零からの憶察
遅い朝飯を済ませ、由佳と拓さんからの連絡を見る。
今すぐにでも動かなきゃいけない衝動に駆られるけど、由佳は絶対に安静と言われてる。
第一、俺は頭しか使えないと冷静になれた。
家には由佳が使ってるノートPCが何故か置いてあった。
ここでも何か出来るように、由佳が配慮してくれたんだろう。
起動が完了した所で由佳からのVCが来た。
『家にいるわよね?』
ああと返事をし、状況を確認する。
由佳と華音ちゃんは、昨夜起こった狙撃事件を、楓は黒の御使いの追跡を行ってるようだ。
楓は多分、財閥内の人脈とPCPのモニターで追跡をするつもりなんだろう。
だからそっちは任せる。
何かあれば向こうから連絡が来るだろう。
狙撃された状況を確認する。
目撃情報も無し。
モニターでは、周辺に不審なものは特に無し。
この状況で犯人はどこから狙撃をしたのか。
周辺を見る限り、狙撃に好都合そうな高層マンションの類は無い。
……なるほど。
どうやって狙撃をしたのか。
どこから狙撃をしたのか。
それに、犯人は何故この人物を殺害したのか。
『何故って?』
十中八九犯人は久遠達だろう。
奴らは罪の無い人物は殺してない筈。
だったらこの被害者の過去に何かあったと考えるのが妥当。
犯人が久遠と断定するのは早い気もするけど、ライフルを簡単に手に入れられるとは思えない。
だったら持ってる犯罪者、尚且つ手帳を俺たちに贈るなんて事をやる人物で思い当たる人物を疑うべきだろう。
『華音ちゃんが調べてくれる』
どこでどうやってを考えるのは、拓さんに任せてしまえば良いだろう。
俺達がやるべきは、拓さんへの情報提供と他にそう言う犯罪が起きてるかと、どこで次の犯罪を行うかの予測。
『この状況で予測なんて出来るの?』
やってやる。
犯罪を逆算する。
例えば狙撃現場まで、奴はどうやって来るのか。
車なら周辺に止まってる車を探せば良い。
或いは徒歩で狙撃場所に向かってるのなら。
必ずモニターで捕捉できる筈。
ヘリを使われたとしても、音で気付くだろう。
奴らが犯人だと仮定すると、移動手段は多分その3パターン。
不審者の情報が無かったのなら、不審車。
犯行時刻に存在する不審車。
更に狙撃位置から逆算すれば。
『現場の通りに、1台も車は止まってないし、走ってる車もいないよ?』
両小指を絡め、手を口元に当てる。
通りには不審車が無い。
狙撃できるような場所も無い。
……俯瞰の映像に拘ってるから?
範囲を広げてみる。
通りの突き当り、その向こう側の道にまで広げる。
1台の車が停車してる。
時間を巻き戻してみても、その車は停車してから一度もドライバーは外に出てない。
そして犯行時刻の後に発進してる。
『車の中から狙撃したって事?』
可能性はある。
だけどもう1つ重要なのは。
奴は車で移動してるって事。
この車をリアルタイムで追跡し、奴を必ず捕まえる。
だけど。
こんな事をして、本当に0の世界なんてものが出来ると奴は本気で思ってるのか?
奴の目的は……。
黒の御使いは警視庁襲撃後、ビルの地下道から下水道へ逃げ込んだ。
分かっている情報はここまで。
けれど、そのまま地下にいる事は考えにくい。
だとすれば。
地上に出てもばれない場所から外に出た可能性は無いだろうか。
例えば浄水場。
けれど、そんな場所を占拠してしまえば流石に警察に気付かれるだろう。
他に可能性は無いだろうか。
……。
無意識の内にあり得ないと思っている事が無いだろうか。
浄水場だと思った理由は何か。
通常であれば下水道から出て来た目撃情報が1つ位はあっても良い……。
ここだと気付く。
室内にマンホールがある可能性は十分に存在する。
モニターでも追えない可能性が高い。
黒の御使いは、PCPにあるモニターを知っている。
であれば。
そう遠くは無い場所に繋がっている可能性は追えるだろう。
翔太君からVCの申し込みが来る。
『そっちはどうだ?』
推論を翔太君に話す。
黒の御使いが今後どのような活動をするのかは分からないけれど、こちらはこちらで終わらせないといけない。
例え皇桜花が死んでいるとしても。
罪は消えないから。
『死ぬなよ? 絶対』
翔太君は死んでもおかしくないような状況を何度も経験している。
私達を無意識の内に守ってくれていたのかもしれない。
言葉に確かな重みと想いを感じる。
頭を振る。
黒の御使いを探すきっかけを掴んだだけなのだから。
これからが本当に重要になるだろう。
園原友梨佳は小学生の頃に繰り返しいじめを行っていた。
小学生のいじめを取るに足らない事と思っている者が多いかもしれない。
だが、被害者達は今尚心の病に苛まれていた。
子供の頃の不幸を美談とする事は、果たして善なのだろうか。
本当の不幸が起きている事から、事実を背けてはいないだろうか。
或いはそのような状況に置かれている人物に、自分も同じような経験をして来た事を伝える事は。
本当にその人物の救いと成り得るだろうか。
私はそうは思わない。
現に殺害した人物は、その罪を忘れてしまっている。
そのような世界はあってはならない。
田澤貴弘さんは、狩りと言う名目で沢山の動物達を殺していました。
それも、警察に悟られる事の無い人気の無い場所で、何度も場所を変えながら。
亡骸は地中に埋めると言うやり方で。
人の罪は本当に深く、醜いもの。
弱肉強食の世の中であっても。
果たしてこれは許されるのでしょうか。
生きる為には生物を犠牲にしないと私達の生命は成り立ちません。
それと同じと、本当に人は思うでしょうか。
賛同しない方は多いと思います。
ですが1匹の動物の骨が見つかったとして。
それが事件に繋がるのでしょうか。
だから撃つ事が出来ます。
裁かれない、悪だから。