秘密結社
何故館華の面会に華音ちゃんが指名されたのかは分からないけれど。
いつの間にか華音ちゃんが自分の意思で行動している事に舌を巻く。
それはさておき、華音ちゃんからの話を聞き、なるほどと納得する。
久遠が翔太君に依頼すると言う事にそもそも疑問を持つべきだったのかもしれない。
もしかしたら、久遠の中では既に解決しているのかもしれない。
「服役者の方に会うって言ってましたけど、今から会う事って出来ますか?」
久遠の事だろう。
けれど、恐らく翔太君しか面会は許可されないだろう。
華音ちゃんや私では、久遠と話しても意味が無いと判断される可能性が高い。
スマホにかけてみるけれど、応答が無い。
向こうは向こうで忙しいのだろう。
先に進む手立てが見つかっているのに進めないもどかしさ。
けれど、まだやれる事はある。
翔太君は翔太君で柳生さんに頼んでみるとは言っていたし、そこから分かる事も出てくる可能性は考えられる。
「それなら、私達も行きましょう」
現状だと、本当に私は経営以外の存在でしか無くなってしまうと漠然と思った。
翔太と事件に遭遇するようになって外泊が多くなったと思いながら、ゆっくりと上体を起こす。
外の景色はのどかそのもの。
外泊でこんなにゆったりと朝を迎えるのは久し振りな気がする。
真白ちゃんも同じ部屋で寝てたけど、流石に仕事だろう。
布団まで片付けられてる。
ここには明日までいるから、あたしは眼鏡とノートPCを取り出す。
PCPとデータ同期やRDPの機能も入ってるから、ここからでもPCPと同じように活動は出来る。
楓さんは秘密結社の情報を色々調べてるって話だし、とりあえずテレビ電話を繋ぐけど留守だった。
だけどオンラインには繋がってるから、仕方なくPCP本体に接続する。
モニターにはウィンドウが多数表示されてるから多分夜通し調べてくれてたんだろう。
メモ帳には『v』の羅列。
多分途中で寝ただろう事が分かる。
楓さんは条件を絞らずに調べたんだろう。
モニター内のウィンドウ数がそれを物語ってる。
だったらあたしは考える。
半世紀前の秘密結社をただ闇雲に調べても多分正解に辿り着く可能性は限り無く低いだろう。
基準を自分なりに設ける。
半世紀も前の秘密結社。
でもこれだけ凶悪な事件が当時に起きてたんなら。
その前後で解散したり、抗争なりの小さくない事件が起こってる可能性があるんじゃないだろうか。
事件は1ヵ月半の期間に渡って起こってる。
それに三条葵って人が何かしらの形で関わってる。
この事であたしが思うのは。
三条さんへの警告。
それに気付いた刑事がいた。
そんな風に考える事は出来ないだろうか。
被害者同士に共通点は無いけど。
被害者が共通で知るような人物がいた可能性はある。
現に三条さんは容疑者としてリストに挙がってる。
三条さんが犯人の可能性も勿論あるけど。
あの怪文章。
あれを三条さん自らが作る理由が無い。
連続殺人に繋がり、尚且つ秘密結社が関わってる事件。
その前後で秘密結社の解散が無かったか。
これだけの条件が揃えば、当て嵌まりそうな事件はそう多くないと思う。
明日帰るまでにある程度帰ってから調べられる程度の下地は作っときたい。
PCPに昔の事件データまであるのが救いだ。
調査の方針を決めるのだけで結構時間がかかっちゃったけど、仕方が無い。
前はこんな考え方すら出来て無かったから良しと思う。
ノックの音。
「開けてくれ由佳」
不思議に思い、開けると翔太がお盆を持って入って来る。
「起きてくんのが遅いって思って持ってきた」
そう言えばお腹が空いた。
「調べてくれてたんだな」
まだ方針を決めただけだけど、控えめに見栄を張っとく。
「食ったら食器は後で取りに来るらしいから置いといてくれ」
翔太はどこに行くんだろう。
「弦さんの所に行って来る。俺も色々調べておきたい」
それぞれが違う角度で物事を考える。
多分そうしないと過去の事件解決なんて出来ないと思う。
俄然やる気が出て来た。
仲は良くないのに、一体感が出る不思議。
朝飯の時間に楓から電話が来てたけど、折り返しても応答が無いのを考えると、多分他の企業や警察と打ち合わせでもしてるんだろう。
経営的なものは殆んど楓がやってくれてるから邪魔をするのも躊躇われる。
姉ちゃんは例年通り真白の手伝いをするそうだから、吉野の屋敷に向かうのは俺1人だ。
1人で来るなんて殆んど初めてかもしれない。
少なくとも記憶はない。
だからって緊張はしてないけど。
……。
両小指を絡め、手を口元に当て考える。
流石に資料を全部眺める時間は無いだろう。
だから何を基準に調べるか。
それを考える必要がある。
とある刑事によって50年前の事件から、官野帝の無実が証明された。
それなら、その刑事が無実だと決めれた理由。
そしてそれにも拘らず、事件は官野帝が犯人である事で公には解決って事になった。
だとしたら。
警察と関わっていそうな組織がどっかにあったんじゃないだろうか。
それも事件前後だけじゃない。
昔からある程度の繋がりがある。
それにその刑事が気付いた……とかなら。
不可解な結末の理由も頷ける。
それに三条葵がどんな風に関わってるかは分からないけど。
吉野会って言ういわば秘密結社の一部に分類される所にある資料なら。
警察との関りなんかが分かる資料がある可能性は十分に考えられる。
その辺まで聞く時間が無かったから、こうして家の門にいる。
今住んでる場所とは、相変わらず想像もつかない広さだ。
警備の人に弦さんの居場所を聞くと、バツを悪くしたように曖昧な返事をされる。
……出かけてる?
