全ての共存なんて子供じみてるけど
テレビ電話が繋がるのをただ待つ。
何を話そうかなんて、全然考えてない。
こんな状態で本当に交渉が出来るのか。
由佳さんが隣に座っててくれてるのが唯一の救いだ。
私は、1人じゃ何も出来ない。
誰かの手伝いをする事位でしか、役には立てない。
何をしようにも、誰かについて貰わないと。
モニターに男の人が映る。
「貴女が有村華音さん、でしょうか?」
「よ、宜しくお願いします」
「何か用があるとしか伺っていませんが」
「今、黒の御使いが警視庁を襲撃してます」
「知ってますよ。それが計画でしたから」
「貴方に、それを止めて欲しいんです」
「それは出来ない相談ですよ。我々はその為に動いた。そしてその過程で今の状況になる事を承諾したんですから」
「……私は」
本当は相瀬さんに伝える事が出来たら良かった。
無意識の内に下がった目線をモニターに向ける。
どんな選択肢も選べないなら、選ばなければ良い。
「殺人を犯すって言う選択肢が浮かばなくなる世界を望んでます」
「はは! 何を言いだすのかと思えば」
「殺意は生まれてしまえば消せません。それならもう、生まれた殺意が犯罪を犯さないように。目の前の犯罪を解決するしか無いんです」
「それが仮に実現するとしても、私が協力する事は考えられない。それを分からずにこのような場を設けたんですか?」
こんな方法じゃダメだ。
どうしたら良い?
こんな時、兄さんと翔太さんだったら……。
考える。
2人ならきっと原点に戻る筈。
「どうしました? 何も言い返せないんですか?」
黒の御使いは、ある人物を殺害する事を目的に作られた組織。
組織の人物は、ネット記事によって晒された人と晒した人。
大金と名誉、全てを奪い、戻る道を塞いでしまう。
……要は戻る場所が無い。
それなら。
はったりでどこまで出来るか分からないけど。
後で倉田さんに頼んでみよう。
「貴方には、家族がいらっしゃいますか?」
「もう戻れないのだから、意味は無いでしょう」
「いらっしゃるんですね」
「いたらどうなるんですか」
「ご家族の方が、貴方に会いたくないって思ってると思いますか?」
「会う事は許されない」
「人の縁は、絶対に消せません。戻れないって言うのは、ただ逃げてるだけだって。私は学びました。戻れないんじゃありません。戻るのを怖がらないで下さい!」
「それで全てが上手く行くとは思えない」
「例え面会出来なくても、手紙でのやり取りがあるだけでも変わると思います」
「取引材料はそれか?」
口調が僅かだけど鋭くなった。
口調の変化がどうなるのかは分からないけど、興味が湧いた、或いは揺らいでる?
こっちにとってはプラスだと思っておく。
「私達の目的は犯罪を無くす事です。その中で私が出した答えが、目の前の犯罪をどうにかするって事なんです。だからこれは取引じゃないです。私にとっての共存です」
「取引ではないか」
「違います。私はこれで、損も得もしませんから。犯罪が無くなれば。目の前の犯罪をどうにかしたい。ただその願いだけです」
「その思いが叶えば、取引になるのでは?」
「平和になる為の行動が損得だなんて言わせません」
「……」
今度は画面の向こうの相手が黙る。
だけど、無駄な追及はしたくなかった。
痛みを痛い程に知ってるから。
話して話して無理矢理こじ開けるか、黙って開くのを待つか。
私は後者を選びたい。
「何?」
皇は翔太君に視線を向ける。
翔太君が思わず言いたくなったのは当たり前だろう。
「寝惚けた事言ってんじゃねーって言ったんだよクソガキ」
死んだ人はどんなに大切な人でも生き返らない。
だから何も出来なかった無力な自分を何とかしたくて。
翔太君はここまで来た。
皇のやっている事は、翔太君の生き方を根本から否定する生き方だから。
「貴様がどう思おうが関係無い」
皇が胸倉を掴む手を強くしたらしく、藤堂の呻き声が聞こえる。
「関係無くてもてめーは死人を生き返らせてしか自分の心の闇を何も出来ねー屑だって事だ!」
「さあ。早く官野帝を蘇らせろ。お前がやってこそ意味があるんだよ。蘇ったら確実に貴様を殺すだろうな? そして私が官野帝を殺してやる。それで憎しみは綺麗さっぱり全て終わる」
……。
皇の殺人教唆のやり方を思い出す。
雷鳥峠の事件では、過去に犯罪を犯した人物に、その始末をさせるやり方だった事を思い出す。
考え方は破綻していないけれど、子供じみている事に変わりはない。
何より、この世の人の全てを否定している。
けれど、どんなに願った所で、絶対にかなわない願いだと言う事が分からないのか。
或いはそう願うしかもう方法が無いのか。
どちらか分からないけれど、少しだけ複雑な気持ちになる。
「叶わない願いを勝手に他人に押し付けんじゃねーよ!」
「それ以上喋るなら、遠慮無く打つわよ?」
阿武隈川は、拳銃を翔太君にロックする。
私は視線を、壊れた扉の方に向ける。
この状況を打破したい。
人並み以上に運動はしているけれど、拳銃相手に何かが出来るとは思えない。
だから願う。
早く目を覚ましてと。