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異世界に来て一月経ちました。

「デス、今日は明日の準備をしよう。」

「うむ。」


 この世界に来て、早いものでもう一月近く経ちました。


 わたしとデスは、宿屋の『止まり木』から南西の方にある『オートン』という広場に、購入したテントを設置して仮暮らし中。


 本当はスモールハウスを建てたいけど、オートンに建てるにはちょっと目立つので自粛。

 女一人だと危ないから、結界の魔石(強)をカタログで買って設置してある。取り外しはできるから、スモールハウスを使う時は付け替えればいいし。

 さらに『隠密』もテントに設置してある。人だけでなく建物にも通用すると気づいた時は驚いたよ。


 ここ『オートン』は、日本でいうお金のいらないキャンプ場みたいなスタイルになっていて、自由に寝泊まりする人が集まっている。

 スペースが埋まってしまっていたら、宿に泊まるなりの対策をしなければいけないらしいけど、お金に余裕のない冒険者や出稼ぎでなるべく節約したいっていう人に多く利用されている。


 そういえば、あの人が来ていたな。

 私を探しにきたのか別の用事があったのか。最近は見なくなったけど、受付の感じ良さそうだと思ったおねーさん。金貨袋を唯一見た人だ。


 そこは『隠密』のお陰で静かに過ごせている。


 でもこの『隠密』にも弱点はあった。

 友達が作れない。交流ができないってことかな。

 だから慣れてきたこれからは、使い分けをしていくといいかも知れないね。


 でも利点もあった。なんと外でデスと会話しても変な顔をされないことだ。よほど目立つことをしなければ、赤の他人とすれ違うくらいの認識しかされないようだ。昼間はデスと街に出て、情報収集と買い物を繰り返し、大分この世界のことも分かってきたところだ。