訳では無さそうだ。
仕方無く屋敷内を歩き回る。
家の中だって言うのに部屋の隅々まで回るのにかなりの時間がかかる。
だけど何故かどこにも弦さんはいなかった。
出掛けてるなら、そもそも外出中と言う筈。
……何か隠す必要があった?
でも、俺にわざわざ隠す必要があるんだろうか。
……とりあえず一通り探した。
やりたくない人物とのかくれんぼ。
犯罪行為をするような人だとは思ってないから、別の視点を考える。
弦さんには昨日調べ物を頼んだ。
弦さんは快く引き受けてくれたけど、この部屋の間取りが子供の頃の記憶のままだとすれば、資料室みたいな紙や本が沢山ある部屋は無かった筈。
ましてや会員に聞いて分かる人物がいるとも思えない。
だとすれば。
どっかに一部の人間だけが知る資料室みたいなものがあるんだろう。
持ち出し厳禁って意味なら分かる気がする。
じゃあその部屋を探す。
この屋敷は1階建て。
そんな状況で同じ階に部屋を作ったとして。
誰も気づかないなんて事はまずないだろう。
だったら地下。
ここまで考えて1つの可能性に思い当たる。
まあそれは弦さん本人に会ってから聞けば良いだろう。
この屋敷に隠し通路みたいなものがある可能性がある事に驚きだけど。
念の為、姉ちゃんに電話して聞いてみると、バカじゃないのと返って来て切られた。
まあ、だから爺と婆から直接弦さんが教えて貰ったんだろう。
可能性があるとすれば壁。
或いは畳。
大体こう言うのって。
万が一場所を間違えて探してる姿を見られでもしたらアウトだから、目印なりなんなりがどっかにある筈。
畳の境目とか壁のどっかに何かしらあるんじゃないだろうか。
まずは壁。
だけど不振な痕跡は見当たらない。
だったら畳の方。
畳は持ち上げる必要がある。
それに1枚の重さは、具体的な数字は知らないけど相当あった気がする。
だったら数は絞られる。
1畳の半分の畳。
それに尚且つ別な細工がされてるんなら。
その畳だけは軽いんじゃないだろうか。
だけどその畳の上を歩かれて不審がられる可能性がある。
その可能性が無いような普段歩かないような場所の畳。
その条件に見合うものを探す。
部屋の中央には無いだろう。
だから部屋の隅。
部屋の入り口から最も遠い場所。
……。
不自然に畳の隅が欠けてるものを見つける。
ご丁寧に指が2本入る位の隙間。
持ち上がらなければただの変え忘れなんだけど……そんな事は無くいともあっさり持ち上がる。
梯子と階段が見える。
これならまあ、余程の事が無い限りはばれないだろう。
湿ったようなジメジメとした空気の中に腐臭は感じられない。
だけど、こんな所に資料を置いて資料はダメにならないんだろうか。
そんな事を考えながら角を曲がると、閉まってるらしい扉と漏れた明かりが見える。
扉を開ける。
空調の音に地下室とは思えないような快適さをまず感じる。
目に飛び込んで来たのは途方も無い位の資料の棚。
これなら地下でも資料が痛む事は無いだろう。
その奥に、目当ての人物はいた。
「俺を試したのか? 弦さん」
弦さんは本を閉じ、笑顔でこっちへ向く。
「流石です、坊ちゃん」