それは某K氏の手記2
Zが上下に連なる塔には、ある細工を施した。
上下の感覚など、人は持ち合わせてはいない。
更にエレベーターの扉を2つにする事で、この奇妙な構造を活かした不可能犯罪は可能となるであろう。
周りを花で彩れば。
巨大な墓の出来上がりだ。
とある建物をモチーフにしてはみたが、中々の出来栄えだ。
犯罪に、心の闇を願う。
海岸から見えた崖に建てた城は。
いつからか犯罪を犯す為だけの建物となっていた。
死期を悟った今だからこそ告白するが、ここに自分の家を建て、絶景を楽しめればそれで良かったのだ。
自分の家を自分で設計する事で。
自分が表現したいものが見つかるかもしれないと思ったから。
何故こんなにも悪意に染まってしまったのか。
何故運命は変わってしまったのか。
それは私にさえ、分からないままだ。
蛍が集うよう、特殊な設計で作った造木の中心に建つ館を造った。
幻想的にも見えるこのシチュエーションだが、1つだけ細工を施した。
恐らくは何故と言う疑問より先に、犯罪に使われる可能性が高いもの。
壁を貫通する1つの穴。
覗いても誰もそこにはいない。
更に壁の先には巨大な絵を飾る。
こうしておけば余程の事が無い限り、気付かれる事は無いだろう。
幻想空間に於いても。
人は殺意があればそれでも犯罪を犯すのか。
私の答えは明白だ。
雪が多いこの地域に、ぽっかりと穴の開いた場所を見つけた。
更に、孤島のようにぽつんとそびえる地帯。
犯罪を犯すには十分な立地だろう。
この立地が気に入った為、こちらからの願いは無粋だろう。
だから呪いの文章だけを遺しておく事にする。
この呪いの意味に気付いた時、犯罪は加速する。
この塔は自信作だ。
2つの塔に、鏡を施した。
人は自分の姿を直視できない。
それは自身が抱える心の闇が存在するから。
自信のポイントは、この塔が1つである事だ。
1つの塔に、2つの塔に案内された人物達が集まるように。
鏡1枚で隔てられた空間。
その鏡の1部にだけ、細工をしておいた。
偶然発見した技術を応用した。
電気を流すだけで。
何故か鏡がただのガラスに変わってしまう。
魔法のような、悪魔のような仕掛けだ。
更に。
塔へ続く道にも細工を施した。
本当に僅かだけの傾斜。
だが、これはあくまでも種である。
これは、願いに留まった。
願わくばそう。
その場にいないながらも。
そこに存在する人物を殺害出来るような。
言わば遠距離殺人とでも言えば良いだろうか。
私にはその構想まで至らなかったが。
どのような人物であれば、それを可能にしてしまうのか。
ただ1つ言える事がある。
可能にした人物は、純粋な悪であると。
そこは不思議な地域だった。
雷が多発する峠がそこにはあった。
同時に、最も悪魔じみた発想が浮かび、心底悦んだ。
雷を全て遮断する建物を建てる。
雷を遮断すると言う事は、外に電気が流れて行かないと言う事だ。
こうしてしまえば、勝手に人は爆発する。
入ったら死ぬ呪いの館の完成だ。
だが、人の手で制御できるよう、手動式の巨大アースを備え付けておいた。
ブレーカーを使った暗号に隠し。
暗号のヒントはこの館の形にしておく事で。
何れ解かれるだろう。
もっともらしい地下室まで用意したのは、この建物の意味を煙に巻く為だ。
この建物は、本当は入っただけで人が死ぬ。
地獄の館であると言う事実を隠す為の。
こうして建築した建物は存在を知られる事も無く、誰によって造られたかも分からず、年月を重ねていくか。
或いはふとした事がきっかけで。
本来の役割を果たすかは定かではない。
8年と言う年月をかけ、建物と言う種を蒔いた。
ここに来て私は、不思議な達成感に満ちていた。
経緯はどうであれ。
私と言う人物を、建築を通じて表現をする事が出来た。
それが意味する事が何であれ。
私は私を表現した期間は至福だった。
もし私が、遠い昔に犯罪者として汚名を着せられていなかったら、違う形、違う表現となっていただろうが、関係は無いのかもしれない。
自我とは所詮その程度のものだ。
積み重ねてきた歴史からしか、自我は形成されないのだ。
1つだけやり残した事があるとするならば。
子孫であろう。
女性に好かれていたかは分からないが、良く声はかけられた。
尚、私自身が建築にしか興味が無かった事と、長期に渡る隔離生活を送っていた為、子孫を残す事は不可能になってしまった訳だが。
養子を貰う事を決意した理由はもう1つある。
子孫に私の心の闇を打ち明ける事で、子孫がどう動くかを観察したかった為だ。
どう動くか、は適切では無い。
私が予想する通りに動いてくれるかを見たかったと言った方が恐らく正しいだろう。
つまり、その可能性を持った子供を探す必要があった。
私は心理カウンセラーを騙り、問題を抱えた子供と何度も接触を試みた。
胡散臭いと拒否されるケースもあれば、実際に変化があった事を感謝される事もあった。
まあ、感謝については心底気味が悪かったわけだが。
繰り返し幾つもの孤児院、少年院を渡った。
私自信の寿命の問題もあり、焦りもあった。
体に違和感を覚えていた訳では無いが、平均寿命に近付いていた。
いつ死んでも何ら不思議は無かった。
訪問しては、近くのビジネスホテル、或いはベンチで泥のように眠る日々を送っていたある日。
その少女と出会った。
その少女と最初に出会った時、少女は包丁を握っていた。
私は少女に問いかけた。
何故包丁を持っているんだと。
少女は答えた。
持ってないと殺されちゃうからと。
どう言った環境で育ったのか。
直ぐに興味が湧いた。
職員の話によれば。
毎日のように、親に殺されそうになっていたらしい。
理由は私にとっては定かではないが、その事実によって、包丁を持ち続ける今の少女がいると言う事の方が重要だ。
再び、少女に話しかける。
名前を知りたかった。
幸か不幸か。
少女は自分の名前も分からなかった。
自分の名前を知らない、尚且つ殺されそうになっていた話から。
親に自分の名前を呼んで貰った事が無いのだろうと悟った。
同時に、この少女を引き取る決意をした。
例え少女が自分の名前を思い出した所で、恐らく意味は無いだろう。
包丁を持っていた為、少女の周りに人はいなかった。
そして好都合だった。
名前も分からない、ただ包丁を持っていた女の子としか記憶に残らないだろう。
少女を引き取った帰り道、私は少女に訪ねた。
世界は憎いかと。
少女は答えた。
殺されるのは嫌だと。
私はゆっくりと少女から包丁を取り上げた。
少女は頭を抱え、錯乱状態に陥ったが優しく抱きしめた。
君の名前は今日から皇桜花だ。
野に咲く桜、王の花だ。
少女、桜花の絶叫はしばらく続いた。