「ポイントが貯まる条件は今だに謎なのよね。」


 家にこもって、買って来た本やカタログを読んで過ごした日はほとんどポイントに変化がなかったけど、外出するといくつか貯まる。

 もしかして万歩計みたいなものかと思って、カタログを持ちながら歩いてみたけど、変化はなかった。

 どうやら歩数は関係なさそう。

 行動しているといつの間にか貯まっているから、なるべく行動を起こすようにしている。


 なんやかんやと、あれからまたいくつか貯まったポイントで装備とか服などを揃えてきた。

 加護付きの服はポイントが高いから、服の周りを魔道具とか効果が追加されているアクセサリーで固めたよ。


 防御力アップとスピードアップの魔道具が二つ埋め込まれた両手用の『盗賊の腕輪』。

 怪我を回復させる呪文が使える『ヒーラーの杖』。


『ヒーラーの杖』は、片手で持てる、タクトくらいの大きさで、枝を加工したかのようなシンプルな作りになっていた。

 同じ『ヒーラーの杖』がいくつかカタログに載っていたけど、模様とかの加工が綺麗なものほど高かった。

 効果も違うようだけど、身の丈に合ったものでいいよね。

 一番安いものにした。それでも千ポイントだった。回復系はどれもちょっと高めだったな。


 料理をしている時に短剣で誤って指先を切ってしまった時に『ヒーラーの杖』を使ってみた。

 傷口の奥が暖かくなって、痛みが押し出されるように指から出て行ったような感じだった。最後に傷口が綺麗に閉じたのを見たときは感動したね。


 カタログで買った魔道具は、今のところこの二つと結界の魔石(強)。

 あとは着替えとか細々したものをいくつか。


 次は『調合の指輪』(薬草を作るときに出来上りの効能を増加させるスキルが付加されている)を買おうと思っている。

 ポイントが貯まってからのお楽しみなんだ。

 最近調合を始めてみたんだよね。家にこもっている時間を有効に使おうと思って。

 というより、何もないから暇なんだよね。『調合全集』も買って勉強中。


 そして明日は、いよいよ旅立ちです。

 行き先は『エルドラド』という国。

 ギルトの本部がある国らしい。


 ここはどうしても初日の恐怖がまとわりついて落ち着かない。だから、誰も知った人がいない街で再スタートしようと思って。


 金貨袋は有限だから、なるべく自分でお金を稼がないと、そのうち底をついちゃう。だからギルトに登録して仕事しようかなと思う。


 今日まで、そのための準備をしてきたところ。今日は、食材と薬草などの買いだめをしようと思っている。


 デスを抱えてテントを出る。

『隠密』スキルの効果か女一人と人形一人でも、風景の一部のようにあまり気にされなくて、ホッとしている。

 いつも通る道を歩いて街の中心部である商店街方へ向かうにつれて、人も多くなってくる。


「今日もいいお天気だね。ここへ来て、一度も雨が降るのを見たことないけど、降るよね?」

「確かに降らぬな。」

「でも乾燥してるって訳ではないんだね。さらっとしていて過ごしやすいものね。」

 途中給水場に差し掛かった。


「ちょっと水を補給してくるわ。」

 ベルトに追加した手作りのフックに、デスを取り付けて、バッグから水瓶を取り出した。


 いつもこの給水場にはお世話になっている。設置されている水の魔法石から溢れる水を水瓶に貯めて料理や水分補給に使っているのだ。

 最初にこの水を見つけたときは、嬉しかったなあ。

 浄化されていて綺麗な水だったのだ。


 隣の国まで馬車で十日くらい。徒歩だと一月程かかると調べてある。細かい地図の入手も済ませてある。

 初めて外に出るから、すごくドキドキするけど、『隠密』の効果を実証済みだから、決心しやすかったな。


 今日買う薬草は、種類と効能をカタログと本で勉強して決めてある。もしかしたら調合師になっちゃったりして。まだ失敗続きだけど……。才能ないとダメかな。家にこもって出来るから収入に繋げられたらいいんだけど。


 前方に目的の看板が見えてきた。

 日本では赤十字のイメージだけど、こちらでは一枚の葉っぱがシンプルなデザインで描かれている。

 この薬草屋さんの名前は『木の葉の手』。


『木の葉の手』の店内は植物がおおい茂っている。

 奥の棚には瓶がたくさん並んでいて、いかにも薬草を扱っていますって雰囲気。


 好きだなーこういうの。


『隠密』のネックレスを外してバッグにしまい店内に入る。ここには何回か来ている。


「これが薬草や傷薬になるヨモ草、殺菌効果のあるミント、胃の不調に効くカン草。

 毒消しはちょっと難しいみたい。


 テレビゲームの影響で毒消し草っていう草があると勝手に思っていたけど、実際は毒の種類や症状に合わせて作らないと効かないみたい。

 考えてみたら当たり前だよね。


 だから調合師の仕事をする上で毒消しは難易度が高いみたい。

 でも専門の治癒師がいて、その人たちは魔法で治せちゃうみたい。不思議だよね。でも治癒費が高いから煎じたものを飲むのが一般的なんだって。ちょっとずつ覚えてきたよ。


 実は『オートン』で薬草調合をしている人の作業を見たことがあって、これならできるかもしれないと思ったのもあって始めたのだけど。まあ、『隠密』を使っていたから盗み見みたいになったけど……。

