極限の死の回避
……。
図星だった。
決定的に違うのは。
救った人物が善か悪か。
分かってた。
分かり合う事は出来るかもしれない。
それはダメだって言っても無駄なのかもしれない。
だからこそ無性に腹が立った。
ふざけないで下さい!
「貴女はただ逃げただけじゃないですか! それを偉そうな理由で誤魔化してるだけです! 逃げても何も変わりません!」
意外だった。
華音ちゃんがここまで怒る事が。
どちらかと言えば物事を諦観し、冷静なように見せかけているだけだと思っていた。
「貴女が選んだのは逃げるって選択肢だっただけです! いい加減に目を覚まして下さい!」
由佳ちゃんが華音ちゃんに何をして立ち直ったのかは分からないけれど、由佳ちゃんなら今の華音ちゃんみたいにしそうだと何となく思う。
『目はとっくに覚めています。0の世界の真の意味に気付いているからです』
警察がやって来て扉が勢いよく開けられる。
けれど、既にそこには誰もいなかった。
『何で!? 窓から外には誰も出て無いよ!』
代わりに、底の抜けた床と、結ばれたロープがあるだけだった。
「追え! 絶対に逃がすな!」
「私達は戻りましょう!」
各自行動する中、私は室内に入り、閉めた扉に設置されたスマホを取る。
「どう言う意味かしら?」
『それを、もうすぐ知るんです。皆さんが』
「脳の情報を書き換えるとでも言うつもりかしら?」
『誰の心の中にもある、善悪と言う概念です』
「あら、教えて頂けるのね」
『貴女に嘘は必要無いでしょう。桜庭楓さん』
「善悪の概念を0にでもするのかしら?」
『0とはリセット。そして世界、なんですよ』
「犯罪を犯す必要は無いわね。特に貴女は」
『犯罪でないと語れない事もあるでしょう? そもそも情状酌量の余地がある方を、一度として裁いた事はありません』
「被害者に殺人教唆を行った人間が言う台詞では無いわ」
『彼らは殺人を犯す事でしか救えなかった。勿論私もそうです。殺害しなければ私が殺されていました』
「悪を裁く概念で言えば、言いたくは無いけれど皇桜花の方がまだまともだったかもしれないわね。貴女達は質が悪いわ」
『皇桜花は殺されてでしか救えなかったと思いますが? 彼女が善に傾く姿を想像出来ますか?』
「貴女達なのね? 皇桜花を殺害したのは」
『私の口から聞かなくても、想像していたのでは?』
「お喋りはここまでよ。投降しなさい」
「投降するのは貴女です」
後頭部に拳銃を突き付けられる。
「ここにいらした警官は2名のみ。そして私と正義さんが共にいると錯覚さえさせる事が出来れば、2人とも追う選択肢以外取れません。今は爆弾テロの現場でこれ以上の警官を割く事は難しいでしょうから」
迂闊だった。
銃声が、持っていたスマホを吹き飛ばす。
「証拠は消えました」
華音ちゃんが素早く部屋から出てくれて良かった。
けれど、正直かなりまずい。
「移動しながら通話をして、通話相手の居場所を特定する為に動く事がベストでした」
窓際に追いつめられる。
「これだけ細かく動いていたにも拘らず場所を特定出来たと言う事は、上空から監視するようなシステムがあると捉えて宜しいでしょうか?」
「話すと思うのかしら?」
「話さないと言う事が、肯定ですよ。なるほど。念の為にの建物内部やトンネル内部での車の乗り換えでしたが、だから捉え切れなかったんですね。地上から空が見える部分しか見れない」
「何故すぐ撃たないのかしら?」
「お望みであれば」
汗が頬を伝う。
優子を行かせたのは失敗だったかもしれない。
都合良くここに来る……なんて奇跡はあり得ない。
外は暗くて良く見えない。
飛び降りるのは危険過ぎる。
少しの隙さえ作ってしまえば、下へ続くロープで降りれるかもしれないけれど。
館華星が見えないのはかなりまずい。
「私は悪になり切る覚悟を持っています」
外から見える場所に川は無い為、飛び降りる事は不可能。
撃鉄の音に心音が混ざる。
「続きはあの世で。何れ私も行きます」
窓の外に人が見える。
同時に激しい振動と天井に亀裂が入る。
『窓から飛べ!』
天井が落ちる最中、声のままにガラスを突き破り、暗闇へ飛ぶ。
窓の外の男の子の胸に飛び込む。
翔太……君?
「離すなよ! 俺も結構きついから!」
ヘリに積んでいた覚えの無い縄梯子に捕まった翔太君に抱かれ、ビルを後にする。
けれど、どうして?
「楓が時間を稼いでくれたのと、こことPCPが近かったから俺を迎えに来させた。それと華音ちゃんから床に穴が開いてた事を聞かされた。作為的に開ける意味が無いから、多分老朽化したんだと予想した。だったら他の階も同じように老朽化してる可能性がある。だからヘリの上空から重いものを落として貰った。ただの賭けだけどうまくいって良かった」
……こんな男の子、惚れるしか無い。
「楓、血が! 大丈夫か!?」
これはただの鼻血だ。