台風の目
お久しぶりです。
体調が優れなく、先週アップするつもりでしたが遅れました(汗
それではどうぞ!
真っ暗な部屋の中、少女はイスに座り、ただ瞑想をしている。
容姿は高校生、或いは中学生にしか見えないが、残虐な犯罪を幾つも重ねている、指名手配中の犯罪者だ。
秒針の音も無い、本当の無音の空間で、表情も変えずに目を閉じたままだ。
ノックの音と共に、男が入って来る。
にも拘らず、少女は目を閉じたままだ。
「1週間後だそうだ。予報は」
その言葉を聞き、少女は心の底からの笑顔を浮かべる。
「警察もまだしぶとく厳戒態勢を敷いてるみたいだから、ここは動かないね」
「問題はPCPか?」
男の問いに、少女はくすくすと笑う。
「大した問題にはならないよ? 動き方の癖が固定しちゃってるしね。そもそも吉野翔太頼みの行き当たりばったりの策を問題視なんてしないよ」
「まあ良い。1週間後で良いか?」
「良いよ。全員に改めて言っておいてね。初動を早くして、迅速に状況を作り上げてって」
「ああ」
男は素早く部屋を出て行く。
再び目を閉じる少女の口元は、隠しきれない喜びで満ちていた。
事件解決から2週間は経った。
あれから黒の御使いのアクションがきっぱりと途絶えた。
拓さんも厳戒態勢を解除するか迷ってる。
どうしてあれだけ派手に動いておきながら、ここで様子見をする理由として考えられるのは、警察が厳戒態勢を解くのを待つって事。
けど、そんな事を予想しないであれだけの大犯罪を行うとは考えられない。
もっと明確な理由があると予想する。
時間が残されてるかどうかさえも分からない。
隣に座ってモニターを見てる由佳。
黒の御使いの行動を追えないか。
事件が解決してからずっとモニターで探してるにも関わらず、消息が分からない現状。
楓と姉ちゃんが聞いた情報は、ある人物の殺害。
官野帝の情報。
……分からない。
奴等の目的が分かった所で、どう動けば良いのかが見えて来ない。
頭を掻く。
「ねえ、翔太」
由佳を見る。
何か見つけたんだろうか。
「この事件が解決したら、デートして?」
そんな事か。
勿論行くけど。
「そんな事ってどう言う事よ」
何か見つけたのかと思ったけど、良く考えてみれば何日も探してるんだ。
視点を変えた方が良さそうだ。
警察が厳戒態勢を敷いてる間に俺達に出来る事。
……。
両小指を絡め、手を口元に当てて考える。
1つだけ気になる事があるとすれば。
殺害したい人物を。
何故すぐに殺害しなかったのか。
それがそもそもおかしい。
警察の上層部にいる人物は、警備の人間がついてる可能性もあるけど、そもそも数で誤魔化してしまえば良いんじゃないのか。
警官をいとも簡単に殺害出来る組織。
矛盾してる。
そう考えてみれば。
簡単に殺害が出来ない人物じゃないだろうか。
例えば殺害したくても出来ない人物。
……なるほど。
楓が死んだ人間の蘇生なんて意味分からない事を言ったのはそれが理由か。
ただ、それは考えられない。
別の理由がある筈だろう。
例えばどこにいるのかが分からない行方不明者。
でも、恨みを持った人物を直ぐに探し出せるアンテナを持った犯罪者が、見つけられない事があるだろうか。
しっくりこない。
気分転換にテレビをつける。
テレビはどこも警察殺害の事について報道されてる。
同時刻に大量に殺害されたのだ。
それも無理は無いだろう。
犯罪研究家の意見も出てたけど、黒の御使いの情報も、目的さえも曖昧な形で濁されてた。
警察からは情報を一切公表してないのだろう。
俺自身犯罪心理学は講義で勉強はしてるけど、まだまだそれを活かせるレベルじゃない。
事実を基にした推測。
