秘密の想い
翔太君達が助けてくれた被害者の名前は安城寿史31歳。
視力が回復した後、被害者の簡単な事情聴取をその場で済ませ、警官によって警視庁まで護送して貰っている最中だ。
安城もまた、合法ドラッグに関わる人物であると自供を得る。
一連の殺人事件は被害者として合法ドラッグに関わってしまった人物が犯したものなのか。
本当に?
今までの事件で共通した人物が浮かんでいる訳では無い。
なら、動機は何だ?
まるで見えない。
翔太君からの連絡が無い為、魔術師を捕まえられたのかどうかも分からない。
跡形も無くなった建物で何が起こったのかも分からない状況。
動くしかない。
スマホの着信は桜庭君からだった。
『皇桜花と接触しましたわ。優子は重症。翔太君達の安否も確認出来ていません』
これ以上、彼らを危険に晒す事は出来ない。
森田さんと車に乗り、半年かけて動いていた事件について考える。
特別令状を出した例の失踪事件に関してだ。
何があったのか。
情報は細かく貰っていたものの、色々あって考えられていなかった。
「倉田警視は、どうお考えでしょうか?」
助手席に森田さんと言うのは意外と違和感があるが、車はパトカーである。
恐らくではあるが、血の付いた身分証はフェイクだろう。
殺人事件である事を見せたいのであれば、死体が直ぐに見つからないと意味が無い。
死体を運ぶのはかなりの労力がいる。
そうしてまで殺人を演出したいメリットが無いように思う。
血の付いた身分証だけと言う事実には見合わない。
それに、例え別の場所で被害者を殺害して身分証だけを置いたと仮定しても。
まるで意味が無い。
身分証を現場に置く事が重要なのではないかと思う為だ。
殺害に意味は無い。
よって身分証の持ち主、もとい被害者は生きている可能性があると考える。
「なるほど……」
問題は何の為に行ったのか。
それが見えない。
……いや、見えないのではない。
1つの事実だけで見ているから見えないのだ。
他にある事実と組み合わせる事でしか事実は見えて来ない。
考え方を変えなくてはいけない。
それまでこの件は保留する。
魔術師を捕まえる。
只管に森を歩いて行く。
全てを実行出来なかった事が悔やまれたが、最後まで遂行する事は出来た。
森を抜け、何日もかけて逃亡を行う。
途中幾つもの場所に食料を置いた為、最低でも半年は逃げ続ける事が出来る。
「お疲れ様。魔術師さん」
振り返る。
エージェントと名乗った人物。
魔術を理解してくれたのは彼女だけだった。
その気持ちに付け込まれているかもしれないが、そんな事はどうでも良かった。
犯罪が野放しにされている。
それを自分で食い止める事が出来たのだから。
達成感に似たようなものがあった。
1つだけ心残りだったのは。
「吉野翔太と鮎川由佳は殺せたかな?」
葛藤の後、首を曖昧に横に振る。
何も犯罪を犯していない人物を殺害する。
犯罪者を助ける人物が罪人?
自分が正しいと言いたいだけじゃないか。
「殺せなかったのかな? 三上琉亜」
胸倉を笑顔で掴まれる。
首を横に振った時点で殺害される事は明白だったが、自分の信念を曲げてまで生きる勇気は魔術師に無かった。
「最後に言い残す事はあるか? 三上琉亜」
もう魔法は使えない。
魔法に必要な下準備は全て使いきった為だ。
何も無い所から何かを生み出せる訳が無い。
マジシャンと何ら違いは無いのかもしれない。
だが、自分が信じ、愛した魔法を現代に実現し、あまつさえ誰が見ても明らかな罪人を葬る事が出来た。
「早く言え女」
目を閉じる。
貴女を魔術で倒せなかった事が心残り。
注射針が魔術師の首に刺され、痙攣した魔術師はゴミのように捨てられた。
……間一髪だった。
まさか地雷まで仕掛けられてるなんて思わなかった。
後少しだけ由佳を連れてくのが遅かったら、間違い無く由佳は死んでただろう。
良かった。
「ありがと翔太」
照れくさかったけど、嬉しかった。
俺達がいた所に開いた大穴。
確実にこの範囲にいた人間を殺害する為のもの。
疲れがドッと押し寄せて来るけど、考えを止める訳にはいかない。
選択肢は2つ。
戻るか追うか。
森を見渡す。
普段誰かが通るような場所じゃないから、追いかける事は出来るかもしれない。
爆心地周辺を隈なく探す。
足跡の類は見つからなかったけど、不自然に折れた木の枝を見つける。
爆発によって折れたかもしれないけど、爆心地から少し離れ、周りにも爆発の証拠は無かった場所。
間違い無く追えるだろう。
これだけの証拠を残したって事は。
魔術師も追い込まれてるに違いない。
移動手段は徒歩のみ。
車に戻る為に俺達から遠ざかるのは非効率。
「他に移動車両があったら、魔術師に追いついた時点で華音ちゃんが知らせてくれたよね」
専用の回線を使ってる為、この山奥でも連絡が取れる。
けど、それは違うと初心に帰る。
俺達の目的は犯人を捕まえる事じゃないし、何より武力が無い。
それに警察だって動いてるんだ。
俺達が無茶をするのは危険なだけだろう。
「うん。あたしもそう思う。戻ろ?」
それにこの状況で、そう簡単に次の犯罪を犯す事は出来ないだろう。
強がったって俺も由佳も満身創痍なのは隠せない。
疲労困憊で戻る途中。
俺達以外。
草をかき分ける音。
由佳を守るように立ち止まる。
誰か来る。
誰だ。
魔術師かそれとも裏で手を引く奴か。
良い想像は出来ない。
足音がだんだん大きくなる。
冷汗は隠しようがない。
「翔太君! 無事か?」
……はぁー。
俺も由佳も腰が抜ける。
「良かったー……」
ホントに。
ここに来てくれたのが拓さんで良かった。