悪の慈善
ワゴンの運転手の正体が久遠だったとして。
こんな派手に動いて何をするつもりなのか。
既に大きなニュースとして取り上げられてる。
今までみたいな隔離空間での殺人じゃなく。
ワゴンを只管画像で追跡しながら考える。
トンネルや町中、更に車も変えながら移動してるため、中々現在の位置まで掴めない。
この間にも、次の標的に向かって移動してると思うと焦らずにいられない。
だからモニターを追跡するだけじゃなく。
他の手を打つ必要がある。
犯罪を止める為。
両小指を絡め、手を口元に当てる。
全ての殺人を遂行したとして。
奴は逃げられると思ってるのか?
そうだ。
逃走車に犯人がいるって言ってるようなもの。
隔離空間なら逃げる事も可能かもしれない。
だけど。
警察とこのPCPの監視から逃れる事が出来る?
それは不可能だ。
だとすれば。
捕まる事を計算に入れて実行してるんだとしたら。
……。
1つの可能性を思いつく。
だとしたら奴は……。
犯人が久遠だとすれば。
今一度、頭を整理する。
「また車を変えたのね」
ずっとこんな調子で、由佳さんと私は車を追ってる。
離れた場所で似たような狙撃事件が起きたから、今は私と由佳さんで役割分担してる。
だけど。
何でライフルなんてものを使ってるんだろう。
入手ルートから、犯人を特定出来ちゃうんじゃないのか。
ライフルを入手するような人が、そんなリスクを考えないで犯罪を実行するのか。
犯人が割れるのを承知の上で実行してるって思うのは考え過ぎだろうか。
それに、この犯人は何で何度も逃走車を変えてるんだろう。
このシステムの存在を、まるで知ってるような……。
狙いが見えない。
由佳さんのスマホが鳴る。
『松本大河を確保したわ』
良かった。
桜庭さんはもう仕事を果たした。
『まるで抜け殻のようだったわね。仲間の事を話すとも思えないけれど』
「松本大河……」
2回、ここに松本は来た。
だから私達は顔を知ってる。
頭が切れる、冷徹な人って言う印象だった。
その姿に恐怖さえ覚える程に。
『彼から話を聞きたいかしら?』
それは無理じゃないだろうか。
警察を差し置いて、話が出来るとは思えない。
「無茶な事言ってないで、手伝ってくれませんか?」
『そちらの状況はどうなっているのかしら』
簡単にこっちの状況を伝える。
『今から戻るわ』
電話の奥から優子さんの声が聞こえる気がするけど、一緒にいたのだろうか。
いけない。
集中する。
犯罪を止める為に。
今まで以上に自分の中で気合が入ってるのが分かる。
私の中で、答えが出せそうな気がしてるからかもしれない。
そろそろ、手法を変える時間だろう。
ここまでで7人。
全て、過去に犯罪を犯した社会悪。
全ての準備は整った。
組織が個人に潰される様を。
そしてそこから公開されるべき悪がある事を。
車の追跡とは別に、俺は他に変わった事が無いか情報を集めてた。
テレビ、SNS、ネットニュースに至るまで。
とりあえずは何もない事を確認しながら、PCでリアルタイムの映像を俯瞰する事にした。
このまま狙撃を繰り返すだけの犯罪を犯すに留まらない可能性を考えたから。
それに……。
窓の外はすっかり暗くなってた。
かれこれ、もう何時間も同じ作業をしてる事に気付く。
大きく伸びをし立ち上がると、いつの間にか帰って来てた姉ちゃんがお盆を持って入って来る。
「はいよ」
由佳から楓といたかもしれないような事を聞いたけど、また怪我でもしたんじゃないだろうか。
「死人みたいな顔をしてた。あたしが行くまでも無かったわね」
……。
犯罪者の末路なんて碌なもんじゃない。
だけど、それを覚悟しないで犯罪なんて犯さないのも事実だろう。
自分がどうなろうと構わない。
他人なんだから関りを持たなければ良い。
それなら、俺の周りの友達は?
考えれば考える程、分からなくなる。
その背反に、折り合いをつける事は無理なのか。
天井を見上げる。
天井はとても近い。
だけど掴めない。
「んで? どうなのよ」
気を取り直し、珍しく野菜中心のメニューな事に突っ込みたい気持ちを抑え、PC画面を再度見る。
変わった事は見られない。
だから大丈夫。
それなのに湧き上がる不安。
何か見落としてる事は無いか。
冷静に考える。
どうして奴らが今の今まで行動を起こさなかったのか。
その疑問が常にある。
準備をして始めた計画がこれだけで終わるのか?
もっと大きな計画があるんじゃないか。
そんな事を考えてしまう。
再度スマホを見る。
情報が常に更新されてるかどうか。
1秒1秒のペースで情報が更新されてる現代の情報の中から奇妙な点を見つけるのは至難の業だけど、炎上等の形で情報が得られる事もある。
「ち、ちょっと翔太これ!」
姉ちゃんがPC画面を指さす。
その光景は。
夜の暗い中、キャリブレーションをかけてしまってた為に。
より鮮明に映ってた。
時刻は22時。
古びた一軒家。
薄暗い部屋の中に。
倒れている人影が6人見える。
微かな寝息が、彼らの生存を証明している。
だが、部屋の中央には、カウントダウンを示す不気味なタイマーがあった。
タイマーには何かが取り付けられている。
残りの時間は10秒。
刻々と刻まれる時刻の中、彼らは静かに眠っている。
そして。
タイマーのカウントダウンが終わりを告げると共に。
強大な爆音と共に一軒家は一瞬で崩れたのだった。
同時刻。
20階建てのビルは、様々な会社が入っている。
この時間にも拘らず、ビルの明かりは全フロア灯っていた。
次の瞬間。
爆音と共にビルが崩れ落ちて行く。
その間、中の人達が出て来る様子は無かった。
同時刻。
住宅街に一際目立った3階建ての豪邸がそこにはあった。
明かりはついていなかったが、庭の手入れ状況が、人の気配を物語っている。
そんな個人の力を象徴するような豪邸が、一瞬にして爆散する事を。
家主は予想していなかっただろう。
吹き飛んだ表札からは、辛うじて『館華』の文字を読み取る事が出来た。