他に見落とした情報は多分無い。
……あ。
殺害したくても出来ない状況。
もし、隔離されてる人物だとしたらどうだろうか。
警察の厳重な監視の元に。
それだったら。
警察を狙う理由も。
殺害を直ぐに行えない理由も納得が行く。
俺はスマホを取り出す。
錯乱状態から落ち着いたって連絡を倉田さんから貰って、今私は拘置所に来てる。
相瀬花梨。
2週間前に捕まった連続殺人犯だ。
倉田さんは電話が掛かって来て、また私1人で面会する事になったけど、前回程は緊張してなかった。
扉を案内の人に開けて貰う。
俯いたままの相瀬さんが座ってた。
挨拶をし、パイプ椅子に腰かける。
「何の用ですか」
相瀬さんの目から、明らかな敵意が見て取れる。
それでも、私は犯罪者の事をもっと知りたい。
いや、知らなければならない。
私が知りたいのは、どうして殺害を決意する事が出来たのか。
けど、いきなりそんな事を聞いて答えてくれる訳も無い。
だから私のいきさつを相瀬さんに話す事にする。
兄さんの事。
今までの事。
犯罪者と話をしようと思ったきっかけ。
全部を話す。
話す過程で、以前由佳さんが話を聞きに行って拒絶された話を思い出す。
自分の事を話す程。
私の意思が固くなるのを感じる。
これは私がやらないといけないって。
心が叫ぶ。
自分の事を話し終える。
相瀬さんは黙ったままだった。
「お兄さんがきっかけで、私達みたいな人間を知りたいと思うようになった。それだけですか?」
そう。
薄いけど。
それが私の全て。
別に薄くても良い。
気持ちを分かって欲しい。
薄い人が出れない世界なんて私はいらない。
「薄いのは私も同じか……」
苦笑交じりの溜息の裏に、どんな心の闇を抱えてるんだろう。
「両親は警察から冤罪をかけられて自殺しました。そして事故で私は聴覚を失いました。そして私はマスコミからしつこく詰め寄られ、施設暮らしを余儀なくされました。それからずっと警察が憎い。それだけですから」
警察が憎い……。
闇の深さが表情から伺えないのは、錯乱してた時に全てを出し切ったからかもしれない。
私にも分かる。
私は長時間沈んでたから。
それが短期間に爆発したのなら。
相瀬さんのようになってたかもしれない。
今の私があるのが、本当に周りの人に恵まれたからだと心に突き刺さる。
でも、この状況で手を差し伸べても意味が無いと思う。
「私は相瀬さんに同情するつもりはありません。対等な立場として。それに黒の御使いの大犯罪を止める為にここに来ました」
「同情なんてされたら文字で呪い殺していました」
「聴覚を失った後、無事に取り戻せたんですね。いつ頃聴覚は元に戻ったんですか?」
「……」
「言わないと言う事は、推測でしかありませんけど、黒の御使いに取り戻して貰った。そう考えると相瀬さんが犯罪に加担した理由がより強くなりそうですね」
「考察力が凄いですね。ですが、それはどうでしょう? それだけで犯罪に加担する理由としては薄い気がしますけど」
「相瀬さんが殺害した警官の中に、実際に過去の事件に関わった警官がいたとしても、ですか?」
「なるほど……」
「それでしたら、例え利用されても相瀬さんにとっての確かなリターンがあると考えます」
「はぁ……」
相瀬さんが観念したかのような溜息を漏らす。
全く根拠の無い当てずっぽうの割にはうまく喋れたんだろうか。
心臓がバクバクしてるけど、必死で表情を作るよう努める。
「言ってる事は全て当たっています。そこまで考えられる方が他にもいるんですね」
ホッと胸を撫で下ろす。
改めて相瀬さんを見る。
真面目な表情の反面、僅かな体の震えは何なのだろうか。