悪の深層
立ち込める腐敗臭と恐らくは砂埃にむせ返りそうだった。
財閥の方で要請したボランティアと救助隊、そして自衛隊での迅速な復旧作業を背景に、私は倒壊した館華財閥のメインビルの残骸を見ていた。
館華の自宅も、同じように爆破の対象とされた事は、モニターを見て知っている。
悪であれば家族でさえこうして殺害するのか。
それとも戻るべき過去を排除する為だけの行為なのかは分からないけれど。
テロリズム。
行為はもうそれなのを。
分かっているのだろうか。
意識不明の患者を担架で運んでいく姿が目に入る。
痛々しいなんて生易しいものではない。
右腕が吹き飛んでいる患部を圧迫し、懸命に呼びかける声。
もし、彼が罪無き人物だとしたら?
こんな事を考えると言う事は。
心のどこかで彼らの考える善悪に、共感している部分があったのかもしれない。
彼らの教唆する犯罪の裏には、被害者と加害者が必ずいて。
単純にそれが逆転しただけの下克上だと。
そんな風に考えていたのかもしれない。
その甘さは、恐らくだけれど心の支えを失ってしまったからだろう。
深呼吸をする。
埃っぽさと腐敗が混ざった最悪な空気に、甘さは全て閉じ込める。
どうして私がこうして今まで行動して来たかを思い出す。
私に取り入ろうとする者達が、外部に多く存在した。
そんな世界はいらないと思ったから。
ただ真っ直ぐな世界を望んだから。
桜庭財閥内は、そんな世界だから。
それを大きくして行ければ良い。
そして。
こんな事を許してはいけない。
同時爆弾テロが発生してから1時間。
翔太さんらは私達の犯行だと気付いて、その上で行動をしているでしょう。
私達の本当の目的は恐らく掴めてはいないでしょう。
最終的に私達がどうするのかを知る事は出来ても。
それでは意味が無い。
私は難なくアジトに戻り、次の計画の準備も終え、後は正義さんが戻るのを待つだけ。
また、埃被ったヴァイオリンケースが視界に入って。
思わず私はそれを手に取りました。
決意をしたその日から。
一度も開ける事の無かったそのケースを。
私は開けました。
……。
調律、手入れを行い、構えるまで。
無意識では。
ずっと弾いていたい。
その気持ちに嘘はつけませんでした。
鳴らした音は深みがあって。
それでいて狂気が含まれていました。
以前とは明らかに違う音。
どちらの方が好きなのか。
それは心の中だけに閉まっておきます。
お母様は、今は地獄にいるのかあの世にいるのかは分かりませんが。
もう、悪は滅びないといけないと。
確たる覚悟の証でした。
やんなきゃ良かったって後悔する。
こないだ皇と戦った場所もこのモニターで見れるのかと、操作を覚える感覚で探してただけだったのだ。
明らかに広い敷地が燃えたようになってるのを見つけた。
あのバカに野生の勘って言われたから、帰ったらもう1発殴っておく。
その場所に行って来てくれって言われ、同時に嫌だって言ったけど。
10分後に森田さんが迎えに来てしまう。
まあ、仕事は休みだから渋々引き受け、今に至る。
そして今、あたしは森田さんから渡された古い手帳を読んでる。
官野帝は、あたしも調べるのに協力したから分かるけど。
途中で出て来た桜花。
間違い無く皇桜花なんだろう。
あいつの幼少期を知り、あの反応速度の速さに納得が行く。
死なない為の本能だった。
あたしも良く婆に殺されそうになってたけど、あたしの殺されそうと皇桜花の殺されかけたは、その定義が全然違ったんだろう。
多分官野帝が死んでからの経験で、あの出鱈目な強さが作られた事は想像出来る。
……。
もし官野帝に拾われてなかったら。
唯の危険な女でその生涯を閉じたんだろう。
あたしと出会う事は無かったかもしれない。
ある意味、あたしは官野帝に感謝をしなきゃいけないかも知れない。
森の中にあるこの焼けた館で、官野帝は最期を迎えた。
そして、翔太が初めて事件を解決したのも。
翔太がどんな思いだったのかは想像出来る。
皇桜花は。
そして官野帝はどんな気持ちだったのかは分からない。
だけど、色んな事がここから始まったのは。
偶然にはしたくない。
有村秀介君の手紙は前に読ませて貰ったけど。
皇桜花は殺人の舞台にここを選んだ。
その意図だけは何となく分かる気がする。
自分の中の全てを終わらせる為に。
それを始めた。
焼けた建物は崩れ、どんな建物だったのかさえも分からない。
誰がこんな事をしたのかも。
さっき情報整理をした筈なのに頭が混乱してるのは。
引っ掛かる事があるからだと直感的に思う。
……。
そうだ。
黒の御使いはその前からあった。
色んな犯罪をしてた。
その中で有村秀介君に殺人教唆をしたとして。
どうして自分が関わったここを殺人舞台にしたのか。
偶々?
そうじゃない気が何となくしてる。
何でそう言い切れるかは直感だけど。
官野帝が最期を迎えたこの館で。
翔太が事件を解決して。
犯人が翔太の親友で。
皇桜花が殺人教唆をした。
それらが全部絡まって、あたし達は黒の御使いと戦った。
結果論として言っちゃえばそれまでだけど。
スマホが鳴る。
『何か分かったかしら?』
少しだけイラっとした後、何もと言う。
『そう……』
誰がやったかはあたしが分かる訳は無いけど、この1か所だけを燃やす意味は薄い気はする。
『あら。優子にしては鋭いわね』
どうせ理由をつけてそうさせるつもりだったんじゃないかと思うけど。
『こっちはこっちで何とかするわ。だからお願いするわ』
切れる通話。
最後の言葉に、並みならぬ力が籠ってた気がする。
……深く息を吐きだす。
お互いに仲が良いだけの関係は好まない。
だからこいつとの付き合いが長く続いたんだと。
雲行きが怪しくなって来た。
一雨来そうだった。