零を壱に
事件の調査を警官に任せ、遅れて着いたその現場は地獄そのものだった。
泣き叫ぶ声、救助や自衛隊の声。
埃っぽい感触と腐臭。
日本でこのような大規模なテロを実行に移したのは。
警視庁が襲撃されて間もないからである事は間違い無いだろう。
翔太君から、ネットの犯行声明の事を聞き、これが久遠正義が起こしたものだと確信に至る。
こんな事をして何の意味があるのかと言う激情と、警察の威信も何もかもが無くなるような感覚と、自分は一体何をしていたのかと言う無力感に囚われる。
「倉田さん」
やって来たのは桜庭君だ。
表情が少し変わったのは気のせいだろうか。
「久遠は翔太君達が追っています。それに、財閥からもボランティアを募りました。一刻も早くこの状況は何とかしなければいけないと思います」
立ち止まっている場合では無い。
そんな事が許されるような状況では無いと、朋歌さんなら言うだろう。
狙撃殺人の方法はもう分かった。
久遠の追跡は他の警官にも追わせているし、何より翔太君を信じるしかない。
警察としてのプライドでは無く。
一人の人間としての願い。
不可能を可能に変えるだけの。
着信が鳴る。
警察からの電話だ。
久遠正義は最後に死ぬつもり。
それを前提に考える。
今一体どこにいるのか。
翔太さんと由佳さんと手分けして、ひたすらモニターを眺める地味な作業。
だけど、警察は爆弾テロにも人を割かなければいけなくなった為、この作業で久遠を見つけられるかどうか。
だけど一向に見つからないもどかしさを感じながらの作業。
「トンネルとか建物内を頻繁に使われちゃってる。一応警察の人に伝えてはいるけど、難しいわよ」
そう。
さっきからずっと、由佳さんと2人で探してるけどその繰り返しなんだ。
勿論、殺害現場との関連性、メッセージ性何かの可能性だって考えてはいるけど、現場の法則性も見つけられない。
1つあるとすれば、殺害した人物が過去に犯罪を犯した可能性が高いって事位。
何一つの手がかりも見つからないのだ。
言ってしまえば、ただ闇雲に探して時間だけが経過してる状況。
「現状PCPのシステムで見つけられない……。 最後に奴らは死ぬつもり……。 書き込みでの犯行声明……」
翔太さんは考えてる。
考えて答えを導きだそうと。
私にしか考えられないような事は無いかとふと考えてしまう。
意志を持って協力はしてる。
だけどそれはまだ指示と雰囲気を読み取って動いてるだけかもしれないって思ったから。
……。
私の兄さんは犯罪者。
だったら。
目を閉じる。
犯罪を犯す為にどんな事を考えて行動するか。
久遠正義は兄さんに顔が似てる。
兄さんはどうする事も出来なかったけど。
「華音ちゃん?」
兄さんの代わりにじゃないけど。
同じ顔の人がまた犯罪を犯してるのは。
何も思わない訳が無いから。
心の闇が確かな意思を持って。
それ以外の事を頭から消してるんだろう。
他の人達だってそうだった。
久遠正義がどう行動しようとしてるのか。
それ以外の事を頭から無理矢理に消す。
色んな事があり過ぎたけど。
今だけ忘れる。
……。
深呼吸。
目的は翔太さんの推測通りなら。
犯罪者を裁いた後に死ぬ。
最後に死ぬのにどこを選ぶだろう。
チクリと痛む胸。
今だけは忘れさせて欲しい。
そんな事を気にしてる場合じゃないから。
犯行声明まで出しておいて。
人知れず死んだりするだろうか。
するかもしれないけど、0の世界には繋がらないと思う。
だったら。
この地獄みたいなテロ行為を行い、尚且つなるべく多くの人の目に触れるような場所を死に場所に選ぶんじゃないだろうか。
私がもし犯罪者だったら迷わずそうすると思う。
心臓が高鳴り、苦しくなる。
「華音ちゃん!?」
駆け寄って来てくれる由佳さんは本当に優しい。
この人がいなかったら。
私は変われてなかった。
大丈夫ですとお礼を言い、翔太さんの方を向く。
翔太さんに私の考えを言うなんて初めてだから意味も無く緊張する。
誰もが不可能だって思うような事件を幾つも解決した人に、自分の考えを言う事がどういう事か位分かってる。
だけど、何もしないでいるのは、犯罪よりも質が悪いって思うから。
「教えて貰える?」
翔太さんの声は穏やかだった。
森の奥には、2つの大きな鏡の塔が建ってたらしい。
今は車を止めたここからじゃ見えなくなってて、ただの森が広がってるだけだった。
あたしに黒いノートが来たのはこの事件の時だったんだと、記憶が一致する。
あのバカは無事だろうか。
本人には言わないけど、本音が心配なのは当然だ。
入り口は崩れてなかったから、実際の場所まで行ってみる事にする。
この通路まで鏡で作られてる事に驚く。
官野帝は、それまで叶わなかった自分って人間の表現を余す事無く行ったんだろう。
自分の考えがいくら犯罪者に染まっても。
心から建築を愛してたんだろうと何となくだけど想像出来る。
……ふと、あたしはどうだったんだろうかと思う。
闘う事が好きだった?
本当に好きだったなら。
周りのせいにして辞める事があるんだろうか。
対等な人間がいないって事を言い訳にして。
弟を言い訳にして。
頭を振る。
道の先は瓦礫の山だった。
それに、いつの間にか地面から結構上がった所に出口はあった。
僅かに傾斜があったのかと驚く。
とても奇妙な構造。
そしてここで殺人事件が起こった。
疑問は膨らむ。
黒いノートは皇桜花とは別の犯罪者なら。
やっぱり引っ掛かる。
どうして皇桜花は殺人の舞台にトランプ館を選んだのか。
んー……。
普段頭を使わないから良く分からない。
それに、別の犯罪者はどうしてこの建物を知ってるのか。
分かんないけど、気になる部分。
他にもこう言う建物が全部燃やされたって事だろう。
……。
分かりそうな奴に聞いてみよう。
確か圏外じゃなかった筈。
『何の用かしら? 優子』
事の経緯を説明する。