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ザイカオクサツ~吉野翔太の怪事件ファイル2~  作者: 広田香保里
罪3 黒の天使地に舞い降る
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小さくて大きな第一歩

 華音ちゃんは、ゆっくりと相手の言葉を待ってる。

本当は1秒でも時間が惜しいけど、この交渉が無駄になる事が一番のリスク。

だからあたしはただ待つ。

前はそんな自分を嫌悪してたかもしれない。

待つ事は無力だって。

そうじゃなかった。

辛抱強く待ったから、今必死に交渉してる華音ちゃんがいるから。

大雨はまだ止まない。

だから倉田さん、そして翔太達の無事を心の中で懸命に祈る。

「共存……か」

 相手の男がゆっくりと口を開く。

「逃げない人間は、この世にはいないのではないか?」

「逃げる事を否定しません。恥ずかしいですけど、私も逃げてばっかりでした。 ……でも、逃げても、何も変わらなかったんです。それで引っ叩かれて」

 華音ちゃんはゆっくりと深呼吸する。

引っ叩いた本人が目の前にいるとは、相手の男も思ってないだろう。

「いつかは逃げるのを止めないといけません。 家族の人が亡くなってしまったら。会う事も出来ません。何より、何も伝える事は出来ません」

 華音ちゃんの、有村君への後悔。

華音ちゃんも、翔太と同じく有村君がきっかけで苦しんで、それでも前に進む決心をした。

「一目で良い」

 相手が、折れた。

「写真を見れればそれで。私が過去に犯した罪は消えない。それがきっかけで黒の御使いに所属するしか道は無かった。両親に会いに行けば、スネークによって両親にまで危害が及ぶ。だからそれで、構わない」

 吐き出すように続けた男の声は、最後の方は震えてた。

「なるべく早く、お届けします。では、お願い出来ますか?」

「文章は考えているのか?」

「メールで送信して貰います。お待ちください。それではまた。ありがとうございます」

「こちらこそ……ありがとう」

 深みのある感謝を聞き、通話を切る。

同時に華音ちゃんが腰を抜かす。

「すみません……緊張し過ぎちゃって……」

 最初にしては上出来じゃないだろうか。

下手かどうかは分からないけど、結果的な交渉に成功した。

結果が全てじゃないかも知れないけど、今はそれが重要だ。

華音ちゃんへの賛辞はこれ位にして、あたしは倉田さんに連絡を取る。



 台風による大雨が続く中、警視庁の惨劇は続いていた。

時折聞こえる銃声と、幾つもの死体。

そして爆発音。

煙が立ち込める中、匂いを想像するだけでも吐き気を催したくなるようだ。

「5125から連絡だ」

 その声と同時に、何故か銃声が止む。

「虎からエージェントが目的を達成したと受けた。引き上げだ。迅速に。以上だ」

 指令と共に、何故か軍服の人物達は警視庁の入口へと進んでいく。

その様子は、まさに洗練された軍そのもの。

だが、彼らはれっきとした犯罪集団なのだ。

一人残らず迅速に撤退し、川と化した道路を横断していく。

警察の応援が無いのは、道路を遮るように止まっている幾つものトラックのせいだ。

犯罪者たちは迷わず、ある建物へと入って行く。

建物に籠るのかと思えば、そうではない。

扉を開けると、そこに存在するのは地下への階段。

こうして警視庁襲撃と言う大事件は、いったんは収束を迎える事となったのだった。



 ……。

庁内をモニターで見る。

入口へ迅速に離れていく黒の御使い。

逃走経路を追うのは困難だろう。

だが、事件の拡大を防ぐ事は出来たと見て良いだろう。

「倉田さん、上手く行きましたか?」

 鮎川君の声に、私は肯定の返事をする。

華音君は腰を抜かしているらしい。

大変な役目を押し付けてしまった上に、成功させてしまったのだ。

感謝以外の何物でもない。

メンバーの番号識別。

虎は恐らく松本大河の事だろう。

「メンバーには申し訳ない気持ちでいっぱいですがね」

 テレビ電話の相手が毒づくが、返事をしている余裕は無い。

「例の交渉の件はお願いしたい」

 家族……。

誰にでも家族はいる。

それを断ち切る事は決して出来ない。

電話の男も、そこに何かを感じたのだろう。

対して華音君は、両親と有村秀介君を亡くしている。

スマホとPCの通話を切ると、すかさずスマホが鳴る。

画面に安堵し、ボタンを押す。


「拓也さん? 大丈夫なの? ニュースで今凄い事になってるけど」

「ああ。大丈夫。私は生きてる。朋歌さん」

「はぁー……良かった……」

「心配をかけてすまない。だが、まだ事件は終わっていない」

「……絶対に死なないで?」

「ありがとう」


 短い会話だけで、こんなにも力が湧いてくるものなのか。

被害甚大とはいえ、我々の無事は確保された。

後は翔太君達だ。

無事でいて欲しい。

外のトラックをどかすのに時間が掛かるが、そんな事は言っていられない。

鮎川君から情報を貰い、応援をよこす。

そして私もなるだけ早く現場へ向かう。

今は現状を見る。

ただそれだけだ。

スマホを握り締める。

TとTのイニシャルストラップ。

拓也と朋歌が揺れた。

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