には階段。

そこで、弾いてる姿が目に入る。

目を閉じて只管弾いてる館華さんの姿を。

可憐で儚くて、それでいて狂ってた。

音が止まり、目が合った。

どこまでも優しくて冷たい目。

私はそれがとても悲しく思えた。

「自分が死ぬとは思わなかったのですか?」

 悪だと覚悟してる人に。

リスクを追わないで何か出来るなんて思わない。

私は無言で答える。

もう遅いかもしれない。

だけど人はこんなにも温かい。

知らないままでいて欲しくない。

「私を説得する為だけに来たのですか? 本気で出来ると?」


「もっと抗ってれば良かったんです。館華さん」

「何を仰っているのですか? 抗ったからこそ私は今生きているんです。そしてそんな事を2度と起こしてはいけません」

「悪を悪だとして、そこに甘んじてるだけです。それは抗うって言いません。それでも良くする行為が抗いなんです」

「でしたら、我々は良くしようとしています。何も問題はありません」

「自分が悪だと言って諦めてるじゃないですか。良い事じゃないんですか? 貴女達にとってこれは。なのにこれは悪なんだって。そんなのおかしいです」

「おかしいおかしくないではありません。言ってしまえば必要な事なのです。誰かがやらなくてはいけない」

「自分で戻る意思は無いんですか?」

「有村華音さんが戻すとでも仰るんですか?」

「はい」

「ご自身の立場を理解されてみてはいかがでしょう。貴女は人質でもあるんですよ?」

「ですが、貴女もここを動けない」

「考え無くいらっしゃった訳では無いのですね」

「翔太さんが言ってました。阿武隈川愛子さんを拉致した理由は何かって。黒の御使いの居場所を知る為に拉致したのなら、そもそもあんなに派手な逃走をする必要が無いですよね」

「だから他に理由があると?」

「翔太さんは兎も角、私達が邪魔ですよね。それに桜庭さんを殺害しようとしました」

「それは正しいです。ですが、これ以後の動きに私は必要無いのです。そんな私に出来る事は。貴女方を止める事」

「翔太さんは久遠正義を止めます。必ず」

「翔太さんは必ず貴女を助けに来ます。仲間を見捨てるような薄情な方では決してありません。それに、警察が正義さんを探しても、見つける事はほぼ不可能です」


 万が一の時に私を殺害するつもりなら。

どうしてヴァイオリンなんか弾いてたのか。

拳銃を構えて待ってれば良い筈。

兄さんはプロのヴァイオリニストだった。

その兄さんの演奏を聞いてたから分かる。

この人の腕もかなりのもの。

大好きなものを失ったんだ。

命と引き換えに。

私に似てるだけじゃない。

ハッキリと分かった。

兄さんにこんなにも重なるから。

だから助けたいって思ってるんだと。

「まだ言いますか。どの道、翔太さんがこちらに来れば、貴女の言葉は戯言にしかなりません」

 翔太さんはここに来ない。

そもそも、私は死ぬ覚悟では来たけど、死ぬつもりは無い。

「ここから逃げられるとお思いですか?」

 逃げるつもりだってない。

館華さんを私は説得して捕まえる為にここに来たから。

「彼女のようにした方が良さそうですね」

 阿武隈川愛子はもう殺害したんだろう。

だから私をここに呼びつけた。

私を本当の人質にする為に。

それに、館華さんが苛立ってるのが良く分かる。

人質にする為にここに呼んだのに。

直ぐに殺害をする意味が無い。

言ってる事がぶれて来てる。

心が揺れてるから。

翔太さんは久遠を捕まえる。

そして館華さんを救う。

このまま自分に絶望したまま死なせるのは、絶対にしたくない。

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