 カタログで『調合の指輪』を買うと、魔法が使えるから調合の質も上がるよに思うんだ。


「いらっしゃいませ。」

 アレスさんが相変わらずお日様みたいな笑顔で迎えてくれる。


「おはようございます。買い物に来たんですけど……。」

「はい。今日もご所望の品をおっしゃってくだされば、良い状態の葉を摘みますよ。」

「ありがとうございます。じゃあ……。」


 希望の薬草などを告げると、アレスさんが薬草を吟味しながら選んで摘み、手持ちのザルに並べていく。

 遮断性のある茶色いカラ瓶も数個お願いする。


「それから加工済みの薬草と万能タイプの毒消しも三回分ずつ、胃薬を五回分お願いします。」

「はい。」

 奥の棚から瓶を二つ取り出してカウンターに置く。

「こちらが薬草で塗るタイプ、こちらが万能毒消しと胃薬で飲むタイプです。これでよろしいでしょうか?」

 はいと答えながら瓶をチェック。ラベルが貼ってあって名前が書いてある。


 これで薬草屋での買い物は終了。買ったものをバッグから出した風呂敷に包んだ。


「いつもありがとうございます。失礼ながら、まな様は調合師か何かでしょうか?」

「調合師?」

「ええ。以前調合道具を買われていたので。あ、それか魔術師の方とかでしょうか。」

「いえ、冒険者です。」

 他に言いようが思いつかないからとりあえず。

「冒険者の方なんですか?」

 アレスさんが心底驚いたように言う。あれ?間違えたかな?

「あ、いえいえ、冒険者の方ですと植物の状態から買う方は殆どいらっしゃらないので。珍しいと思いまして。あっ、決してまな様が変というわけではございませんから。」

「節約も兼ねているんです。」

「ははあ、そうでございましたか。それならお得意様にひとつプレゼントを致しましょう。」

 そう言ってニッコリと笑った。

「わっ、ありがとうございます。」

「では、これをどうぞ。」

 アレスさんがカウンターの下から袋を取り出して渡してくれる。

「これは?」

 袋の口を開けて中を見ると灰色がかった白い粉が入っていた。

「それは薬草を調合する時に混ぜると効果を上げることができる錬金粉ですよ。失敗も少なくなりますよ。まな様の冒険のお役に立てるかと。」

「いいんですか?」

 アレスさんはまたニッコリと笑って頷く。

 お礼を言ってお店を出てから再度『隠密』のネックレスを身に付け、風呂敷の包みと錬金粉の袋をバッグに仕舞う。


「次は食材。とりあえず歩いて一月かかるって話だから、その分より少し多めに買っておこうと思ってるから、『魅惑の食』へ行くね。」

 デスをフックから外し抱える。


 その時、薬草屋『木の葉の手』に小学生くらいの男の子が駆け込んできた。

 ただならぬ様子につい目を向けると、カウンターで必死にアレスさんに話している。


 何だろう……。


 中を覗きながら耳を澄まして聞いてみると、父ちゃんと聞こえる。

 アレスさんの子供かな?


「父ちゃん、どうしよう。毒虫に刺された。」

「なんだって? え、お前、外へ出たのか?」

「ごめん父ちゃん。」

「……どこだ。」

「……。」

 子供は、肩まである髪を掻き上げた。

 首筋に太い針のようなものが刺さっている。

「! ……首か。」

 アレスさんががっくりとしたように声を震わせる。

「治癒師に……いや、金が足りない。」

「父ちゃん、ごめんなさい。」

 子供が涙を流しながら謝っている。


 治癒師じゃないと直せないのかな?

 ここ薬草屋さんなのに?

「いや、もう治癒師に頼むしかない。金は、この店ごと売っても足りないが、待ってもらうようにお願いしてみよう。」

 なにそれ、そんなに高いの?!

 その時、アレスさんと目が合った。

『隠密』を外すと、アレスさんはハッと気づいたように目を見開いた。

「まな様。」

「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど。」

「いえ。」

「あの、お金が要りようなら練金粉はお返ししますよ。」

 苦笑いしたような顔で首を振った。

「いえ。それはまな様にお渡ししたものですから。それに……ああ、どうすれば!」


「このお店にある薬草では治せないんですか?」

「毒虫に刺されたんです。滅多にいないんですがたまに突然現れたりする。目撃情報が出たら中位ランク以上の冒険者に討伐依頼が出るほどの魔物なんです。」

「毒虫?」

「ええ。空を飛ぶ昆虫型の魔物で、刺されると、針がこんな風に刺さった状態になるんです。」

 そう言って子供の首筋を見せてくれた。

 銃弾のような太さの針が刺さっている。うっ、痛そうだ……。

「これは抜いた時に初めて毒を注入されるんです。針に返しがついているんですよ。だから素人には下手に抜くことができない。治癒師が、回復と解毒の呪文を駆使しながら、さらに傷も同時に塞がないといけないんです。」

 薬草だけではダメな時もあるのか……。ん?『ヒーラーの杖』はどうだろう?

