戦前の沈黙
薬莢を回収し、ライフルをケースに仕舞う。
距離にして1500mは離れた地点に狙撃地点はあった。
素早く立ち上がり、女性は髪をかき上げる。
何故女性が少女を助けたのか。
謎に包まれた中、女性は屋上を後にする。
自宅に着いたのは深夜2時になってだった。
家に入ると同時にドッと疲れが押し寄せる。
「お嬢、大丈夫ですか?」
おっさんに支えられ、ソファに腰掛ける。
何とか引っ越す事無くここに住めてるのは、会からの援助があったから。
このまま寝たいけど、流石に動き過ぎて汗臭い。
まあ、大体の事は朝済ませるから(翔太が基本はやるけど、何日も帰って来なくて苛立ちながらもあたしがやってる)、風呂はもう湧いてる。
「ゆっくりしていて構いません。お嬢」
おっさんは何故かあたしがお気に入りのかわいらしいエプロンを着用する。
「久し振りに私が食事でも作ります故」
おっさんの料理の腕は見た目とは裏腹に凄いものを持ってる。
会合の時には自ら料理をふるまう程だ。
あたしが料理を出来るようになったのはおっさんのお陰って言っても良い。
……。
なんてそんな悠長な事を考えてて良いのか。
湯船に浸かり、考える。
思えば、最初は危ないからって止めてたのに。
何を考えてるんだあたしは。
あまつさえPCPに協力までしてる。
……。
確かに皇桜花は危険。
誰が見てもそれは明らか。
でも、あたしらに何も危害が及ばないなら正直どうだって良いって思う事だって出来た筈。
それなのに、何であたしは無我夢中になってるんだろう。
頭を掻く。
考えるまでも無い事位分かり切ってる。
素直じゃないから認めたくないただそれだけ。
全員、武力って意味だと強くない。
そんな友人や家族がただ頑張ってるのを見てるだけなんて、あたしには出来なかったから。
あいつらに感化されたんじゃなくて。
あたしの生き方に共鳴したから。
ただそれだけだと思う。
それに。
多分ちょっとワクワクしてる。
皇桜花。
もし、あいつが真っ当な世界で武道をやってたら。
多分武道をしようって思ったかもしれない。
武道を辞めた理由……。
過去を振り返るなんてしたくはない。
自立しないといけなかったから。
ただそれだけ。
けど、翔太が思いに向かって躍動してる姿を見ると。
才能があるだけでやる事は。
良い事だって思えなくなった。
何か人の為に役に立つ。
それに才能があれば良いと思う。
……何を物思いに耽ってるのか。
風呂から出ると、おっさんの特製懐石料理と、バカと由佳ちゃんに華音ちゃんが入って来る。
そんなに長く浸かってたのかと驚く。
「PCPに警官がいなかったけど、こっちにもいないのか」
役目を無事に果たしてくれて、帰った事を告げる。
「坊ちゃあああああああああああああん!」
「うぎゃああああああああああああああ!」
一通りの茶番はさておき、こんな状況でこんなにのんびりしてて良いんだろうか。
「嵐の前の静けさと言う奴ですよ。お嬢」
「奴らがいつ動いて来るか分からないけど、今回かなり動いた筈。だったら今は休んだ方が良いかもしれない」
「何かあったら楓さんから連絡が来るよね」
「それに、色々話を纏めたいですよね。翔太さんと由佳さんの事件の話も」
「さあ、お召し上がり下さい」
事件の収束。
連絡を貰い、一安心する。
スネークの心の闇。
いや、心の闇と言うには違う。
才能?
これも違う。
生きたいと思う本能。
果たして私が同じ立場に立たされて。
どう思うのか。
華音君から聞いたのは。
明日が見えないと言う状態なのだろうか。
それでも生きたかったから。
だからそうせざるを得なかった。
日々努力して。
評価されるしか無かったのだろう。
誰にでもある経験だとは到底思えないし、絶対にあってはいけない。
だが、そう言っても何も動けないのが現状なのだろう。
例えそれが後々の良い経験だと言って。
その人は本当に救われるのだろうか。
……答えが欲しい。
そう思うのは欺瞞なのだろうか。
電話が掛かって来る。
翔太君だ。
どうしたのか。
「拓さんお疲れ様です。今大丈夫ですか?」
翔太君の言葉遣いもこの数年で変わったと、意味も無く感慨に浸る。
「多分ですけど、黒の御使いは組織で相当動きました。なら今の内に休んどかないとまずいと思います」
翔太君にしては珍しく歯切れが悪い。
「今、俺ん家で食事会と言うか情報整理みたいな事やろうかなって思ってるんですけど、来て貰えます?」
思えば、最初に会ってから本当に真面目な子だと思った。
今時の子にしては珍しい。
それ程までに真っ直ぐに思いに向かって進める事は、正直尊敬さえする。
2つ返事でOKし、通話を切る。
……。
そんな物思いに耽る場合ではない。
仮にこの事件と未だ行方知れずの久遠正義の事件を何とかする事が出来れば。
PCPの設備でこの世の犯罪をかなりの数防げるだろう。
その為には。