それは某K氏の手記1
私自身が生きた証を記載する訳では無い。
この手記は。
人間の憎しみが詰まったもの。
とある人物の心の闇を書いたものと思って頂ければ良い。
敢えて自分自身の名前の記載はしないでおく。
誰が何をした、が重要なのではない為だ。
このような心の闇を押し付けられた人物がどう言った末路を辿るのか。
その事実のみが重要なのである。
言ってみればそうだな……。
某K氏の手記とでもしておこう。
私はとある上流階級の家で、次男として生まれた。
生まれた経緯自体はごく平凡であろうと思っている。
だが、物心ついた頃。
自分が住んでいた建物を見て、その建築物に運命を覚えた事は朧気ながらに覚えている(朧気ながらと記載している理由は、後述にて推察頂ければ恐縮である)。
私自身が建築と言うものに興味を持ったのは、間違いなく生まれた場所だろう。
幼い頃から書物を読み漁り、建築と言うものに没頭していた。
その為だろうが、友人はいなかったが、だからと言って何も不自由はしていなかった。
終戦後には、海外へ渡りたい気持ちで期待を胸に抱いていた。
事実を話せば、終戦前からその気持ちは抱いてはいたが、日本との国交に於いて問題が存在していた為、断念をしていた。
7年の年月が経ち、私は意を決し、欧州に渡った。
書物で見ていただけの建築様式が目の前に広がっている様子は、今でも興奮が抑えられない程の気持ちでいる。
これらを見て、自分なりの概念を作り出す。
その為に。
だが、1つ重大な問題が存在していた。
私自身が、建築を行う事によって何を表現したいのか。
それに気付かされたきっかけでもあった。
何が目的なのか。
ただ私は。
好奇心を満たす為だけにしか建築を捉えていなかったのだ。
表現をする事を忘れ、概念を作り出す事だけに没頭したと表現する事が的確だろう。
私は日本に戻り、建築家としての仕事をしながらアイデンティティを求めた。
ここまでが。
私の全てが変わるまでの簡単な流れである。
とある事をきっかけに。
私の全てが黒く染まる事となったのだ。
海岸に建てる為の立地調査をしていた際に、きっかけは訪れた。
浜辺に死体が打ち上げられていた為、警察に通報をした。
死体に対して特別な感情は抱かなかったが、警察の事情聴取や取り調べが嫌に長く続いた事を覚えている。
連日の事情聴取と取り調べ。
第一発見者でしかない私に、何を求めているのか皆目見当がつかなかった。
取り調べが続くにつれ、私の指紋や家庭環境を細かく聞かれるようになっていった。
不信感が極限に達した時、刑事が私にきっかけとなる一言を告げた。
「貴方を殺人の容疑で、逮捕します」
捏造された証拠の数々。
曖昧な目撃証言でさえ、決定的なものとして扱われたようだ。
半ば強制的に逮捕された私だが、逮捕されてからの日々はあっと言う間の出来事であった為、当時は不信感から戸惑いになっていた。
繰り返し行われる現場検証。
その様子を、私自身は他人事のように見ていた。
だが、嘘を真に塗り替わりつつあるだけの日々に一瞬だけ光が見えた。
数々の証拠に不可解な点が浮上した。
誰かは知らないが、有能な警察官がいたのだろう。
全ての証拠は証拠になり得ないとして棄却された。
だが、だとしたら犯人は誰なのか?
私が逮捕されてから、一向に犯罪が起きなくなった。
状況的な証拠であれば、私である可能性が非常に高いだろうと言う、耳を疑いたくなる判断だった。
そうして私は、逮捕される事も無く。
全てから隔絶される生活を送る事を余儀なくされた。
欲しい物を要求すれば何でも届く。
周りも自然に囲まれており、文句のつけようが無い場所だった。
だが、誰もいない隔絶された私に生まれたのは。
純粋な憎悪と絶望だった。
移送先で生活を始めてから、私の中に芽生えた憎悪は黒く、重たくなるばかりだった。
どうやって殺害してやろうかなどと言う甘いものでは無かった。
この世界の全てが憎かった。
過去の思い出など、この時に思い出した事は一度も無かった。
ただどうやって殺害しようか。
その1点だけだった。
本の中の話でしかないが、成功者の秘訣と言うものがあるらしい。
目標に向かってただ進む。
私の今の状態そのものではないか。
成功者は皆悪か。
目的に向かって進む、それ1点のみに集中していると言う意味で。
私は成功者そのものだった。
誰もいない生活の中で確かに育まれた心の闇。
ある日、1人の男が来た。
自分でも気味が悪い位に笑顔だった事を覚えている。
この生活を始めてから、この時既に25年が経っていた。
外出の許可が下りたのだ。
あの警官が自責に駆られて、今更このような処置をしたかどうかは定かではない。
私はこの期を逃す気はなかった。
復讐をする。
ただその1点だけだった。
様々な殺人計画を練り上げた。
だがここまで来て、1つ大きな問題に直面する。
自分自身が年を取り過ぎていた。
それに、当時の警官がどこにいるかを知る手掛かりは無かった。
絶望した。
誰もいない真夜中の海辺で、ありったけの声で叫んだ。
この時、自分の奥底には。
絶望を抱えたまま死にたくはない。
その1点だったのだろう。
勝ち負けを議論するつもりは毛頭無いが、このまま死んでしまうのは許せなかったのだろう。
どうするか。
只管に考えた。
育ち切ってしまった心の闇を消す選択肢が、この状況で浮かぶ人間はいないだろう。
半ば途方に暮れ、歩いた。
街中を歩いてもこちらを見る者がいないのは、年月が経った為と、ある程度の身だしなみを整えていた為だろう。
人と言う人に憎悪しか抱かなかった為、さしたる興味は持たなかったが。
やがて人里を離れ、とある建物に辿り着く。
何も無い場所に建てられた、意図不明の建物。
唯の廃墟だったが。
この時私には明確で恐ろしい。
悪魔じみた考えに魅せられた。
犯罪を犯す為の建物を造ってみてはどうだろうかと。
全国各地に。
分かるような人物にしか分からないような。
そんな建物を造ってみるのはどうだろうか。
日本に於いて、テロリズムと言われる行為は少ないが。
こうした間接的なテロ行為を行えば。
どれだけの人物が食いつくだろうか。
心の底から希望が湧いた。
自分がなし得なかったような事を。
他人の犯罪を助ける事で。
自分の心がどのように変化するのか。
言い換えるのであれば。
憎悪を蒔き、後世に憎悪を託す。
理解は不要だ。
同じ境遇に遭った人間にしか。
この気持ちを理解する事は不可能なのだ。
だから。
理解せざるを得ない環境を作ってしまえば。
それだけで人は気付くかもしれない。
善悪など、この世のどこにも存在しない事に。