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ザイカオクサツ~吉野翔太の怪事件ファイル2~  作者: 広田香保里
罪3 黒の天使地に舞い降る
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嵐の死闘1

「怖いよ……あの人」

 まただ。

そう言われるのは何度目なのか、数えるのも面倒になった。

それは年を重ねても同じだった。

「君は、まさしく武道の天才だ」

 あたしに言わせてみれば、天才である事に何の意味があるのかと思ってた。

ただ、楽しくてしょうがなかった。

勝つ事?

違う。

おっさんと爺には毎日負けてた。

負ける事無しに強くなれるって事を知らないんだろう。

この世には人間しかいないのに。

いつからかは分からないけど、急激に自分の中から熱が冷めてくのを感じた。

だからやりたくも無い料理を仕事に選んだ。

フロアスタッフとして、迷惑な客を追い出すのは勿論役割だったけど、厨房もある程度任せて貰えるようになった。

でも、仕事だからやってるだけだ。

面白いとは思わない。

けど、たった一人の女に負けるなんて経験は無かった。

鈍ってたかもしれないけど、それでも。

この状況を、あたしはもしかしたら……。


 目を覚ます。

楓はミラー越しにあたしを見てすぐ視線を逸らし、翔太は色々何かやってるけど放置する。

出来る範囲のストレッチをし、準備する。

次は本気で殺しに来るってあいつは言ってた。

殺されるつもりは毛頭無いけど、負けたら死ぬ事は分かる。

勿論そんな戦いは初めてだけど、不安は無かった。

多分それは、対等以上の相手だってあたし自身が認めてるのと、ワクワクの方が勝ってるから。

『翔太! 見つけたわ! 不審車!』

 由佳ちゃんからのVCだろう。

「早くて助かる! 位置は?」

『そのまま進んで! まだ移動中みたい……あ、止まった!』

 もうすぐその時は来るだろう事を確信し、あたしは目を閉じる。

集中力を高める為に。

周りの音を、意識的に遮断する。

自分の中のリズムに耳を傾ける。

無音の中にだって、ちゃんと音は存在する。

意識して深呼吸する。

あたしの目的は、あいつを捕まえる事。

けど、多分それだけじゃ勝てない。

相手はあたしを殺すつもりで来る。

あたしがあたしを保ったまま、それでも皆の為に出来る事は。

あいつが積み上げてきたものを、壊す。


 そして車は止まる。

目的地なんだろう。

静かに目を開ける。

視界は少しだけ白い靄がかかってる。

霧じゃない。

あたし自身の集中力が極限まで来た証拠。

車を出ると同時にぽつぽつと雨が降り始める。

皇桜花は正面に見える車に向かって拳銃を構えてた。

後ろには女が1人。

あたしに視線を向ける皇は、後ろの女に男を任せ、別荘らしき建物へ入って行く。

翔太と楓はあたしを一度見て、女を追いかける。

「死なないで」

 強風によって遮られたけど、確かに届いたその言葉は、あたしが苛つく奴からだった。

「まさかこんなに早く来るなんてね、思ってなかったよ。吉野優子」

 雨足は急激に強くなり、やがて東南アジア圏のスコールを思わせる豪雨が降り注ぐ。

皇は、ただ天に向かって大声で嗤う。


「まさか雨に濡れた位で動きが落ちる事は無いよね? 吉野優子」

「だったらさっさとあんたを建物に誘導するんじゃないの?」

「あはははは! それもそうだね! 愚問だったよ!」

「あんた相手だったら、殺す位で行った方が丁度良いわよね」

「へー? じゃあ今度は本気が見れるんだね? 吉野優子」

「やってみれば分かるんじゃない?」


 お互いの言葉が止み、豪雨の音だけが響く。

嬉々とした表情で繰り出された蹴りを受け流し、クロスカウンターの要領で顔面に蹴りを見舞う。

勝負に於いて一番必要なのは集中力。

避けるしか出来なかった蹴りを見切る余裕まで出来る。

けど、それが通用するようなレベルの相手じゃない。

軸足でそのまま回し蹴りを仕掛けられる。

ここでこの蹴りを受け止めたら、そのまま懐に連続で攻撃を食らう事を本能で察したからだろうか。

受け流して距離を取る。

「私に対して本気を隠しても戦える相手だとはな」

 油断じゃないと悟る。

こいつも対等の相手と戦った事が無いのかもしれない。

「それなら殺すだけだ」

 突きを躱し、反撃をするタイミングで膝蹴りを食らうけど、同時にボディに一撃を見舞う。

追撃をしようとする両手をお互いに掴み合い、力勝負に持ち込まれる。

分かってはいたけど、力も相当強い。

膝蹴りを膝で受け止め、均衡状態に陥る。

けど、おかしい。

こいつは今まであたしの攻撃を食らう事はあっても、相打ちしか無い攻撃はしなかった筈。

明らかに攻撃のスタイルを変えて来てる。

反射的に距離を取る。

「へー? 距離を取ったんだ」

 考えるより先に、何かあると体が感じる。

そして今度はこっちから攻撃を仕掛ける。

ガードの上から攻撃を繰り返し、ガードが崩れる瞬間を狙う。

崩れた瞬間を狙って放った決めの突きを当たり前に躱され、手を使って側頭部に蹴りが飛んで来る。

手でガードすると同時に、逆足の蹴りを突き飛ばして何とか掠るに留める。

掠っても出血は免れない威力の蹴りを、この天候の中で出来るのはこいつ位しか知らない。

「ガードだけは大したものだな」

 分かってて言ってるんだろう。

ガードなんて元々やる必要さえ無かった。

それなのに、だ。

血を拭っても、目に入っても負けは確定。だから顔を下げる事は出来ない。

雨で体力を想像以上に削られてるけど、まだまだ動ける。

繰り出される蹴りを今度は避け、足を払う。

体勢を崩した所に背中への蹴りを見舞うけど、器用に反転してガードされ、足を踏み台に距離を取られる。

「お前も私と同類みたいだな」

 は?

油断しないようにしながらも、気が抜けざるを得ない発言。

一応聞き返す。

何言ってんの?

同類だなんて有り得ない。

「なら何故笑っている?」

 ああ、そう言う事。

「こんな状況で笑っている人間はお前以外に知らん」


「そうなれば良いなって、思ってたから」

「何の話だ?」

「あんたみたいな強い奴があたしの周りにいたら、止めなかったって事よ」

「天才の苦悩と言う奴か? 下らん」

「あたしが天才だろうがどうでも良いのよ。要はお互いを高め合える存在がいれば良かった。そう言う存在が必要だった」

「何が言いたい?」


 あたしは拳を握る。

何で犯罪なんて下らない事をした!

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