乗っ取り
taiga_matsumoto:モニターからの景色はいかがでしたか?
松本大河……。
ここを襲う事は無いって言ったのは、こう言う事だったのかと今更納得する。
華音ちゃんは画面をあたしを見て察し、モニター役を1人で請け負ってくれる。
yuka_aikawa:とんでもない映像でしたよ。吐き気がする位に
taiga_matsumoto:お気に召さなかったようで申し訳無い。次回以降は気を付けさせて頂く。
yuka_aikawa:あんた達に次回は無い! 一体何の用?
taiga_matsumoto:簡単ですよ。貴女とお話がしたかった。それだけです。
yuka_aikawa:恋に落ちたとでも言うつもり? 一度はっきりとお断りしましたけど?
taiga_matsumoto:私にかまけている暇があるのかな?
悔しいけど、こいつの言う通りだ。
今は目の前の事に集中しないとダメだろう。
深呼吸をし、モニターに向き直る。
「だから直接お邪魔させて頂く」
銃口を向けられるのと、あたしと華音ちゃんが振り向くのは同時だった。
「吉野翔太依存のやり方で、先手が取れるとは思わない方が良い」
迂闊だった。
翔太達は急いでたし、あたし達もそこまで気が回って無かった。
「予測してはいたが、リアルタイムでの監視システムか。まさか犯罪を1つも完遂出来ずに終わるとは思わなかった」
「貴方が松本大河さんなんですね」
「これは驚いた。どう調べたのかは分からないが」
見舞い人のリストに、確かにあった松本大河の名前。
「どう言った経緯で今私が黒の御使いに入っているか、知りたくはないか?」
その手は食わない。
時間稼ぎだろうから。
多分こいつがここに来た目的は、あたし達にこのシステムを使わせない為。
そうなれば、翔太達が皇桜花を追う事が難しくなる。
「つまらないな。全く」
だからあたし達に出来る事は、こいつを何とかする事。
でも、あたしと華音ちゃんの2人で?
どうやって?
「出来れば、殺したくはないがな」
華音ちゃんだけでも逃がす事が出来れば。
けど、それは不可能だろう。
だから、誰かが来てくれる事を祈るしかない。
結局時間稼ぎをするしか無いのか。
どの道あたし達でこいつをどうにも出来ない。
「……良いんですか?」
「賢明な判断だ。 ……さて。どこから話そうか」
松本は椅子に腰かけ、あたし達にも座るよう促す。
「松本沙耶さんが、誰かに殺害されたんですか?」
いきなり華音ちゃんが核心を突く。
今ある情報を考慮すれば。
ワイン瓶の墓。
そこに建てられた松本沙耶の墓。
その弱みを見事に突かれたと考えれば。
松本も他のメンバーと変わらないだろう。
「そこまで調べられていたとはな。どうやら侮っていたらしい」
拳銃を構えなおし、あたしに向ける。
撃って来ないと願うしかない現状が、この上ない緊迫を演出する。
「沙耶は不幸な事故で植物状態になった。ある女を庇ったせいで」
庇った?
どう言う事だろう。
「一度、会っている筈だが?」
「阿武隈川愛子……ですか?」
松本は天井に向かって発砲する。
それが答え?
頭の中が混乱する。
火薬と死体の匂いが混ざり合い、文字通りの地獄が警視庁内に舞い降りた。
絶えず聞こえる銃声。
準備をしていなければ、間違いなくここで一方的な殺戮が広げられていただろう。
ライオットシールドで狭い通路を複数個所塞ぎ、これ以上の侵入を食い止める。
破壊されてしまった部屋もあった。
被害がどれだけに及んでいるか想像するのも悍ましいが、これ以上は好きにさせない。
皇桜花は間違い無くここに来る。
そう踏んでいたが、いくら探せどもそれらしき人物がいない。
それ所か、リーダーらしき人物さえも見つからない。
ただ、最初の計画通りに行うかの如く。
只管に奴らは殺戮を繰り広げていた。
目的が見えない。
だとすれば。
皇桜花はここにいない可能性も考慮出来る。
それにだ。
翔太君の話によると。
警視庁前は既にトラックによって封鎖されている。
この状況で、皇桜花は作戦が失敗する事を考慮しないのだろうか。
……。
なるほど。
奴がいないとなれば話は早い。
この暴動を一刻も早く抑える事が何より先決。
これ以上の犠牲者は。
絶対に出させない。
おかしい。
由佳ちゃんからの連絡が一切来ない。
位置情報を補足出来なかったとしても、何かしらの連絡はしてくれていた。
「由佳ちゃんに何かあったって事?」
途中で拾った優子が、後部座席から声をかけて来る。
「弦さんに連絡しといた。けど、多分到着に時間が掛かるとは思う」
視界は無いにも等しい。
大型台風の影響がここまでとは。
今まで、いかに楽をして来たかを痛感する。
けれど、進むしかない。
翔太君は、車に設置されているPCを操作し、ここからモニター捜査を試みる。
闇雲に探す事は難しい。
けれど、ここら一体が浸水する事も考慮すれば、止まって落ち着いて探す事も難しい。
「誰を殺害しようとしてるのかが分からないと無理だ」
翔太君はPCの操作を止める。
両小指を絡め、手を口元に当てる。
今ある情報をもう1度精査する。
皇桜花の祖父に当たる官野帝。
彼に関する事がきっかけで、黒の御使いと言う組織が生まれた。
そして最大の目的は、ある人物を殺害する事。
「その人物を殺害する為には、黒の御使いって言う組織が必須だった。けど、官野帝が関わった事件がきっかけで、どうしてある人物を殺害しようと皇桜花が思ったのか」
そう。
それが分からない。
あくまでも個人的な意見になってしまうけれど、昔の事件によってどんな憎しみが生まれたかは分からない。
その憎しみを皇桜花が持ったのは何故なのか。
「でもさ、あいつ言ってなかったっけ。憎しみなんて引き継がれる訳が無いって」
確かにそう言っていた。
「憎しみなんて引き継がれる訳無いよ? 感情って言うのはさ? 意思を持つか持たないか。それだけだよ?」
そんな内容だったと思う。
皇桜花の話の真偽を追うかは兎も角、話が矛盾してしまっている気がしてならない。
意思を持つか持たないか。
ここだろう。
感情が明確な意思を持ったから。
皇桜花は今の大犯罪を実行に移した。
それなら。
「仮説が全て正しいかは分からない。けど、今の話を考えれば、官野帝の事件を知ってそうな人物なら皇桜花は殺害しようと思うかもしれない」
……だとすれば。
「あんたに任せるわよ。あたしはそれまで寝てるから」
本当は由佳ちゃんの所に行きたい筈なのに。
優子なりの準備なのだろう。
優子を連れて来た理由は唯一つ。
止められるのが優子だけだから。
「なら、官野帝の年齢は生きてれば90近くなんだから……」
翔太君はPCのデータを見始める。
私は、兎に角浸水が起きなさそうな場所へ車を走らせる事に専念する。
「80~90代の元警官のリストってあるか?」
確証は無い。
けれど、年齢を考えるのであれば妥当な所だろう。
そこからどう組み立てるのか。
心の底から震えあがる感覚。
そうだ。
今更思い出した。
私はこの体験を常にさせてくれたからこそ、翔太君が好きだった。
「お、おい! 大丈夫か?」
いつの間にか私は泣いていた。