「すみません、治癒師を呼んできますので、子供と一緒にいてもらえませんか?」

「あ、はい。わかりました。」

 アレスさんが、お店を出て行った。


 私は、泣いている子供の横にしゃがんで座る。

「痛みはない?」

「……痛くはないよ。でも、父ちゃんのお店が……。」

 悔しそうにキュッと眉をしかめた。

「名前は?」

「ロイ。」

「ロイくんね。私はまな。」

「父ちゃんに迷惑かけたくない。」

 ロイくんは、俯いたまま黙ってしまった。


『ヒーラーの杖』って中級魔法までの回復ってあったよね。毒虫の毒には効くのかな。

「デス、どう思う?」

「可能だと思う。私も魔力で補助する。」

「やってみる。」

「いいのか?」

「ほっとけないしね。」

「ふっ。」

「お姉ちゃん誰と喋ってるの?」

 顔を上げたロイくんが不思議そうな顔をする。

「ちょっと目を閉じてみて? 私も回復呪文使えるからやってみていいかな?」

「本当に?……うん。」

 ロイくんが目を閉じた隙に『ヒーラーの杖』を出して、針の刺さっているところに魔力を込めてみる。

 私の指を直した時のように意識を集中する。

 デスからも魔力が伝わるのを感じてから、放出した。

 ロイくんの首筋に刺さっている針が、少しずつ抜けていき、同時に傷も塞がっていく。そのまま抜け続けコトっと床に落ちた。

 念のために針が抜けても集中して魔力を込める。

 首筋が綺麗になったのを見届けてから力を抜くと、ロイくんが驚いたように目を見開いていた。


「抜けた?」

「どう? 痛くはない?」

「……うん! すごいよ!」

 ロイくんが首を撫でながら立ち上がる。そして涙を落としながら顔を上げる。

「お姉ちゃんありがとう!」

 よかった。上手くいったみたい。


『ヒーラーの杖』を服の下に仕舞い、ロイくんの顔をよく見ると、顔が青ざめていた。え?

「今はお金ないんだ。僕頑張って働いて返すから、待っててもらえませんか?」

 そういって頭を下げる。

「お金は要らないよ。そのかわり私が治したことは黙っててね。あまり知られたくないんだ。」

 ロイくんはお父ちゃん以外には言わないと約束してくれて、そしてギュッと抱きついてきた。

「お姉ちゃん、ありがとう。僕、もう死ぬかもしれないって思ってた。」

「ロイくん……。」

 驚いたけど、小さな温もりが思いのほか暖かくて、胸がキュッと締め付けられた。


 久しぶりの人の感触。

「僕、絶対絶対お礼するから。今はまだ何もできないけど、絶対忘れないから。ありがとう、お姉ちゃん。」

 頰の熱が一気に上昇する。

 ロイくんの温もりと笑顔が眩しい。

「お姉ちゃん?」

「ううん、なんでもないの。ロイくんを助けることができてよかった。」


「そうだお姉ちゃん。この毒針、売れるから持っていくといいよ。」

「そうなの?」

「うん。ギルドが買い取ってくれるよ。でも触っちゃダメだから……。」

 ロイくんはキョロキョロ辺りを見回して、棚にある小さな箱を取り出して渡してきた。

「これに入れていくといいよ。」

 そっと箱に入れてくれた。

 使い道があるのかはわからないけど、バッグに入れておけばいいか。お礼を言ってもらっておいた。


 初めて人を助けた。

 もちろんデスの協力があってのことだけど、なんだかじんわりと胸があったかい。

『ヒーラーの杖』を持っていて良かったと強く感じた。

万能タイプの毒消しとは、本消しにはならないけど、しばらく毒の回りを抑えるものです。

万能タイプの毒消しを飲んで、症状を抑えているうちに薬を調達するという使い方をします。

っていう説明、あとがきでしていいのかな。

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