零の目的
報告されて来る犠牲者。
鮎川君からの情報を基に狙撃現場へと向かう。
現場の通りに不審者の類は見られなかった。
だが、現場の反対側の通りに、確かに止まっていた不審車。
普通であれば狙撃は不可能。
だが、それは地図から見た、或いは俯瞰からの映像しか見ていない為にそう思うだけであって。
もしかしたら。
その仮説は、現場について正しいものだと確信する。
住宅間に、20cm程の隙間が確かに存在していた。
確かに狙撃が可能と言う裏付けは取れた。
だが、ここの隙間から本当に狙って狙撃を行う事が出来るのか。
目撃者がいなかったと言う事は。
犯行時刻にこの通りを被害者以外に誰も通っていなかったと言う事。
現場の通りは、夜間は人通りが殆んど無い事は調べにより分かってはいるが、全く無い訳ではない。
確定した状況ではない筈。
その上で確実にこの隙間を通し、現場の通りを歩いている被害者に命中させる事が出来るのか。
それに、被害者は常にこの時間に帰宅をしている訳では無かった。
事件当日は緊急的な残業が発生した事により、犯行時刻の帰宅を余儀なくされた……。
ハッとする。
或いはその方法でなら、この状況は確定された状況だと説明がつくかもしれない。
念の為、用意して貰った、使用されたライフルと同じものを構える。
スコープを覗く……。
この場所からなら、現場の通りを奥まではっきりと確認する事が出来た。
捜査中の警官に指示と激励を伝える。
現場周辺の住民に聞き込みを行い、普段のスケジュールを確認する事が出来れば。
この狙撃は可能になるだろう。
後は鮎川君のモニター。
そして起こってしまった殺人事件。
奴らの居場所を、翔太君達が突き止めてくれると願う。
半径を500mに広げて、黒の御使いの逃走経路をようやく突き止める。
恐らくは事件後、台風の影響が収まるまで別の場所で待機をし、落ち着いてからここまで下水道を使って逃げたのだろう。
それ位の時間稼ぎは出来る筈だし、何より警視庁は黒の御使いの捜索どころではなかった。
突き止めたそこは、最近になって倒産した工場だった。
ここまで逃げてしまえば。
追いかける事は至難の業かもしれない。
一応倉田さんには伝えるけれど。
逃走経路から黒の御使いの消息を追う事が困難になってしまった。
であれば、何を私はすれば良い?
目的が達成されてしまった今。
彼らは何をするつもりなのか。
逃走?
それは可能性として低いだろう。
黒の御使いの国外逃亡に関しては、本部をここに移して間もなく対策がされた。
まだ日本にいる可能性を考えた方が良い。
であれば。
原点に戻る。
黒の御使いは、全てを失った者達の集まり。
そんな集団の大きな目的は。
皇桜花の死を以って達成された。
そんな状況の集団が何をするのか。
それは様々だろう。
けれど。
私はスマホを取り出す。
問題の不審車は、犯行時刻の15分前に来てそのまま被害者が倒れた後すぐに発進した事を倉田さんに告げると、倉田さんは納得したようにお礼を言ってすぐに切ってしまった。
何だったのかは分かんないけど、あたし達は不審車の足取りを只管に追ってる。
車を何度も変えてるらしく、追跡にはかなり苦労をしてる。
『ビルの前で止まったみたいだな』
翔太の声のとおり、しばらく動きが無くなったから、早送りをかける。
しばらくして、出て来た人物は帽子を被ってて顔がよく見えなかった。
男か女かもわからない。
『映像から身長って割り出せるか?』
警察じゃないからそこまでの専門的な解析はやった事無いけど、何かやり方があるんだろうか。
『例えば車の高さと比べて高いとか低いとか、周りと比べて大体が割り出せれば良い。こっちのPCだと拡大とかが出来ない』
車はワゴンだけど、それよりは低い。
って事は、多分あたしと翔太と同じ位の身長じゃないかと伝えると、翔太は沈黙した。
『そっか……』
……有村君も、同じ位の身長だった。
久遠正義も。
『確信が持てる情報は1つでも多い方が良いだろ』
いつだって翔太の中には、有村君を助けられなかった後悔があるから。
久遠正義を捕まえて。
答えが出るかどうかは分からない。
第一、あいつの目的は何なんだろう。
『0の世界が何なのかって事だな』
翔太が、久遠正義から聞いたその言葉。
何を0にするんだろう。
『あいつの事件をもう1回考え直す必要があるかもしれない』
この場合、事件の内容って言うよりも、どう言う人物が犯罪に関わって行ったかって事だろう。
殺害方法は、今この状況で意味が無いから。
『簡単に言えば、被害者が加害者に復讐をした。一言で言えばそうかもしれない。問題は久遠が何故そうしたかだ』
皇桜花は、被害者には何も触れず、加害者の内の1人を脅して全員抹殺し、その後脅した加害者を殺害するってやり方だった。
犯罪を肯定はしないけど、やり方は別にもあった筈だ。
『多分だけど、奴の思想が関わってる筈。皇桜花のやり方だと、被害者は何も変わらない。例えその事実を被害者が知ったとして、救われるかどうかは分からない』
あれ?
でも〇×の暗号が送られてきた事件の犯人は、警察に恨みを持った人物だった。
黒の御使いの考えが分からなくなって来る。
『それは想像でしか無いけど、時間が無かったんじゃないか? 多分機会を待ってるって思ったのは警視庁に直撃する、でかい台風を待ってたんだと思う。それにあの状況で黒の御使いが大きく動いた理由は、警官の人数を減らす事が目的だった。だから警察に恨みを持ってる人物の方が、動かしやすかったんだと思う。それに輓近の魔術師もそうだ。こっちの動きをより細かく見る為には都合の良い人物だったんだろう』
「酷いです……」
華音ちゃんの言う通りだ。
あの手帳の事が本当なら、皇桜花は官野帝から色々聞かされてたんだろう。
それは気の毒かもしれないけど。
皇桜花は悪な事に変わり無い。
『話を戻すぞ。久遠にとって重要なのは、加害者じゃなくて被害者なんだと思う』
被害者が重要?
『その証拠に、崖の城で奴が殺害した人物は、自分が被害者って訳じゃなかった。だけど被害に遭った人物は間違い無く存在した。それって、被害者を守りたかったんじゃないのかなって』
「それなら、どうして被害者に加害者を殺害させたんでしょう?」
指名手配中とは言え、自分で殺害しても良かったんじゃないだろうか。
『この犯罪の準備をする為か、或いは被害者が殺害をどうしてもしたいと久遠自身が判断したか。どちらにせよ、今の被害者も、何かしらの事を過去にやってるかもしれない。その先に久遠の目的がある』
要は、被害者を基準として、加害者をどうするかって考えで動いてるって翔太は推測してるんだろう。
モニターには、帽子の男が車に乗り込む姿が映ってた。
『リアルタイムで追えるようになったら、俺達もこの車を追おう』
「分かりました。無理なさらないで下さい、翔太さん」
その場所は、倉田さんからさっき連絡を貰った、殺人が起こった場所の近くだった。