翔太と由佳の想いは固く
「黒の御使いがどうしてあるのか。あらかた推測は立てているだろう」
「皇桜花が、ある人物を殺害する為に作り上げた組織、で合ってるのかしら」
「そう。そして、私の最愛の妻は、下らない女を助けたせいで命を落とした」
「それなら、どうして貴方は阿武隈川愛子と行動を共にしてるの? 意味が分からないわ」
「お互いに、もう普通の生活にはもう戻れない。それだけの話だ」
「とある廃墟の病院の隠された地下室に、人が入れるサイズのカプセルがあったのは確認してるわ。あれと何か関係があるの?」
「そこまで知っているとは……」
由佳さんと松本の、拳銃下でのやり取りをただ呆然と見てる事しか出来ない。
「阿武隈川愛子と貴方が別の病院に、頻繁にお見舞いに行ってた。その事実を考えると。松本沙耶さんを治療する為の装置だったんじゃないかなって思ってる」
「それがどう繋がると言うんだ?」
由佳さんはそれでも松本から目を離さないでいる。
理由なんて聞くまでも無い。
翔太さんがそうしてるから。
翔太さんは犯罪者から目を離す事を一瞬たりともしなかった。
けど、今までの犯罪者とは訳が違う。
それでも、目を離さないのは驚きだ。
「どう繋がるかは分かりません」
「何を言いだすかと思えば……時間稼ぎと言う訳か?」
「貴方にこれだけは言っときたい」
「何かな?」
「それだけ愛した奥さんに、今の貴方はそぐわない! 絶対に! こんな事して、奥さんがどう思うかなんて考えるまでも無いんじゃないの?」
「全員がそう思うだろうな。だが、考えてもみてくれないか。君が愛している人物がいない世界なんて、どうでも良いとは思わないか? 例えそれを望まなかったとして。どうなると言うんだ? この世界で生きたいと、それでも胸を張って言えるのか?」
「言えないわ」
「それなら、今君が言った事は全て無意味じゃないか」
「そうじゃない! 奥さんが愛した自分自身を汚す事は違うって言ってるの!」
「ほう……」
「もうあんたの命はあんただけのものじゃないのよ! 奥さんと分け合ってるのよ! それが分からないのに安直に染まるのは奥さんへの冒涜よ! 誰だって愛する人が死んだら絶望するわよ! だけどあんたのやり方は間違ってる!」
……。
翔太さんへの愛情が痛い程刺さる。
「鮎川さん、有村さん!」
勢いよく、柳生さんが入って来る。
「また貴方ですか……」
「これはこれは。この天候の中お早いお着きで」
松本は拳銃を由佳さんに向けたまま、柳生さんに向き直る。
「今度は対等に行かせて頂きたいのですが」
「死体が2つ、増えても宜しければ」
「それは承諾し兼ねます……」
悔しそうに、柳生さんが入り口を退く。
拳銃を由佳さんに向けたまま、隙無く後ずさる松本には余裕さえ感じられてしまう。
「充分な足止めは出来た。ここに用はもう無いので安心して頂きたい」
そう言い残して去るのかと思えば、松本は由佳さんを見る。
「君は本当に沙耶に似ているな」
一言だけ残し、松本は部屋を後にする。
緊張の糸が解けた。
私と由佳さんはへたり込む。
「お二人ともご無事で何よりです……」
老人は、悠々とした老後を送っていた。
毎日のように旅行を重ね、この日も台風接近にも拘わらず、老人しか知らない別荘へと付き人と共に向かっていた。
リムジンではなく乗用車ではあったが、充分だと老人は考えていた。
その代わり、お気に入りの別荘でのひと時を常に楽しみにしている。
妻はもう他界し、子供達もそれぞれの生活を手に入れていた。
計画通り、台風の影響がまだ少ない内に目的地に到着すると、すぐに異変に気付く。
既に車が1台止まっていた。
不審に思い、付き人に様子を見に行かせようとしたその時だった。
銃声と共にフロントガラスが割れ、運転席から血飛沫が上がる。
続いて助手席の人物も、現状を理解する間も無く血を流して倒れる。
震えながら物言わぬ肉塊を見つめ、前方へと視線を移す。
そこにいたのは、高校生位の見た目の少女だった。
少女は嬉々とし、今にも喜びを爆発させるかのような表情で一言言い放つ。
「官野帝。分かるな?」
少女の声は、とてつもなく冷たかった。
由佳からの電話を即座に受け取る。
『ごめん! 遅くなって!』
ホッと体の力が抜ける。
『VCの方が良いよね? PCに繋ぐわよ』
すぐさまヘッドセットを装着し、PC画面に由佳の画像が映る。
本当に何も無くて良かった……。
『本当に今始めたばっかりなので、そちらで何か掴んでる事があれば教えて貰えると嬉しいです』
華音ちゃんの声。
深呼吸し、俺が考えてる推測を話す。
皇桜花が誰を殺害しようとしてるのか。
既に引退してから10年以上経つ元警官。
尚且つ、現在存命の元警官の中で、殺人事件の捜査を専門に行ってた人物。
そいつに、会おうとしてるんじゃないだろうかと。
『なるほど……』
『そのリストってこっちにある?』
楓に視線を向ける。
「デスクトップのフォルダに入っているわ」
由佳が席を離れ、別のノートPCを開く。
楓から貰った、以前の事件から使ってるノートPCだ。
『他に何か思い当たる事、ありませんか?』
今は無い。
だから考える。
今回の事件を整理する。
台風が東京に直撃するのを見越し、奴らは警視庁を襲った。
外部からの警察も簡単に突入する事は出来ないだろう。
第一俺達が向かった所で何も出来ない。
それなら。
皇桜花が向かう場所として挙げられる場所はどこか。
標的が向かう先じゃなく、皇桜花が向かいそうな場所。
モニターで見た惨状を思い出す。
ものの数分であの状況が作り上げられた。
台風による豪雨からものの数分で。
この事実から考えられる事は、速度を何よりも重視してる可能性がある。
それなら。
台風の影響が東京に及んでいる際に、まだその影響を受けてない場所。
ラッキーだった。
天気予報の図しか見た事無いけど、台風は基本的に南から北へ移動する。
だったら水没しない場所へ移動する為に北上を続けて良かった。
俺達の移動先は正しい筈。
そこから大まかな方向を逆算すれば……。
時間は分からないけど、視点を変えて考えれば良い。
台風が上陸すると分かってるのに、車で出かけようとする車は多くない。
更に言えば、人目につかないような場所を移動してる車がある筈。
『急いで調べます!』
VCを中断し、俺も範囲を絞りに行く。
「ナビゲートはお願いするわ」
姉ちゃんが後ろで寝てるのを気にも留めず、楓はアクセルをフルに踏む。