いつだって人は罪に苛まれる
台風が去ってくれて、モニターの映像がクリアになった。
警視庁周辺は、膝まで浸かるような水溜りの規模の台風にも拘わらず、既にマスコミや野次馬、警察の姿が見える。
「肝心の黒の御使いのメンバーは、1人も捕まってないですよね」
華音ちゃんの声からは、悔しさしか感じない。
これだけの事件が起こったのに。
台風の如くあっという間に過ぎ去った。
警察の足止めと天候。
きっと両方計算されたものなんだろうと今更ながらに思う。
倉田さんは現場を離れられないとさっき連絡を貰った。
だから代わりの応援の刑事さん達が、翔太達がいる現場に向かってる途中だ。
きっと何とかしてくれると信じてる。
だから不安も大きくなってるだけだと思い込んで、あたしは何とか冷静を保ってる状態だ。
優子さんもいる。
楓さんだっている。
心から絡みついて離れない、嫌な気持ち。
「出来る事、探しましょう。由佳さん」
華音ちゃんがどんどん頼もしくなっていってる。
きっかけを作ったのはあたし。
ここで立ち止まっちゃダメだ。
頭を振り、別荘らしき建物のモニターを見る。
俯瞰映像しか無いけど、異変があれば分かる筈。
角度を変えて、変化が無いかを観察する。
割れた窓。
乱反射したような眩しさは、割れた破片が反射してるから。
拳銃なのか何なのかは分からないけど、間違いなく翔太達が、誰かと建物内にまだいる証拠。
発砲されたのが脅しなのか……。
窓には誰の姿も映らない。
角度を更に変える。
入り口だと思う場所に、ドアが無い。
何が起こったのか。
巻き戻してみる時間は今は無い。
別の角度。
別の窓が割れてる。
……首を傾げる。
おかしい所が無いか。
「どこかおかしいですか?」
漠然としかしてない。
試しに拡大してみる。
台風が過ぎて、今は快晴。
あ。
ガラスの破片が外に落ちてない。
「そう言えば……」
俯瞰の映像。
太陽が出てる。
本当に割れた窓の原因が建物内からなら。
ガラスが落ちてないのはおかしい。
「外から……って事ですか……?」
不安が一気に加速する。
翔太達は無事なの……?
一瞬だった。
窓ガラスが割れる音。
壁にめり込んだ弾丸。
震えている藤堂。
仰向けに倒れた皇桜花のこめかみから吹き出した血が、床を赤く染めあげていく。
「ちっ!」
阿武隈川愛子がすかさず窓から出て行く様子を、ただ見る事しか出来ないでいる。
優子も限界だったのだろう。
膝をついて崩れる。
翔太君が追いかけられる訳が無かった。
突然の狙撃。
「前の事件も……」
大怪我をしているこの状況でさえ、翔太君は考えを止めていなかった。
何の為の狙撃なのかが分からない以上、窓際に立たないようにする以外に、今私が取れる行動は無かった。
「は、ははは……」
ゆらゆらと立ち上がり、藤堂は壊れたように嗤いはじめる。
「やはり貴様らが悪だったな! 見た事か! いくら吠えた所で悪は滅びる! あの時と同じだ! はははははははは!」
藤堂への不快感が急激に増した所で、藤堂のこめかみから大量の血が噴き出す。
2発目の狙撃だと認識した時には、藤堂の肢体が力無く地に倒れる。
「今は動かない方が良い」
無差別に?
誰もいないような場所を選んで?
意味が分からない。
確実にここに人が来る事を知っている人物。
……一体誰が?
救急車の手配と、倉田さんへの連絡。
既にこちらに警察は向かっている事を知る。
後は由佳ちゃん達へ。
『翔太は無事ですか!?』
止血はしたし、弾も貫通はしているようだけれど、急いで病院へ運んだ方が良い状況だと言う事を、簡潔に伝える。
「俺も姉ちゃんも大丈夫」
黒の御使いの大犯罪は、憎しみだけを遺し、皇桜花の死を以って幕を閉じた。
警視庁襲撃事件は、テレビで連日のように報道された。
死者は150人にものぼり、犯人グループの目的は一切公表されなかった。
中でも、犯罪者側の死者が0人だった事実は賛否両論となり、SNSやメディアで大きく取り上げられた。
臆病者と叩く人もいれば、人命を尊重した、あの極限下での勇気ある行動だと称える人もいた。
黒の御使いのメンバーの行方は警察も追ってはいるものの、やはり消息は掴めない状況だ。
そんな事実を、俺は入院生活の中で知る。
入院キャラみたいになってるのが釈然としないけど、今は完治が先決。
それに。
狙撃での殺害。
呪恨館の事件で。
犯人は狙撃によって殺害された。
双鏡塔での事件でも。
狙撃によって犯人を殺害しようとした。
まるで動きを見せてなかった事実。
予感が膨れ上がってく。
直感レベルだけど、確信を持てる感覚。
「入るわよ」
由佳が入って来る。
例によって兄弟揃っての入院の為、由佳に世話をして貰ってる。
「また体拭いて無いじゃないのよ!」
看護師が置いてったお絞りを、例によって考え事をしてた為に忘れる。
「早く脱ぎなさい」
殺気じみた声にノーと言えず、脅されるように俺は上半身を脱ぐ。
決まってこいつは、俺の脇腹に手を充てる。
何度気にすんなって言っても。
由佳にとっての罪滅ぼしなのが分かるから、俺も何も言えない。
爆発の時に刺さった破片の傷跡。
由佳にとっての儀式が終わった後、黙って俺は背中を拭かれる。
表情は見ないようにしてる。
微かに聞こえるすすり声は、聞こえない振りをしとく。
行動の意味も、気持ちだって全部説明が出来る。
「はい、終わり」
そんな無言の時間が過ぎ、軽く背中を叩かれる。
素直にありがとうとお礼を言う。
どんな時でも礼儀を忘れちゃダメだって事を、俺達は事件を通して学んだから。
由佳は姉ちゃんの所に行くからと出て行く。
……。
両小指を絡め、手を口元に当てる。
警視庁は工事中の為、桜庭コーポレーションが仮拠点になってる。
拓さんの提案と先日の事件の行動、警察拠点の提供によって、俺達PCPは正式に警察との連携を実現させる事が出来た。
奴らが皇桜花を狙撃した可能性は高い。
以前言ってた事を思い出す。
0の世界。
指名手配の犯罪者、久遠正義。
奴が自らそう言ってた。
何を以って0の世界かは分からない。
だけど、その0の世界の為に、犯罪者である皇桜花を殺害した。
どうかしてると思うけど、奴らの思考は多分こう言う事だろう。
奴らが何をしでかすかは分からない。
それに、警察も今は混乱の最中にある。
今行動を起こされれば、とんでもない状況になるのは確実。
怪我に対して、これから起こるだろう犯罪がすぐそこまで来てる。
逸る気持ちを抑える為に、こうやって必死に考える。
けど、それだけじゃないのは分かってた。
秀介に似てるから。
だから俺はここまで固執して、犯罪に関わり続けてる。
いつまでだって。
俺にとって秀介は……。




