終への願望
後をつけて来る車が無い事を確認し、次のポイントへ向かう。
移動車を繰り返し乗り換えたのと爆弾事件のお陰で、追跡に割く余裕は無いのでしょう。
この状況でも我々を追って来るとすれば。
翔太さんらを置いて他には無いでしょう。
その為に前例の無いテロ行為を行い、警察がそちらに行かざるを得ない状況を作った。
人数をかけて我々を追って来るのなら、警察の信用は地に落ちます。
組織は歴史がある為に柵が生じる。
だからいざと言う時の細かい動きが出来ない。
逆に言ってしまえば予測を立て易くなる。
この場合に危険な要素が翔太さん達のみ。
ですがこの状況で追って来る事はほぼ不可能。
桜庭財閥がテロの救援に向かった以上、恐らくは翔太さん達もそちらへ向かう可能性が高いです。
そこの車、止まりなさい。
……。
サイドミラー越しに車が来ていない事は確認しています。
だとすれば、上ですか?
1台のヘリが後をつけている姿を確認。
……この状況で正確に私の居場所を突き止めると言う事は。
正義さんが言っていた予想外の状況の1つに当て嵌まるのかもしれません。
監視するシステムがあるのではないかと。
黒の御使いが教唆した事件の解決速度が上がり過ぎている事。
もう1度言うわ。
そこの車、止まりなさい!
いくら翔太さんの頭脳を持ってしても、現在進行形で進んでいる殺人を止める事は至難の業です。
……なるほど。
場違いに状況を楽しんでいる事に気付く。
ですがお遊びはお終いです。
『犯罪者が何故犯罪を犯すか、分かるかい? 沙耶。もうそこに縋るしか無いからだよ。戻るべき場所が無くなってしまった場合、犯罪を犯して終わらせる事しか考えられなくなる。そうした事を大前提として、犯罪者を考えれば良い。一つは久遠正義が何を、どこで、何故終わらせたいのかを考えれば良い』
……。
モニターを見ながら、松本の言葉が蘇る。
『終わらせたいと思ってる人物は、その基準で見ていれば自ずと分かるものだよ。良い人か悪い人かではなく、何を終わらせようとしているかを見るんだ。憎しみとは、終わらせたいと思う意思なのだから』
終わらせたい意思……。
有村君の手紙に、憎しみが意思を持ったって書いてあった。
有村君で考えれば、自分を含めた華音ちゃんを植物状態にした人物に対する思いがあった。
その思いを終わらせるって意味では間違ってはない。
終わらせたいと、はっきり自覚したんだから。
それにその意思を確実に読み取るには、人を見てないと不可能。
……人を見る事の重要性を痛感する。
犯罪者は、一般人以上に人を見てる。
それに戻れない理由を持ってるんだろう。
「楓のヘリが追いついた」
車をつけるヘリの映像が流れる。
久遠がどこで終わらせたいかは、多分スカイツリー。
それなら、何故終わらせたいんだろうか。
翔太にも聞いてみる。
重要な事だと思うから。
「そうか……。 松本に会ったのか」
あたしが松本から聞くまでも無く、翔太はその答えに別の道からたどり着いた。
「俺にはその考え方は分かんないけど、何故自分の命を終わらせる必要があるかを考えれば、どのタイミングで実行するかが分かるかもしれない」
どのタイミングで……。
考えを止めない。
その考えに縋らざるを得ない?
違う。
久遠は多分自分の意志でそうする事を決めた。
元々あったものが意思を持ったとはちょっと違うけど、逆に言えば自分でタイミングをいつでも決められるって事。
こうなると厄介だ。
こっちが動くのが後手になっちゃうから。
「それが事実だとしたら、このまま俺たちが動かなければ、館華星が殺人を繰り返すだろうな」
だとしたら、打てる手はある。
こっちから動く事だ。
だけど久遠は多分動かない。
確証は無いけど、罠と分かってる所へ、犯罪者がわざわざ行くとは思えない。
「館華星を捕まえて、久遠の居場所を吐かせる事が出来れば……」
他に方法は無いんだろうか。
あたし達がすべき事は、出来る限りの可能性を考えて常に動けるようにする事。
「ああ」
翔太の目線があたしに向いてる。
どうしたんだろうか。
「いや……惚れた」
鼻血を同時に拭かれる。
「何で反射で鼻血出るんだよお前らは……」
ら?
「何でもないです!」
館華星さんが久遠正義に協力してる理由が知りたかったから。
2人には少なくない共通点を感じる。
だから迷わずに行こうって決めた。
「本音は翔太君と由佳ちゃんが2人きりになる状況を作りたかったのでしょう?」
全く無い訳じゃないけど、この人は好きじゃない。
「嫌われる事には慣れているわ。好かれる事にもだけれど」
車はビルの前で停車する。
ヘリが降りれないようなビルを瞬時に選ぶのは、これも計画に含まれてたのかと邪推してしまう。
「飛び降りるわよ」
『出て来たらすぐに連絡するから、スマホの電源は入れたままにしといて』
桜庭さんは迷う事無くロープを使ってビルの屋上にさっさと向かってしまう。
状況が状況だけど、かなり怖い。
そう言えば優子さんもこんな風に降りたのかと思うと、映画みたいな人達だと場違いな感想を抱く。
衝撃が凄かったけど、怪我をする事なく降りる事が出来、必死で桜庭さんの後を追う。
階段を降り切った瞬間、銃声に反射的に身を潜める。
走って行く音に、タイミングを見て桜庭さんが追いかける。
盾にするようだけど、その方が的を広げないで済みそうなのと、単純に下手に動いたら殺される恐怖があった。
「翔太君が警察を呼んでいるわ。それまでの時間を稼ぐだけで良い。分かったわね?」
壁越しに覗きながら、静かに私に言う姿は流石に頼もしさを感じる。
お嬢様なのに、こう言う状況に物怖じしないのは、皇桜花と何度も対峙してるからなのか。
扉が閉まる音がする。
すかさず扉の横に移動する。
「翔太君、由佳ちゃん。建物の外に逃げて行く人物がいたらすぐに教えて頂戴」
『分かった。死ぬなよ』
通話を手短に終え、桜庭さんはノックをする。
「入っても良いかしら?」
『ここは私の部屋ではありませんから、許可を出す権利はありません』
「撃たれてしまいそうで怖いのだけれど?」
『怖がっている声色ではありません。撃つのは私の自由ですが』
扉を開け、すぐに閉じる。
フェイクだろう。
撃って来るかどうかを確認する為の。
こんな説明をしてる時点で、私は既にこの状況について行けてない事を明かしてるようなものだ。
「あら、撃たないのね?」
『入って、来るが良い。桜庭楓』
声を失う。
2人ともいる?
『大丈夫だ。撃たないよう、命じている』
桜庭さんも表情が変わった。
「……まさかいるとは思っていなかったけれど」
『いらっしゃらないとは一言も言っていません』
桜庭さんは何故か入ろうとしない。
「ここで私達が部屋に入る必要は無いわ」
……もしかして。
人質にされるリスクだろうか。
『なるほど。賢明な判断ですね』
何となく境遇が似てると思ったから。
目が見えないのと植物状態。
兄弟が犯罪を犯した。
それなのに。
「館華星さんは何故犯罪を犯すんですか」
『全ての人を、不幸にしない為です』
「館華さんの兄弟は貴女を2度殺害しようとした。私も同じ。兄が犯罪者です。それに、館華さんは目が見えなくなった。私も1年ちょっと前までは植物状態でした」
『共通点が多い事は重要ではありません。立ち直るきっかけが決定的に違ったのでしょう』




