不穏な事実
囚人からどれだけの情報が得られるか不安が無い訳じゃなかった。
やるべき事がこれしか無いって言うのもあるけど。
運転する桜庭さんの横顔を見る。
多分答えを見つけられる確信を持ってない顔。
見つかって欲しいって願ってる顔。
だけど、確信が持てる情報なんてこの世に無いんじゃないか。
不安って何だろう。
間違ってたらどうしようって事。
だけど。
今までを振り返る。
ネガティブな事を考えて何かが変わったんだろうか。
何一つ状況は変わらなかった。
変えようと思わなかったから。
だから迷いはない。
こんな風に考えないといつ昔みたいに戻るのが怖いからかもしれない。
刑務所に着く。
事前に連絡しておいたからか、すんなり通される。
「私は外で待っているから。お願いするわね」
看守により部屋に通され、中に入る。
髭が伸び切り、眉毛で目がこっちから見えない。
漫画に出て来るみたいな老人が座っていた。
「小娘が何を知りたい?」
瘦せてる外見とはかけ離れたような低く太い声に威圧感を覚える。
「興味本位でここに来た訳ではなかろう」
50年前に起きた事件の真相を知る為。
深呼吸をし、強制的にでも自分を落ち着ける。
50年前に解散した秘密結社の情報を知ってるかどうか。
単刀直入に老人に尋ねる。
「そんな事を調べてどうする。小娘」
50年前に起きた連続殺人事件。
その真相を調べる為に。
「真相が違う根拠は何だ」
本人が書いた日記と、それがきっかけとなる大犯罪が起こった事。
桜庭さんから聞いた、幾つも挙がった不可解な点。
久遠が依頼した件は伏せ、全てを話す。
嘘をついて出し抜ける相手じゃないと思う。
と言うか、最初から既に怯えてる私がいた。
こんな状況で嘘なんてつけない。
「今話した事は貴様が導き出した答えなのか?」
違う。
組織を作り犯罪を無くす目的で行動してる事。
その中の1人が建てた仮説。
その真偽を調べる。
PCPとか翔太さんの名前は伏せた方が良いだろう。
日本では起こらないと思うけど、プリズン・ギャングなんて組織もある事を何とは無い時にPCPで調べて知った。
けど久遠、黒の御使いの大犯罪が起こった事も今後起こらないなんて保証が無い事も裏付けとしてある。
老人はゆっくりと髭を指で撫でる。
表情が全く見えない。
嘘はついて無いけど事実を隠してる事を見抜かれたんだろうか。
「……儂に話を聞きに来たのはお前で3人目じゃ」
3人目?
2人もいるの?
「2人目は小娘と同じ年齢位の女子。最初に聞いて来たのは刑事じゃ」
私と同じ位?
この刑務所にいる、この事件を知ってる可能性がある年齢の人物がこの人だけ。
そんな人に私達以外にも事件について聞きに来た人物がいた……。
当たりを引いたかもしれないと言う手応えを僅かばかり感じる。
いつ位に来たのか。
「女子は今から……2年前だったか。もう1人は……50年位前じゃったか」
……。
知ってる事を教えて欲しい。
「知ってどうする」
時間が無いから。
「小娘に時間が無い訳が無かろう!」
老人の声に思わず竦む。
「そう言えば前に来た女子も同じ事をぬかしおったな」
忍耐じゃない。
後半年で死んでしまうって分かってる人物がいる。
その人に真実を伝えたいと願う人がいる。
それだけ。
今の私は自分の為以上に、組織の為に動いてる。
年齢の垣根を壊してほしい。
「なるほど……」
初めて老人と目が合う。
その眼は私を値踏みしてるのか何なのかは全く分からなかった。
だけど声色とは対照的に。
優しい印象を受けた。
「儂はその組織に所属していた。だが、組織の為の贄となった」
ありがとうございます。
私の願いが通じたのかは兎も角、お礼を言う。
「だが、その組織はもう解散しておる。儂が唯一の生き証人なのも皮肉なもんじゃな」
翔太さんが言ってた秘密結社だろう。
本当に存在してた事に驚きを隠せない。
推測は合っていた。
「秘密結社ヨシノ」
……え?
耳を疑う。
ヨシノなんて苗字はこの世にありふれてはいると思う。
だけど。
底知れない嫌な予感が無くならないのは何でだろう。
「警察と密接な関係のあった組織じゃ。表側では敵対関係にあったが、裏で手を組み、犯罪のコントロールを行って来た組織であった」
そんな組織なら。
翔太さんが考えた捕まえられないような人物に含まれる可能性が非常に高い。
それを1人の刑事が解決したとしても。
覆す事は不可能に近いんだろう。
「それだけでは無い」
老人は再度私の方を見た。
「今小娘。お主が話した刑事とやらじゃ」
今の情報だけ頭がフリーズしそうになってる。
「ここに来た1人目の男は、刑事じゃった」
多分だけど、久遠が送って来た手帳に書いてあった刑事なんだろう。
「確か名前は……」
もったいぶる様子に苛立ちを隠せない。
「吉野章とか言う刑事……じゃったか」
な……!
体が動かない。
口が乾き、声が出せなかった。
老人が立ち上がり、面会室から出るまで、私は石像のように固まったままだった。